第31話 止めろ!黒の巨人!

 甘い私の考えはすぐに打ち砕かれた。

 確かに支局長たちは強く、魔物たちを打ち倒すだけの力を持っている。しかし結局の所、戦いは数の力の方が上回るもの。無尽蔵とも言える程に黒の巨人から生み出される魔物の波は、じわりじわりと応戦する者達を押していた。


 そして。


ビュンッ

「うわわっ、あぶなっ!」

「頭下げてなさい!当たると痛いわよ!」

「言われなくても分かりますよっ」


 城壁の上にいる私達の所まで魔物の攻撃は及んでいた。魔物を生み出す巨人程に大型では無いが、攻め寄せている中には人間の三倍近い巨躯のものもいる。ソイツが極小の魔物を砲弾の様に投げつけてきているのだ。


「ふっ、シールド!」

ドバァンッ!!!


 エンティ先輩が張った透明の壁に当たった弾丸は、黒いインクのようにドロリと溶け落ちる。ベチョリと音を立てて城壁の上に落ちたそれは一瞬で乾燥して灰の様になり、風に舞って消えていった。


 私達と同じく壁の上にいた補佐官たちは、それぞれ連携しながら応戦している。飛んでくるのはただの弾丸ではない、それもまた魔物だ。城壁の上に着弾、いや着地されたならば即座に白兵戦の開幕である。


 精鋭部隊と呼べる者達は最前線で戦っている、城壁の上に残っているのは近接戦闘がそこまで得手ではない者たちだ。混戦となれば不利は明らかである事を皆が理解しているのか、そもそも着地させないように攻撃と防御を実行している。


 そんな戦場の中で私は、頭を腕で保護しながら物陰で身を縮ませている事しか出来ない。魔法も何も使えない、戦えない役立たず。こればっかりは生まれた世界、その身に宿る力の違いだからどうしようもない。


「へ、下手に逃げたら流れ弾喰らいそうだし、ここに居るしかない―――」

ドォンッ

「かぁっ!?」


 至近距離への着弾。防がれる事なく城壁の上に降り立ったそれは、その身をゆっくりともたげて目を光らせた。私を、見た。


ダッ


 四つ足の犬のような魔物は、目に付いた弱い獲物に飛び掛かる。


「うわぁっ!」


 全身を縮めて可能な限り急所を守る、それしか出来ない。次に来るであろう衝撃と痛みに備えて、グッと覚悟を決めた。


 ……ッ!

 …………ッ。


 ………………?


 痛みが、来ない?


「大丈夫ですか、チホさん」


 すっと開けた目にまず映ったのは切り落とされた魔物犬の頭。

 そして次に目に入ったのは、黒の燕尾だった。


「ディ、ディアードさんっ!た、助かった~!」


 そこにいたのは私が初めて出会ったあの世の補佐官だった。手には少し反りのあるナイフが握られていて、犬の首を切断したのはその刃だと理解した。


 すっと差し出された手を握り、私は立ち上がる。


「お怪我は……無さそうですね、良かった」

「ディアードさんのおかげですよっ。いやホント、死ぬかと思った」


 ニコリと笑う褐色肌の青年は、私の無事を確認してくるりとその身を翻した。


「私とエンティさんの近くから離れないように。必ずお守りします」

「離れませんっ、離れるわけがありませんっ、離れてなるものかっ!」


 いのちだいじに、死んでたまるか。

 ああいや、もう死んでるんだけど痛いのは嫌だからね。私達は生前と違って肉体が無い、魂のみの存在と言える。万が一にも魔物に食われた場合、どうなるかは分からない。もしかしたら消滅してしまうのかもしれないし、そうじゃなかったとしても碌な事にならないのは必然だ。


ドォンッ!


