第14話 新しい職場でお仕事開始!

「おはよ~ございまーす」

ばーんっ

「ちょっ、勢いよく扉開けたら書類が落ちるでしょうが!」

「あ、失敬失敬」


 気合を入れて扉を開けると同時におはようの挨拶。しかしエンティ先輩に怒られてしまった、ああ失敗だ。ま、そんな事は全くもって気にしてないけどねー。


「おはよー、チホさーん」

「おはよう、チホちゃん」


 扉から真っすぐ進んだ先、ひときわ大きな机は支局長の座。そこに掛けるのは我らがしきょくちょー、ピエリスちゃん。なぜか私の事をさん付けで呼んでいる。


 彼女の傍に立つのは包容力の具現化たるフィオーレさん。この第六支局、彼女が副支局長みたいな立ち位置なのかな?違うとしてもその風格が漂ってるから、もうそれが正解で良いか。


 二人に再度、軽く挨拶の言葉を返して私は自分の席へと向かう。部屋に入って右奥の一番手前、向かい合わせに置かれた机の右側が私の定位置である。なお、お向かいさんは居なくて物置となっている。うず高く積まれた書類等々が、私の席へ倒れてきそうだ。


「初出勤、遅刻無しっ」

「けっこうギリギリだけど、まあ良いわ」

「エンティ先輩は早いですねー」

「ふふん、私はデキる悪魔だもの」


 自己暗示が得意な先輩は胸を張る。仕事前に自分を奮い立たせるのは重要な事、私も見習わなければ、ふぬーっ。


「じゃー、朝礼をはじめまーす。みんな、しゅーごー!」


 ピエリス支局長が室内の皆に声を掛ける。

 入口から支局長席までの間の通路が部屋の中心であり、毎朝の朝礼場だ。私は席を立ち、エンティ先輩と共にそこに立つ。他の局員も私達と同じようにその場に……集まっていない。


「むーっ!みんな集まってくれなーい」

「夜勤して帰っていった子が六割で、他の子は集中してるか何処かでサボっているか……ふふふ、いつもの通りね~」

「まあ、いっか。じゃー、今日もゆるっといきましょー!」


 支局長訓示、頑張るな。素晴らしき言葉である。


「エンティ先輩、ゆるっとで良いんですか?」

「いーのよ、大丈夫。別に無理に急かされてるわけでも無いし、正確丁寧に仕事をする方が大事なの。誰かの一生を纏める役割だから、私達は」

「なるほど~」


 それなら納得。


 事務局の業務には『納期』が存在しない。しかし書類は途切れずに届くので、放っておいたら部屋の中が埋まるため処理しなければならない。そしてあの世には休業などというモノは無いので、年中無休二十四時間営業で裁判所は稼働していて、我らが第六支局もそれに合わせて昼夜問わず仕事をしている。


 と、エンティ先輩から教えられた。


 盆と正月とGWに長期連休はなさそうだなー。というかそもそも、祝日という概念がここには無いか。宗教的な理由も、暦的な理由も、あの世には存在しないだろうから。


 というかそもそも暦って有るのか?曜日って大元は『星と神話』が元になってるものだし、空が見えないココ転生裁判所において存在しえない概念だ。第一に神様も実在するしね。


「すっごい基本的なコト聞きますけど、ここに暦って有るんですか?」

「あるわよ。げつ、か、すい、もく、きん、ど、にち。貴女の世界と同じかは知らないけど」

「わぁお、完全に一緒ぉ」


 なんという偶然、いや何かしらの意図を感じる一致だ。


「そこにカレンダーあるから、一冊持っていったら?」


 エンティ先輩は部屋の隅の段ボール箱を指さした。

 というか、この世界に段ボールあったんかい。


「ありがたや~。じゃあさっそく一冊、も~らおっ」


 箱を開いて、筒状に丸められたカレンダーを一つ取る。閉じ紐を外してペロンと開くと、絵画っぽい絵と一から三十までの数字の並びが並んで書かれていた。生前のカレンダーとさして違いは無い、こりゃ違和感なく日々を過ごせそうだ。


「ん?」


 私は気付く。


 げつすいもくきんにち


 齧られて、わざわいを受けて、たたられて、入れ墨されて、閉じこめられる禁固。土曜日と日曜日の意味は、ちょっと分からないな。


 読みは同じだけど漢字が禍々しい、怖っわぁ。やっぱりここは死後の世界だわ。こんなものを毎回頭に浮かべてたら気が滅入る、私の脳内では生前と同じく月火水木金土日で認識しよう、そうしよう。


