第16話 昼だ!飯だ!ドラゴンだ!
褒められたのか貶されたのか分からない賛辞を貰った後、私は仕事に邁進していた。正確には時々エンティ先輩
生前のとある職場、私語厳禁で無意味に全員緊張してたもんなぁ。
え、私?同僚の緊張を解すために積極的に話しかけてたよ。部長が
「はーい、みんな~、お昼休みだよーっ。仕事はそこまで!わたしの命令を無視する人にはキツ~イお仕置きしちゃうからね~」
支局長の声が部屋に響く。
「昼休みね、行きましょ」
「うーん、もうちょっとだけ修正をしたい所なんですけどー……」
「ダメ、絶対にダメ。お仕置きされるわよ」
エンティ先輩が真剣な表情で止めてくる。更に手を取って引っ張り上げ、半ば無理やりに私を起立させた。グイグイと背を押して、部屋の外へと押し出していく。
支局長のお仕置き、どんだけ恐ろしいんだ……?
「さあさあ、とっとと休憩に行くわよ」
「分かりました、分かりましたから押さないで~」
私はエンティ先輩によって運ばれていった。
転生裁判所内には、ありとあらゆる建物が存在する。中近世的な建築様式の
頭上には見えないはずの青空、エンティ先輩が言うには映像らしい。どう見ても本物の空にしか見えないけど、これは私の生きていた世界よりも技術的に遥かに発展した世界から来た人々によって作られたものだそうだ。
ちぐはぐでバラバラな世界観がぐちゃぐちゃに混ざっている。ここが単一世界からの来訪者だけで作られたものではない事がよく分かる光景だ。そもそも人の姿が多種多様で私と同じのもいれば、蜥蜴人間もハムスター人間もいる。もっふもふしてる人たちが集まって食事している姿は、見ているだけで癒されるねぇ。
「お金が要らないって良いですね~」
「ま、こんな世界で貨幣作っても意味無いからね」
木のトレイに食事を載っけた私達はテラス席に掛けた。テラスの下には土台など無く、塔の内縁から空中に突き出ている。うひょー、遥か下まで見えるぅ、たかーい。
あの世なこの世界。資本主義経済を導入する意味もないため、家の水道光熱費がそうであったように食事も無料である。というか何もかもお金は掛からない、でも食材とかは仕入れる必要があるはず。
そう思ってエンティ先輩に聞いてみたところ……。
「記憶が作る世界だから、食材も記憶から生じる。しっかりと思い浮かべれば出現するのよ」
という事らしい。
つまり家で自炊する場合も食材に思いを馳せれば良いのだ。……料理そのものを思い出した方が早い気がするな、私べつに料理上手じゃないし。何にせよ、生前の食べ物を好きに食せるというのは嬉しいね。
「さ~って、いただきまーす」
パンと手を合わせて、いざ食事!
「アンタそれ、何かの儀式?」
「は?何がです?」
「手を合わせて……なんだっけ、いたらきます、だっけ?」
「舌、噛みました?大丈夫ですか?」
「噛んでないわ!」
だと言えなかったから、ガブッといったかと思って心配したのに……。
「儀式じゃないですよ~……挨拶、いや感謝、ううん、なんだコレ」
「え、分からずにやってるの……?なにそれ、コワ」
「いや分かってはいるんですよ、食材の命と料理してくれた人への感謝、って感じで。ただ、儀式と言われると違うし、かといって単純な感謝の言葉とも違うし、と」
慣習と言ってしまえばそうなんだけど、ただやってるだけ、とも異なる。ホントなんて言い表せばいいんだ、いただきます。適切な説明が思いつかないぞ。こういうのも異世界との出会いって感じが……いや、元の世界でも日本以外の人に問われたらこうなるか。
「よく分かんないわね」
「私もよく分かりません、はい」
お互いにちょっと困った顔で軽く笑う。
「ま、そんな事はどーでもいいので、さっさと食べましょう」
「そうね」
トレイの上に載せられた器へと視線を移す。私は、感動に打ち震えている。何故ならば日本では絶対に入手できないものが、いま我が眼前にあるのだから。
部位も選べたので背中に生える翼の根元である
キッチンカー店主の牛の角生やしたムキムキ爺さん曰く、自分の世界では小型ドラゴンは家畜化されていて食用になっていた、との事。色々と聞いてみると、私の世界でいう所の鳥肉的な立ち位置みたい。ステーキ以外にも煮込みとか揚げ物もあった、次の機会に挑戦だ。
「ごくり」
「それを口で言う人、初めて見たわ」
「集中を削がないでくれますか~?」
「へいへい、悪かったわよ」
エンティ先輩め、味覚に神経を集中させる私を邪魔しおってからに。
少し跳ね返してくる弾力を押し通して、ヅプリとフォークを肉へと刺し入れる。続いてナイフで骨と肉を切り分けた。溢れる肉汁は透明、かなりしっかり焼いてもパサパサにならないのは炎を扱う龍の肉であるが故か。
ひと口大にしたそれを口へ運ぶ。歯を跳ね返すように肉は強い、でも下処理が優秀なようでサクリと噛み切れた。変に筋張っている事も無く、旨味溢れる良い肉だ。鳥肉よりもプリッとしている感じ、とでも言えばいいのかな。
香草とスパイスの香りが強いがその向こうに、獣臭とはまた違う独特の、燻製されたような匂いがある。それは嫌な臭みではなく、香ばしさを増す個性だ。これは家畜化されるのも必然!