 またもや城壁に魔物が着弾する。むくりと起き上がったそれは、一直線に私へと向かってきた。抵抗する力のない者を判別する能力は有る様だ、憎たらしい事に。


「させませんよ」


 鋭利な刃が線を引く。

 ナイフにしては過剰な切れ味が、バターでも切るように魔物の体を裂いた。


 一つ、二つ、三つ。

 迫りくる魔物が次々と切られ、二つと四つと六つに変化した。


 強い。

 支局長たちのような一軍に匹敵する力ではないけれど、単一の武力としては尋常ならざる水準と言える。振るっているのは短剣にも満たない一振りのナイフだというのに、襲い来る魔物が次々とバラバラになっていく。


 彼が生前行ってきた恐ろしい事、それに裏打ちされた能力なのだろう。一切の無駄がない動きは的確で、確実に相手の急所だけを狙って刃を送り込んでいる。


 戦いの評価が出来るような経験はないけれど、多分ディアードさんの戦いは華やかさが無い方だと思う。合理主義を突き詰めたような、助ける殺すことだけに特化した戦闘術だ。


 彼が来たという事は、他の補佐官たちも応援に来たという事。城壁上の人数も増えており、正門前の戦いにも増援が次々と送り込まれている。数の不利は少しずつではあるけれど改善の兆しを見せていた。


 下手に逃げるとエンティ先輩とディアードさんの足を引っ張るから私は城壁の上に留まるしか出来ない、完全にお荷物になってる。だけど、せめて応援だけはしたい……!


 頑張れ、頑張れ、みんなっ!


ズズン……

「!?」


 城壁が大きく揺れた。

 いやココだけじゃない、空中通路から事務局まで丸ごと揺れたのだ。


 その原因は明白だった。

 黒い巨人が、その足を前へ進めたのだ。


「わぁっ、後退っ、こうたーい!」

「みんな、踏み潰されないようにね~」


 最前線に位置していたピエリス支局長たちが、大急ぎで後退する。彼女達と異なり前進あるのみの魔物たちは、巨人の一歩に巻き込まれて潰れてしまう。しかしそれら元は巨人の体から生まれたもの、踏まれてすぐに足から湧き出るようにぞろぞろと姿を現した。


「このーっ、止まれーっ!強激治癒バスターヒール!!」


 ピエリス支局長は杖を振りかぶる。その先端の宝珠に光が集まり、無数の光線がそれを覆って繭を作った。内部の光は更に強烈となり、その光を受けただけの魔物が次々と消滅していく。


 超強力な回復魔法。本来ならば一万の軍を纏めて癒せるほどの力だ。それがこの世界あの世では、最強クラスの攻撃魔法に様変わりする。


「どりゃーーーーっ!!!」


 繭の隙間から漏れた光が棘を作り、まるで朝日のような形となった。ただしその日が示すのは、凶器としてのモーニングスターだ。


 ピエリス支局長はくるりとその場で独楽こまのように一回転して、それをぶん投げた。


パドンッッッ!


 爆裂と同時に無数の光の棘が巨人の腹に突き刺さる。


ゴオオォォォ……ッ


 一歩、二歩。衝撃と威力によって城壁を超える巨体が後退った。


 だが。

 それだけだった。


「あ、アレでもダメなの!?」


 思わず声を上げた。

 ついさっき初めて魔法を見たワケで、それがどういうものであるか私は詳しく知らない。それであっても今、支局長が撃ち放ったものが強大な魔法である事は理解出来た。


 私が知る中でいえばミサイルの着弾と例示すれば良いんだろうか。そんな一撃が成し遂げたのが、たった二歩の後退だけ。他の補佐官がどの程度の力を持っているかは知らないけど、あれ以上の威力を出せる人間はそうそういないんじゃ無かろうか。


 そうなると。


「コレ、結構マズイ状況では……?」

ズズン……


 黒の巨人の一歩で城壁が揺れる。


ズズン……ッ


 またも一歩、私も周囲の人々も体勢を崩した。


ズズン……ッ!


 顔無き巨人の頭が、目と鼻の先にまで接近する。


 巨躯の魔物は両手を城壁に乗せ、それをただの柵かの様に乗り越えようとした。


 その時。


ゴオオォォ……ッ


 何か巨大な物が。


 遥か上層から急降下してきたのだった。

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