第32話 最強の援軍、その名は!
天より降るは黒の影、強き力の金龍の子。
世に敵は無く、ただ救いを成す神に等しき黒龍なり。
そんな謳い文句が付きそうなそれは、真っすぐに黒の巨人へと突っ込んでいく。
ドッッッ
顔無き顔に両の後ろ足を叩きつけ、急降下の勢いを威力に変えて押し出した。
ガァンッッッッ!
如何なる攻撃でも足止めが精々だった巨人が、その身を大きく仰け反らせる。城壁を掴んでいた手は離れ、バランスを崩したその身は後ろへ数歩後退した。
私の頭上の巨大な黒い影がぐるりと後方宙返りし、その大きな翼を使って再び推進力を得る。その二つの龍翼が生み出す風を、私はよく知っていた。
「ドラクルさん!」
「遅参、申し訳なしィ」
謝罪と同時に、彼は巨人へと突撃する。巨体からは想像できない程の速度、例える物が無い程の勢いだ。
「ぬうぅぅんッ!」
オオオォォォ……ッ
体勢を整え直した巨人、その胸に黒龍は突っ込む。巨躯の人型は威力を削ぐために両の手を使って、超質量の弾丸となったドラクルさんを掴んだ。
だがしかし。
神に近しき龍が、その程度で止まるはずが無かった。
オオオォォ……!?
信じられない事に、巨人の足が地から離れる。踏ん張る事が出来なくなった巨体は、黒龍の生み出す推進力に従って宙を滑っていく。
「フンッ!」
最前線を構築する支局長たちや城壁から十二分に距離を取った所で、ドラクルさんは巨人を弾き飛ばした。巨躯の人型は空中通路へと落ち、地を削りながら勢いのままに数十メートル滑っていった。
黒龍はバサッとその大きな翼を広げ、ゆっくりと地に舞い降りた。
「我こそは龍の貴族にして、この世の神たるディケ様が僕ェ!ドラクル・フォン・ドラードなりィ!
名乗りと共に吐き出された龍の意気が空気を震わせる。本能のままに動き、私たち補佐官を獲物としか見ていないはずの魔物が黒龍の一睨みにたじろいだ。
敵として会ったなら、勇者以外に討てる者無き脅威の存在。
味方として現れたなら、これ以上ない程の最強の援軍。
絶望的かと思われた状況に差し込んだ、一筋の希望の光である。
「やっちゃえ、ドラクルさん!」
「応ッ!」
かつての敵であるピエリス支局長の声に、黒龍が応じる。なんとか立ち上がった黒の巨人目掛けて、彼は駆けていく。
ドッッズゥン……ッ!
巨大な二つの黒が衝突した。
殴りつけようとした巨人の手を龍が受け止め、斬り裂こうとした黒龍の爪を巨躯の人型が阻止する。途轍もない重量同士が顔を突き合わせ、必然的に両者の力比べへと発展した。
大きさ自体は黒の巨人が勝っている。だがしかし、黒龍には長く強靭な尾があるのでその身を支えられる。人間と人間がそうするのとはまるで違う、双方が異形であればこその戦いだ。
「むぅぅぅぅ……ッ!」
グオォォォ……ッ!
先程まで敵なしだった顔無き巨人は、自分に比する相手の登場にその力を全開にする。対するドラクルさんもまた、大人しく潰されるような事など許さない。両者のせめぎ合いの様を表す言葉あるとするなら。
「か、怪獣大戦争だぁ……」
映画で見たような光景が今まさに目の前で発生している。4DXなんぞ目じゃない、臨場感たっぷり恐ろしさバッチリの状況だ。楽しむ事なんて出来るワケも無い、身が震えるような戦闘である。
ドラクルさんの参戦は状況を大きく好転させた。
枯れない泉のように巨人から出現していた魔物の生成が止まったのだ。数の上ではまだまだ敵の方が圧倒的だ。しかし、こちらにはそれを覆すのに十分な火力を持つ存在がいるのである。
「フィオーレ!」
「ええ、ピエリスちゃん」
支局長の呼びかけに、すぐさまフィオーレさんが反応する。
「貴女に愛を」
チュッ
投げキッス。
男女問わず、彼女に撃たれたなら一撃必殺の。
それはハートを飛ばす。比喩表現などではない、現実の物体としてのそれが出現したのだ。ルビーの様に半透明で輝く、フィオーレさんの魔力の結晶である。尋常じゃないサキュバスの力が凝縮された爆弾だ。
「せーいっ!」
がしゃんっ!