「実に旨そうに食いますなァ、チホ殿」
「……ハッ!ドラクルさん、いつの間に!?」
私が脳内で感嘆の叫びを放っていると、いつの間にかテラスの柵の向こうに黒龍がいた。
「アンタ、ドラクル様に気付かないって相当よ?」
「くっ、言い返せない……っ。それもすべて、この
そこまで口に出して私は気付く。いま目の前にいるのはドラゴンなドラクルさん、私の前に置かれているのは龍の肉。彼の同族を食べとるやないかいッ、私ィ!
人間でいえば目の前で猿を食われているような状態、これは気まずい。フォークに刺さった肉をどうするか、逡巡してしまう。
「くわっはっはっは。チホ殿ォ、お気になさらずに食ってやってくださいィ」
そんな内心に気付いた龍は、私に優しく声を掛けてくれた。
「吾輩も龍を喰らっておりましたからなァ」
「え、そうなんですか?」
「ええ。我が龍の神の神託に従って、彼らを正しき龍とするために、ですぞォ」
正しき龍にする為に相手を食べる、でも食ってしまったら死んでしまう。もしかしてドラクルさんの世界では龍は不死身なのか?いや、そうなると今私の目の前に彼がいる事との整合性が取れない、ここは死者の世界だ。
訳が分からず頭を捻る私。ドラクルさんは「当然そうなりますなァ」と一つ言って、私にも分かるように説明してくれる。
「龍は神より生まれ、人は龍より
おお、異世界神話、それも龍の神話とは面白い。
「己で言うのも
「おお、神龍。お願い事を叶えてくれそうだなぁ」
「お願い事……?アンタ、何いってるの?」
おおっと、生前の知識が顔を出してしまった。
「故にある日、吾輩は得たのですぞ、神託を」
「神託、って神様からのお告げ?」
「その通り。龍の神の御意思ですなァ」
「へえぇ、神様は何て言ってたんです?」
神様と直接通信出来るとは流石は神龍。略して、さす龍。
「未だ龍に成らぬ者を救済せよ」
「救済……ですか」
信仰による救済。一般的な救済は『助ける』の意味だと思うけど、この話の流れでの救済は『真実の幸福を得させる事』だろう。龍の神話からすれば、人は龍から生まれた。じゃあ逆に龍にするなら、生まれる前の状態に戻すになるんじゃなかろうか。
「だからこそ吾輩は輩を喰い、人を喰っていたのですぞォ。全ては皆を、吾輩と同じ高みへ至らせるために」
狂信だ。
「ええと、それは今でも同じ考えなんですか?」
「無論ですぞォ」
即答か、恐ろしいな。まあ、転生出来ない裁判所の職員をどうこうしたりはしないだろうから無害だと思うけど。
「うーん、でもそれだと人間や他の龍から恨まれますよね」
「そうですなァ、それゆえに吾輩は討たれたのですぞォ。勇者と呼ばれる者達に」
「おお、勇者!」
龍を倒すために旅をする物語、なんというファンタジー。
「
「お、おおぅ……」
これぞ信奉。自分が死んだとしても神を恨まないどころか感謝するとは。自分の信念に基づいて生きて、後ろを向かずに前のめりに倒れて死ぬ。やった事には一ミリも共感出来ないけど、その心の核みたいなモノにはちょっと共感できるかも。譲れない思い、って奴は誰にでもあるからね。
「ですが、今は龍の神を超える存在と巡り合いましたからなァ」
「あ、マズい」
この流れは良くない、彼は馬鹿でかい像を作り上げる程の狂信者なのだから。
「これぞ僥倖ォ!まさに神の、ディケ様のご慈悲ィ!」
「ご飯を机の下に、っと」
暴風警報発令、暴風警報発令。総員、注意せよ!
「嗚呼、素晴らしき我が神よォッ!!!」
バドーンッ
「わあぁぁぁっ!」
「ちょ、ドラクル様、止めっ」
本日も黒龍さんは元気です。周りにとっては、ちょいと迷惑ですがね。
愉快なお昼休みは彼の謝罪と共に終わり、私達は職場へと戻るのでした。
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