第17話 傍聴しましょ、そうしましょ
昼食を終えた私達。職場へと戻るとピエリス支局長から声を掛けられる。ディアードくんから誘われたから皆で裁判を傍聴しに行こう、と。生前の世界であればちょっと特殊なお誘いだけれど、
私が裁判に掛けられていた時にバルコニー席から話し声や笑い声、拍手なんかが聞こえていた。それなりの人数が裁判傍聴していた、今度は私が逆の立場になるわけだ。
「ちゃんとわたしに、ついてきてね~」
「はーい」
引率手旗を持ったしきょくちょーに率いられた私とエンティ先輩。なんだか小学校の遠足を思い出す、ただし引率者の方が小さいんだけど。
事務局の中を歩き、階段を上って更に廊下を進む。外へと出て塔の内周部をテクテクてくてく。ある場所の扉を開けて入り、真っ暗な階段を一段一段下へ下へ。下り切ったら通路を直進、直進、ひたすら直進、一キロメートルの大直進だ。
この距離、覚えがあるぞ。となると通路の先の扉の向こうは……。
「とうちゃーく」
ノブに手を掛け、ピエリス支局長がそれを引く。
「と、とうっ、ちゃ」
ひらく。
「とう……ちゃく……っっっ」
ひらけない。
「手伝いますよ」
「ごめん、おねがーい」
悪戦苦闘するしきょくちょーに手を貸し、私は扉を引く。
「ふん……っ!」
ぐぐぐっ!
「硬ぇ……っ!」
開かないっ!なんだこの扉、鍵かかってる!?
「エンティ先輩、ちょっと手伝ってくださいよ!」
「うんうん、エンティちゃんもおねがーい」
なぜか手伝おうとしないエンティ先輩に二人して助力を頼む。彼女はハアと溜め息を吐いて、シッシッと私達を虫でも追い払うかのように退かした。何と腹立つ仕草かっ、おのれエンティちゃんめ!
ぎい
「はい、どーぞ」
いとも簡単に、彼女は扉を押して開いた。
「………………」
「……支局長」
私は彼女を見る、彼女は顔を逸らす。
「開く方向、逆じゃないですかっ」
「ごめーん!」
イッツ、ア、無駄な努力。そりゃ開かないわけだ、開いちゃ駄目だもの。
素晴らしく下らないやり取りをしながら、私達は無事に目的地へと到着した。
階段状に長椅子が並んでいるそこはバルコニー席。審判の場を見下ろす傍聴席であり、私のような新人にとっては研修会場といったところか。
裁判長の指定席である巨大な椅子、そして気怠げに座っているディケが見える。ただでさえ小っちゃい彼女の姿が、
「ぐうおぉぉ……」
「アンタも懲りないわねぇ」
この距離でも出せるのか、木槌っ!自由自在すぎるッ!だがしかし、私は屈しないぞっ。決して折れてなるものか、暴力なんぞに負けるかーっ。
「大人しくしようね、チホさん」
「はぁい」
「支局長には素直ね」
そりゃ、可愛げのあるロリと可愛げのないロリなら前者に従うさ!おおっと、マズい。可愛げが無いっていうのは威厳が溢れているという意味ですよ~、ディケ様~。なので攻撃は勘弁してくださいませおねがいしますごめんなさい。
あ、チラッとこっち見て、裁判長がため息吐いた。
よし、私は許されたようだ。
カンッカンッ
「静粛に。これより開廷する」
転生裁判が始まる。
被告が立つべき証言台からブワリと光が生じ、それが人の形になっていく。身体が、髪が、服が、靴が明らかとなって、そこには一人の少女が現れた。
腰までの長さの透き通った金の髪を彩るのは銀のティアラ。輝く緑の瞳はエメラルドのようだ。白磁のようなきめ細やかな肌はよく手入れされており、人形のようにシミ一つ無い。
彼女はドレスを着ていた。豪奢でありながら品の良い飾りの付いた、中世欧州風の世界が舞台のアニメやゲームで見るようなもの。僅かに見える靴は白のハイヒールだ。
少女を一言で表すなら。
「お姫様」
絵本とかで見た事のある、遠い何処かの国の王女。それをそのまま出現させたかのような、そんな美少女がそこにいた。見た目のままの年齢かは分からないけど、ここに現れた以上は死者だ。