それをピエリス支局長は水平に振った杖で打ち砕く。粉々になった愛の塊は宙に舞い、支局長の杖の先端に在る宝珠へと集まっていく。白く光る彼女の魔法を深い赤色の愛が装飾する。
「愛情一杯、優しさ全開!
クルリと回り、支局長は杖を振り抜いた。
白の奔流に赤が混ざり桃色となって、襲い来る魔物を巻き込んで押し流し、癒し、消していく。この魔物の出現が
「形勢逆転、ねッ!」
バンッ!
張っていた透明の壁で魔物を弾き飛ばして、エンティ先輩はニヤリと笑った。彼女はシールドをまるでフリスビーの様に投げ、それは数体の魔物を弾くどころか両断する。いやそのシールドの端っこ、そんなに鋭利だったんかい。私の手、無事で良かったな……。
「これならば、今回の
トッ
ドラゴンVS黒巨人の怪獣大戦争を横目に見ながら、ディアードさんはナイフをくるりと回転させて逆手に持つ。彼目掛けて飛び掛かってきた狼魔物を体捌きで支障なく躱すと同時に、その
改めて恐ろしい技術だ。流れるような動作とはこういうのを言うんだろう。火炎魔法で焼いたり、雷魔法で撃ったり、ロケットパンチを発射したりという華やかさはない。だけど今、この城壁の上で最も多くの魔物を消したのはディアードさんなのだ。
上級補佐官とは、おっそろしいモノである。
「カアッ!食らうが
ゴォォッ!
黒龍が黒き炎を吐き出す。いやもはや炎なんてものじゃない、一筋の黒色レーザーだ。掠るどころか、それによって生じた熱風を浴びるだけで燃焼する程の火力である。
ドラクルさんは頭を下げた状態でそれを放ち、下から上へと黒の巨人を光線で斬った。
股から脳天まで。体を両断する形で熱線を喰らった顔無き巨人。黒龍と汲み合っていた両手はそのままに、右と左に分かれた身が体勢を崩してゆっくりと倒れていく。
「やった……っ!」
よっしゃ、勝った!
これでようやく事態は終息、あとは残党狩りみたいな魔物の処理で終わりだね。は~、結構怖かった。無力な我が身だと、小さな魔物でも命の危険が有るからねぇ。
「むぅッ!?」
そんな私の安堵を余所に、巨人の至近にいたドラクルさんが異変に気付く。
「皆、気を付けよォッ!」
「えっ!?」
ボコボコと。
グツグツと。
その身が破裂しそうに。
その体が沸騰するみたいに。
巨人が歪に、醜く、姿を変えて。
そして。
爆ぜた。
ヒュッ
何か、巨大な物体が私の方へ飛んでくる。
放物線を描いて、ひゅーんと。
「って!呆けて見てる場合じゃないッ!退避ッッッ!!!」
とにかくとにかく全力全開で、滑ってコケそうになりながらも両手で石作りの床を掻いて掻いて。不格好でめっちゃ無様、だけどそんな事よりも命が大事ッ。ぬおおぉぉぉぉっ!!!
ドッパァァァンッッッ!
「ぎゃーーーーーーっ!!!」
もうダメだ、そう思った瞬間に身体が生存本能に従って前方へ跳んだ。いやもう死んでるんだけど、いやいや今はそんな無駄に冷静なツッコミを自分に対してしている場合じゃないっ。
私の至近距離に突っ込んできたのは、城壁上の通路の半分を埋める程に巨大な、真っ黒でゲル状の物体だった。ドゥルンとしたその黒いのは、ブクブクと表面に泡を、水疱を生じさせる。
パンッ
その泡沫の一つが割れた。
水の様に黒い液体がパタタッと石造りの床に落ちる。
そこから。
「うえっ、魔物がッ」
再び、魔物が現れたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます