第15話 人生を纏めるという仕事
人の一生とは長いようで短いもの。
いま私が確認しているのは、剣と魔法の世界と呼称するべき世界の男性の一生だ。
辺境の農村で生まれ育ち、都会へ出稼ぎに行って。冒険者たちが集まるギルドへ食料や酒を卸す商店で働き、賃金の一部を故郷の家族へと送る日々。ある時、ギルドに出入りする女性と出会って恋に落ち、暫しの後に一緒になった。
彼は独立し、街の隅で妻と共に小さな商店を始める。薬品類をメインに扱う彼の店は、ギルドへ回復薬などを納品するようになった。店の周辺の住民とも良き付き合いを続け、薬が必要ならば彼の店へ、と言われて愛されるようになる。
そんな日々の中、子供が産まれる。家族を支える立派な大黒柱として、彼は今まで以上に仕事に励んでいく。翌年に更に一人、翌々年には双子を得る。命に危険が及ぶ出産という行為、それでも母子ともに健康でいられたのは彼が商う薬品のおかげであった。
あの店の薬は母子に、特に出産の時に良い。その噂は次第に広まり、彼の店は繁盛する事となった。店は大きくなり、数が増え、そして商会と呼べるほどまで巨大化する。
国内でも有数の商人となった彼は、世のため人のために邁進を続けた。昼夜を問わず働き、商売を生業とする事を志す若者たちを積極的に支援。だが忙しい中でも家族の事も忘れておらず、常に良き夫で父親であった。
しかしある時、疫病が発生して瞬く間に世界全体を呑み込む。病を治癒できる薬は限られており、権力者たちが買い占めを行った事で価格が高騰していった。
疫病は彼の身をも侵した。次第に悪化する病状、だが自身の商会が動かす高価な薬を使えば命は助かる。しかし彼はそれを望まず、一つでも多くの薬を市井の人々へと流通させる事を優先した。
そして彼は、命を落とす事となった。
以上が彼の一生である。
昨日の小手調べとは異なり、私の仕事は死者の評価ではない。死した者の人生を読み込んで要約する事だ。目の前の紙束に記載されているのはただの文章じゃない、一人の人間の長い歩みである。だから決して、重要な事象を取りこぼしてはならないのだ。
「これはこうして……うぅん、いや、こう纏めた方が分かりやすいか」
一度作った文章を消して書き直す。
筆記具は特殊な万年筆で、書いたものを自由に消す事が出来る。生前にも消せるボールペンってあったなぁ。あれは温度変化で消えちゃうから公的文書とかには使えなかったけどこのインクは少々……いや大きく違う。
修正が完了したら確定させる事が出来るのである。つまり書いた文章を消せなくなる、改ざん不能な状態へと変化させられるわけだ。パソコンで入力したものを印刷して出す感覚が近いのかな、入力じゃなくて記入だから労力が違うけど。
「ふーむ……」
メモに書いた要点を筆でなぞる。良しとした内容を資料用紙に書き込み、そうでは無いものにはバツを付けて不可とする。読む、考える、書き出す、纏める。非常に地味だけど、この労力を削減すると取りこぼしが出そうなんだよねぇ。
何度も何度もそれを行い、少しずつ誰かの一生を簡略化して再構築していく。書面の中の人物に共感する事はなく、ただただ事実を事実として、無いモノ無いコトを入れ込まないように。人間は想像力が豊かだからね、見えないはずのモノを考えて有るモノにしちゃう。私が読んでいるのは小説じゃないのだ。
「よし、こんな所かな~。エンティ先輩~」
「お、出来たみたいね。見せてごらんなさい、評価してあげる」
トントンと机に打って揃えた資料を手渡す。
むむむ、私の豊かな想像力を働かせるならば、言葉の後ろに『どうせボロボロなんでしょうけど』という一節がある気がするのですがー。少し悪戯っぽく笑ってるからほぼ間違いない。
と思っていたら、頁を捲る度に顔色がだんだん変わっていくぞ?何があったのだろう、お手洗いでも我慢しているのかな。身体に悪いからサッサと用を済ませに行ったほうが良いですよ、エンティ先輩。
