第18話 ようこそウェルカム、わ・た・し

 その後、十人程度の裁判を見学した。裁かれるのは一人一人の人生、やっぱり重い。そして見た目の印象や職業が、そのまま判決と合致するわけではない事もよく分かった。


 悪人面の山賊が誰一人殺していないどころか、実は裏で孤児院に寄付してたとか、まあ中々面白い人生である。私腹を肥やす豪商の隊商や、領民に重税を課す領主の輸送隊だけを狙ってた姿はまさに義賊だった。


 非常に悪趣味だとは思うけど、なるほど、これは一種の娯楽になる。そして非常に勉強にもなる。人は外見じゃない、中身で勝負。生前は単なる気休めの言葉として捉えていたけれど、死後の世界だとそれは本質だった。


 誰に対しても礼儀正しいハイパーイケメンがいたんだけど、生前は裏でまぁ~~~~下種な事をしまくっていた。周囲の人間を扇動して気に入らない奴を吊るし上げたり、彼氏持ちの女子を寝取った上で事が済んだらポイしたり。カップルを破局させられたら彼の勝ち、という友人との賭けで手を出したのだ。


 女性を何股掛けてとっかえひっかえするクズ野郎で、最終的には色々あって愛人にぶっ刺されて死んだ。そんな奴がどうなったかというと、まあ普通に負の転生へご案内になりましたとさ。


 それが不満らしくギャーギャーわーわーと騒ぎまくっていたから、ディケに巨大木槌で叩き潰されていたな。顔が良い程度の表面的なステータスはあの世こっちにおいては何の力にもならない、まだ生きている諸君は他者に迷惑かけないように正しく生きるんだぞ~。


 そんなこんなで座学は終了。法廷から出たのは、ちょうど定時ごろだ。


「今日はこれで終わりです?残業あるある?」

「ないないだよー」


 私の問いかけにピエリス支局長は首を横に振る。給与も何もない世界、サービス残業なんてものはございません。日本の経営者たちよ、死後の世界を見習うと良いぞ。


「で、も」


 勿体付けるように言いながら、しきょくちょーは人差し指を立てる。その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。


「チホさんにはこのあと、わたし達に付き合ってもらわなければなりませんっ」

「やっぱり残業あるある?」

「ないないだよ、それは間違いなし」

「?」


 どういう事だろう。私は首を傾げる、うーん。


「支局長、もう言っちゃえば良いんじゃないですか?このままだと下手すると帰っちゃいますよ、チホ」

「えー、秘密にして驚かせたかったんだけど~」


 エンティ先輩の促しを受けて、ピエリス支局長はちょっと残念そう。


「えーと……?」

「こほん、このあとにチホさんの歓迎会を開催します。と言っても業務があるから、参加者はわたし達とフィオーレだけだけどね~」

「おおっ、歓迎してくれるんですか!」

「いや、歓迎するのは当然じゃない」

「生前は歓迎されない場合もありましたもので~」


 とある会社の採用試験を突破して入社したら、初日から邪険にされた事がありました。教えるの面倒くさい、どうせすぐ辞めるんだろ、的な雰囲気がビシビシ伝わってきたんですよねぇ。


 しばらく働いたのちに色々あって辞めた三ヶ月後、法違反に不正に横領に粉飾にで一瞬で会社が消し飛んだのは驚きだったよ。どうやら私が所属した部署がその悪事ド真ん中だったらしく、排他的だったのはだったんですなぁ。


 いや~、退職後に公共職業安定所ハローワークで沢山相談してよかった。自宅にまで私の事情を聞きに来るくらい熱心な職員さんがいて、一杯話をしたんだよね。


 ……ん?あの人の名刺に書いてあった所属、職安だったっけ?労働基準監督署だっけ?警察だっけ?検察だっけ?なんか色んな人と名刺交換したから、あんまり覚えていないんだよねぇ。


「エンティちゃんが来た時もお祝いしたね~」

「死んだのにお祝いっていうのも変ですよね、考えてみれば」

「あ、確かに~」


 二人が昔を懐かしんで話をしてる。私が産まれる前どころか、我が爺様誕生よりも前の出来事かもしれない。生前の世界とここ転生裁判所じゃ時間の流れが違うから、単純計算で良いのかは分からんが。