「はい、チホさん」
ピエリス支局長が十数枚が束になった資料を渡してきた。
「あの子の資料、ですか?」
「そうだよ。傍聴人は自由に確認できるの」
ツイと支局長は視線でバルコニーの一角を見るように促す。そこには机があり、今回の被告に関する資料が積まれていた。
「これも勉強よ。私達は直接判決を下したりはしないけど、他の補佐官が作った資料とディケ様の判決を比べて理解するの。自分の感覚がディケ様のそれとズレていないか、資料の作り方が偏っていないか」
なるほど、納得。
午前中の仕事は実践研修、午後のコレは言わば座学だ。教師役はディケだけど教えてはくれない『自分で見て考えて学べ』という教育方針、つまりは放任主義。厳格に教え諭すよりもずっと厳しい、常に自分で自分を律して成長しろというのだから。
ディケ達を囲む形で円筒状になっているこの場所、バルコニー席がずっと上の方まであるのが見える。私が座ってる所には他にも三十人くらい補佐官がいて、他の場所にも同じように座っているとしたら、とんでもない人数だ。
まあディケは一人だもの、私達補佐官の人数からすると一人一人に懇切丁寧に教えていたら無限の時間があっても足りない。ならば自分で考えろとなるのは合理的だね。
渡された資料に目を通す。枚数は十八枚、彼女は見た目通りの年齢だった。そして少女は紛う事なきお姫様、とある王国の王女さまである。
「十二歳。王宮に侵入した平民の少年の処刑を止め、助けた。善行に十ポイント」
私が手元の資料を確認している中でも審理は進んでいく。
「十五歳。かつて助けた少年を探すために無断で城下へ赴いた事で近習が処罰を受けた。悪行に三ポイント」
お淑やかでありながら奔放な面もある彼女。年頃の少女であるがゆえに恋をして、周りの心配をよそに少し無謀な事もしてしまう。実に微笑ましい。
「十七歳。密かに自室に少年を招いた事が、父親である国王暗殺に繋がった。悪行に十五ポイント」
だがしかし彼女が恋した少年は、国家転覆を企てる組織の一員だった。少女は露とも知らない事であったが国は民に重税を課し、国内には怨嗟の声が渦巻いていたのだ。彼は五年もの間、世間知らずな王女を騙し続けて本懐を遂げたのである。
そして彼女もまた、一年後に悲惨な末路を辿る事になる。審理においては全く関係のない、善行にも悪行にもポイントが入らないような事象。
内乱に正規軍は敗北、反乱軍は王都を囲んだ。なし崩し的に国の実権を握った大臣の裏切りによって彼女一家の身柄は敵へと渡され、国家崩壊寸前で戦いは終わりを告げる。反乱軍は正義を成し、王国は共和国へと姿を変えたのだ。
旧体制の象徴であった彼女らに待っていたのは断頭台による処刑。王都の広場を埋め尽くすほどの民衆の前で、少女はいとも簡単に首を落とされる。彼女が最後に見たのは、自らの首を手にして民衆へと掲げる
ディケが重大事件発生の遠因となった行動の悪行ポイントを低く評価したのは、彼女自身に国王を害する意思も内乱を発生させるつもりも無かったためだ。
「続いて歳を跨ぐ、一生に渡る行為に関する審理を行う」
カンッと一度木槌を鳴らし、ディケは審理を続ける。
「十二歳から十七歳まで平民への施しを続け、貧民街の改善に力を尽くした。よって善行に二十五ポイントを加算する」
平民の少年と出会って以降、箱入り娘だった彼女は民の事を知ろうとし始めた。無断で王宮を抜け出す事もあったようだけど、許可を得て護衛を付けて動く事の方が多かったみたい。
民の窮状に心を痛めたお姫様は食料の配給に医療の提供など、様々な施しを行った。王のせいで苦しんでいた民の中にも、寄り添おうとしてくれる王女に対して感謝していた人も結構いたみたいだね。審理に直接関係しない、別添の補足資料にそう書いてある。
カンッ
「以上で審理を終了。判決に移る」
ディケは告げる、王女であった少女は善である、と。