「ぐ、くぅ……」
「どうしました、お腹痛いですか?ぽんぽんペインですか?出る?出ちゃう?」
「何も出さんわ!そんな訳無いでしょ!」
違ったか。
「はぁ、アンタ本当に適性あるわね……」
「エンティ先輩、調子が悪いなら休んだ方が良いですよ?」
「どこも悪くない!褒めてるんだから喜べ!」
「お褒めに預かり誠に光栄ですます」
褒められたのに怒られた、乙女心は複雑だなぁ。
「なになに~、何かあったの~?」
向かいの席に積まれた資料の間から、我らがピエリス支局長がこちらを見ていた。何かを取りに来たのか、それとも私の様子を確かめに来たのだろうか?だがしかし、これは好機だっ。
「あ、しきょくちょー。エンティ先輩、性格難しいです~」
「んだと、こらっ!」
「ぎゃー、暴力はんたーいっ」
勢いよく立ち上がるエンティ先輩、私は頭を抱えて防御っ。
「こらー、力に訴えるのは禁止ーっ!」
「いや、殴りませんよ!?コイツが変な事言うから……」
やーい、怒られてやんの。
っと、睨まれた。くわばらくわばら~。
「で、何があったの?」
「コレ、見て下さい」
私が書いた資料がピエリス支局長へと手渡される。
「ふむふむ」
ストンと椅子に掛け、彼女は内容を確かめ始めた。
書類を確かめるピエリス支局長の顔は真剣。昨日、今日と可愛い面だけを見てきたけど、彼女は真に第六支局の長なんだな。それを再認識したからか、自分が書いたものを採点されている状況に少し居心地が悪い。エンティ先輩のさっきの言葉からすると叱責は無いと思うけど……。
最終ページまで支局長は確認し、資料束をぱたりと閉じた。
「ふーん……」
彼女は目を瞑って唸る。おや、これはちょっとマズイ感じか?
と思っていたら。
「むっ!とうっ」
くわっと目を見開き、彼女は座っていた椅子の上に立った。そして腰に手を付け、右手で私を指さす。
「花丸満点、百点二重丸っ!」
「おおっ!?何だかよく分からないけど、なんか良い感じっぽい!」
百点って事はかなり良いって事……これは、合格か!
「いや~、チホさんは凄いねぇ。まさかここまでちゃんとした資料を初日で作れるなんて」
「ですよね~。正直、私も驚きました。これは一種の才能って奴ですよね」
「うんうん、本当に」
ピエリス支局長とエンティ先輩は共に何度も頷く。
「えーっと、そんなに凄い事なんですか?」
「もちろん!」
力強い肯定が返ってきた。
「みんなどうしても自分の主観が入っちゃうの」
腕を組んでピエリス支局長は、ふぅ、と溜め息を吐く。
「他人の一生だとしても、それは人生。だから自分の体験と重ね合わせて共感しちゃう。そうなると正しい書き方が出来なくなるの」
「正しい書き方、とは?」
「すっごく簡単に言うなら有るものは書いて、無いものは書かないってコトかな」
「え、それは当然なのでは……?」
書いてあるものを纏める仕事なのだから、書かれていない事を追加してしまってはダメに決まっている。その逆に書かれているのに取りこぼす事も当然にアウトのはず。
でも支局長は首を横に振る。
「当然だけど当然じゃないの。人は共感する、どれだけ客観的に物事を捉えようとしても自分の考えが混ざっちゃう。これはわたしも同じだよ」
「そうなの、だからこの仕事は大変なのよ。……なのにアンタは」
あ、そういう事か。
「私の意思を完全に排除した資料を作った、と」
「そういうコト。ディケ様が人格破綻者って言った意味、いま改めて実感したわ」
「あはは、いい意味で人格破綻者だよねぇ」
おお、褒められている……と喜びたいんですが支局長。
人格破綻者に良い意味は欠片も内包されていないと思うんです、私は。
まあいいや。こういう感じで進めれば良いという仕事の
さあ、次の人生を纏めてやるぜー!
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