 くるくるとカレンダーを丸めて紐で縛り、自分の机の端に置いておく。帰ったら我が家の良さげな場所に設置するとしよう。


「では、研修よろしくお願いしゃーっす」

「先輩に敬意を払いなさいっ!」

「えー、いいじゃないですかー」

「良くないっ!」


 むー、エンティ先輩は心が狭いなー。そこは大らかに受け止めて下さいよー。まあいいや、ちゃんとしようか。


「じゃあ改めて……よろしくお願いします、エンティ先輩」

「ええ、この大悪魔エンティ様に任せておきなさい!」


 頭を下げた私に対して、彼女は自信満々に胸を叩いた。

 うわー、すっごい不安が一杯だぁ。自分を様呼びするタイプの人って碌なモンじゃないんだよね。と言いつつ、そもそも生前では、殆ど出会った事は無いんだけど。高校までに重病中二病が治らなかった同級生のイキリ……じゃない、猪狩いかりくんだけだよ、知ってるの。


「それじゃ、まずはココ第六支局の業務について、ね」

「業務……昨日、私がやった事です?」

「違うわ、アレは研修前の試験。小手調べみたいなモノよ」


 研修を始める前に、その人物がどの程度の能力を持っているかを確かめる。うん、合理的だ。私は二重丸が付けられたみたいだし、即座に実践業務に移れるのかな?


「ここでやってるのは死者の一生を纏める事。ひとつ前の部署がザックリと資料に落とし込んだものが届くから、それを更に要約して一歳を一枚程度に纏めるの」

「一から十までやるわけじゃない、と」


 仕事の分業って奴ですな。各部署の業務を限定させて特化、その仕事の能力を伸ばして処理速度と精度を向上させるのだ。この反対は一人が横断的に業務を担う多能化、って感じだね。どっちが良い悪いじゃなく組織に最適なやり方を選択してるわけで、転生裁判所では分業制が合理的なんだろう。


「で、その資料っていうのがコレ」


 私の前に差し出されたのは、紐で綴じられた五枚一組の紙束だった。内容を確認すると昨日見た転生者の資料よりも詳細に、一年の内容が書かれている。


「この五枚束で一歳分、って感じですか」

「そ、三枚から五枚くらいが多いわね。偉大で特殊な存在なら、一歳で数十枚になる事もあるのよ。百まで生きたヒトなら、これが百組あるってコト」


 あーはいはい、エンティ先輩が偉大かどうかは横に置いておきます。五枚束が百セット、つまりは五百枚。これを五分の一に圧縮するわけか、結構大変な作業になりそうだ。


「じゃ、とりあえずワンセットよろしく、完了したら言いなさいよ。ああそれと、何か分からなければ必ず聞きなさい。この私が懇切丁寧に教えてあげるわ、だから絶対に質問しなさい」

「了解しました~」


 エンティ先輩は私を指さした後に私の隣、自分の席に掛けた。


 新人に対して『質問しろ』とちゃんと伝えるのは重要だ。

 先輩や上司が忙しそうだから、と話しかけるタイミングを窺っているうちに時間が経過するなど無駄の極み。でも、これをやっちゃうのは『真面目で人が良く、空気を読むのが得意』な子に多かった覚えがある。そのせいで仕事の手が遅いとか、自分から聞いてこない消極的な奴、と見られるパターンを何度見た事か。


 そして最悪なのは自分判断で勝手に進めてしまう事だ。二度手間、三度手間で修正訂正が面倒臭いったらない。更に、その業務が外部に対するものだったら取り返しが付かない。こっちは『失敗が怖い、怒られたくない』と考える子に多かったかな。聞きにいったら「そんな事も分からないのか!」と言われるかも、と想像してコッソリ動いちゃうのよなぁ。


 まあそもそも、新人に重い仕事を放り投げる職場は私からすれば『大丈夫か?』と首を傾げたくなるんだけど。新入社員は聞いてナンボ、聞いて学ぶ事がお仕事なのです。


 そういった過去の職場を思い出すと、この職場は非常に良い環境だ。の~びのび働けそうである。エンティ先輩の懇切丁寧な指導が信用できるかは未体験なので別として。


 さてさて~、では初仕事頑張りますか!

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