補佐官である私は周囲の皆と共に彼女へと拍手を送った、良かったね。何かしらの恩寵を貰って、次こそは良き恋をして幸せになりなさいよ~。
「どうぞ、こちらへ」
「待って下さい!」
ディアードさんが
「なんだ」
「貴方様が神なる御方である事は承知しています、裁きに異を唱える事をお許し下さい」
自身の胸に手を当て、彼女は頭を下げる。
さすが姫様、礼儀をしっかりと理解しているね。
ん?私は良いのよ、私は。他人は他人、自分は自分がモットーなので。
「私は、自分の行いで国を滅ぼしました。その私が……善だとは思えません。どうか、どうか悪として裁いて下さい」
懇願する。自分を断罪してほしい、と。それ程に彼女は、自分の小さな我儘によって生じた罪が重大だと捉えているという事だ。
無理もないよね。自分のせいで父親が殺された。それだけじゃなくて内乱が発生して国中で人が死んだ。全て、自分が抱いた淡い恋心が生み出した結果なのだ。
……と考えるならば。
冗談じゃない。一人のせいだけで、国一つが壊れるなんて事はあり得ない話だ。彼女は自分の罪を大きく重く捉えすぎている、あの子の行動はただの引き金に過ぎない。姫が何かをしなくても別の何かによって内乱は発生しただろうし、国王も彼女も結局はこの場に来る事になっただろう。
彼女にはそれを分かってもらいたい。自分の恋のせいで、それだけのせいで自分の周りの全てを壊したなんてありえない。そんな事は、そんな事は……。
「そんな―――」
「ストップだよ、チホさん」
立ち上がり、声を上げようとした所でピエリス支局長が私を止めた。
「何を考えているかは分かるし、何を言おうとしているかも分かる」
「なら……」
「だから大丈夫。ディケ様がそこを考えていないなんて事は、あり得ないから」
ニコリと彼女は私に笑みを向ける。
「下らん、たかが小娘一つの力で国を壊せるか。お前は自分を過大評価している、視野の狭さを告白している」
「……ッ」
ズバリとディケは言った。
情けも容赦もオブラートも何もない、むき出しの事実という刃が少女の胸を貫く。
「神である私に自分を裁かせ、己の中の罪悪から許しを得るつもりか。神である私を使って自らの願望を叶えようというのか」
「そ、そのような事は……」
「無いと言えるか。この場で胸を張って、一切の曇りもなく」
「う……」
「ふん、所詮はその程度だ。浅はかな考えを私が見抜けぬと思ったか、愚かしい。人の世でお前は断じられた、そしてここへ来た。
うわぁ、めっちゃ厳しい物言い。傷付いて心の底から嘆いている女の子に掛ける言葉じゃないよ。あの子も俯いて泣きそうになってるじゃん、酷い神様だなぁ。
と、表面だけを捉えれば思うだろう。
でもディケが言っているのは、既に罪に対する罰は生前に受けたのだから気にせず次の人生へ進め、という事だ。もう少し追加するなら、自身を責める思いも抱えて恩寵を選んで転生しろ、かな。そこまで含めて判決、
もー、素直じゃ無いなぁ。君は十分傷付いたんだから気にしないで良いよ、とか言ってあげれば良いのに~。
……なんて私も思わないよ。優しい言葉で諭されたとしても、自罰的な思考で埋め尽くされている彼女には響かない。誰かに引っ叩かれて蹴っ飛ばされて、ようやく
そう考えるとディケは優しいねぇ……。
私は物理的にボコボコにされてるがな!
俯いて拳をギュッと握る元王女、彼女は今度こそディアードさんに促されて歩いていく。正の転生を得たというのにその表情は暗くて、刑場に引っ立てられる罪人のようだ。
転生後は前世や
だから彼女は一切合切全部忘れて、来世でこそ幸せになってもらいたい。
「「良き転生を」」
私の呟きとディケの声が重なった。
彼女が歩む次なる人生、良い事が沢山あるといいね。
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