「歓迎会ってどこでやるんです?支局の部屋とか?」

「働いてる人の横でワイワイは出来ないでしょうが」

「お店を予約しましたっ!あ、お酒って飲む方~?」

「いや、私はあんまり。付き合いで飲む事はあったけど進んで飲酒はしなかったですよ、酒よりメシ派ですっ」

「わたしと同じだ~、いえーい」

「いえーい」


 支局長が掲げた手に自分の手をパチンと打ち合わせる。しきょくちょーの背が低いので、ハイタッチにまで至らないミドルタッチだ。そんな事をしている私達の横で、エンティ先輩は呆れた様子で、はぁと溜め息を吐いている。


 なんとノリの悪いことか。うおーっ、巻き込んでやるぅ!


「エンティ先輩も、いえーい」

「はぁ?」

「エンティちゃん、いえーい」

「ちょ、支局長まで」

「「いえーい」」

「い、いえーい……」


 二人の圧力に負けてエンティ先輩は両手を上げて降伏……じゃなかった、私達の掲げた手の高さに合わせて手のひらを向けた。私とピエリス支局長は彼女の手に自分の手を打ち合わせる。


 よっしゃ、なんかエンティ先輩に勝った気がする!


「じゃ、エンティちゃんはチホさん連れてこのままお店に行ってね。わたしは一回支局に戻ってフィオーレ連れてくるから~」

「了解です。さ、行くわよ」

「りょーかいですっ」


 私はビッと敬礼した。






 私の家が建っているのと同じ円形の土地フロアの一角。ちょっと奥まった場所に店を構える、こぢんまりとしたお店。そこが私の歓迎会会場だった。


 濃い茶色の木造建物は所々に緑の苔が生えてて、店先には随分年季の入った酒樽が置かれている。入り口横に何か分からない生物の剥製……毛むくじゃらで六本脚、捻じれた角が頭から四本生えてて目が一つ……異世界羊だな!という事は、この店のメイン食材は羊肉に違いない!


 なんという名推理、我ながら惚れ惚れしちゃうねぇ。


「なに入口で腕組んで胸張ってニヤ付いてるのよ、気持ち悪い」

「酷ッ、人の事を悪く言っちゃいけないんですよ~?」

「好き放題言いまくってるアンタがソレを言うか」


 む~?言うべき事を言っているだけで、悪口は言ってないぞぅ、私は。


 エンティ先輩に促されて店内へと足を踏み入れる。


 おお、ウエスタン風!

 外壁と同色の木で作られた大型のバーカウンター、机と椅子も似た感じ。奥の壁には棚があって、そこにはズラリと酒瓶が並んでる。カウンター脇には外に置いてあったのと同じ酒樽があって、強い酒の香りが漂ってくる。


 何よりも凄いのは、店内の角にある調理スペースだ。どさりと積まれた薪からボウボウゴウゴウと炎が立っていて、その上では鉄串で串刺しにされた六本脚の動物が丸焼きにされている。イッツ、ワイルド!


「さ、座りなさい」


 エンティ先輩の促しに応じて、私は席に掛ける。大型の円形テーブルを囲む形で椅子が四脚、テーブル中央には赤青紫白の四色の花弁を持つ薔薇のような花が活けられている花瓶が置かれていた。


「これは食べ物に期待が高まってくる~」


 この店の雰囲気でマズい物が出てきたら、それはもう一種の奇跡。だーれも望まない不運なミラクルである。というわけで、ここは絶対に美味しい店だ。


 論理が破綻していると言われようと構わない。

 だって私がそう感じているんだもの、うぇーい。


「支局長たち、どのくらいで来ますかね~」

「そうね、三十分までは掛からないんじゃない?時間に制限もないから、ゆったり待てば良いわよ」

「あ、じゃあ、しつもんありまーす」

「なによ、わざとらしく手を上げて」

「質問ありまーす」

「はいはい、さっさと聞きなさい」


 頬杖を突きながらエンティ先輩は私に促す。


 よーし、ここからは怒涛の質問タイムだぜーっ!

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