第13話 明日からヤル気出す
「こほん。改めましてわたしが、しきょくちょーのピエリスです!」
「改めてよろしくお願いしまーす」
「よろしくお願いされました!」
ピエリス支局長は自分の胸をドンと叩いた。なんとも頼もしい。
「ちなみにわたしは、ドラクルさんと同じ経験年数ですよ~」
「おおー!……って私、ドラクルさんの歴を知らないわ」
「ありゃ」
頼られ勢いを削がれた彼女は気の抜けた声を出す。
「吾輩もピエリス殿も百年をゆうに超えておりますぞォ。同時期にここへ来ましたからなァ」
「なるほど、同期!」
「そうそう、どーき!……って何?」
「同じ時に入った、って事ですよ」
「なるほど~」
でっかいドラゴンと小っちゃいしきょくちょーが同期とは、ちょっと意外。ここでは外見年齢は全く当てにならないね、そもそも私も十八の見た目で三十六だし。
それでもしきょくちょー、無邪気過ぎて子供にしか見えんのよなぁ。会社員ごっこしてる十歳児、的な。これで支局長なんていう責任あるお仕事出来ているのだろうか。
そもそも手提げ袋からぶちまけられて床に転がってるのが、茶葉と珈琲豆が入った缶とお茶菓子の箱なんだよ。部屋へ入る私と入れ違いで走っていったのを見たけど、その時に聞こえた局員の声は完全に使いっ走りへの指示だったからねぇ。
「私の知らない言葉を知ってるとは、期待の新人さんっ」
「いやぁ、それほどでも~」
「頼りにしてますよ~」
「お任せくださいっ」
今度は私が胸をドンと叩く。
支局長は変に裏側が無さそうだから対応が気楽。こういう大人ばっかりだったら世の中すべてが平和で楽しかろうな、争いなんて起きなさそうだ。部下が助けてあげたいと自然に考えられる存在、上司として実に素晴らしい。
うん、良い職場だ。
「よーし、これから頑張るかー」
「うんうん、頑張ってね!」
「盛り上がっているところ悪いが、今日はここまでだ。他にも連れていかなければならん場所が多いからな」
「「ありゃー」」
二人で気合を入れていたらディケが横槍を入れてきた。
まあ確かに、案内すると言われて訪れたのが我が家と職場だけ。広い広い裁判所の中で、ピンポイントで二か所だけ説明する事を案内とは言わないですわな。他にも色々と回る所があるのは当然と言えば当然だ。
名残惜しいがピエリス支局長とフィオーレさん、ついでにエンティ先輩に別れを告げ、私は竜の背に乗って飛び立ったのだった。
丸々一日、私はあちらこちらへ連れ回された。
事務局内から始まり、塔の中を上へ下へ。ぐるんぐるん螺旋階段の様に塔内を駆け巡り、あっちにこっちを説明紹介。懇切丁寧、とは言えないザックリさっくりなディケ解説を受けながらの裁判所旅でした。
「うん、こんな感じかな」
サラサラっとノートに要点を書きこむ。どこに何があるのか、何がどんな役割を持つ場所なのか。聞いたこと全てを記録するのは不可能なので『事の核』だけを書くのだ。一回こっきりのチャンスという場合はまた別だろうけど、殆どの事は経験の中で追加及び補正していけばいいのである。
この
あの世の裁判所で龍の背に乗り、神様から
いや、今はもう
ここが私の
「なーんて、詩人みたいな事を考えるのは止めよーっと」
感傷的になるなどガラじゃない。
人生は前に進む事しか出来ない、遡行など不可能なのだ。私は自分の行動を、選択を悔いる事は無い。引きずる事で今が、そして未来が良くなるわけが無いと、そう考えているからね。
ま、私の考えに過ぎん話よ。
みんな違ってみんな良いのだ。
「お風呂お風呂~」
高級マンションの一室みたいな我が家には、当然のように最新式の設備が備わっている。自動給湯、どんな原理でお湯出てんだろうね。でも水道光熱費の心配せずにジャブジャブ使える、ここは天国かよ。いやあの世の裁判所だったわ、天国でも地獄でも無かったわ。
着替え一式もちゃんと揃ってる。生前で私が買った事のある物だけでなく、雑誌やウェブサイトで見ただけの服まで色々。頭に思い浮かべた状態で箪笥やクローゼット開けば中身が変わるんだよね。記憶によって作られている世界、恐るべし。
部屋着を適当に見繕っていると、お湯張りが完了した。
うぇ~い、疲れを癒すバスタイム開始だぜ~!
「ぶふぁ~……やっぱりお風呂は良いねぇ」
頭洗って、身体洗って、顔洗って。湯舟にドボンで疲れが抜ける。節約を考える必要が無いから、シャワーで済ますとかしなくていいのは嬉しい限り。旅好き、温泉好きだから、そもそもがお風呂大好き人間なんですよ、ワタクシ。
今日は色々見たけど、この塔の中は不思議で溢れている。
ディケが判決を下す法廷やピエリス支局長たちが働く事務局は西洋的で、近世ヨーロッパ的な感じ。十六世紀以降の、いわゆる『西洋』な装飾がされていて調度品とかも同年代っぽい。
でも塔の中には古代ローマみたいな柱が立ち並ぶ場所があったり、と思えば私が生きていた時代と大きく変わらないような建物もあった。外周部にギチギチ状態で埋め込まれてた雑居ビルには笑ったよ。
そしてそれだけじゃない。
「全次元宇宙と繋がる場所、かぁ」
ディケが口にした言葉。言われただけでは何の事やらだったが、目で見て理解する事になった。
ドラクルさんと知り合った時点で、ここには人型ではない者がいる、というのは理解していた。ただ、その予想の範囲を超えるレベルで『人型ではないモノ』がいたのだ。
私が最大級に驚いたのは電子情報生命体だった。本来は実体を持たず、しかし
それなのに普通に会話出来て握手できるのがワケワカランのよ。まあそもそも絶対に言語が違うディアードさん達と話が出来てる時点で『ディケの何かしらの力』が発動しているのは何となく理解してたけどさ。想像するのと体験するのじゃぁ、話が違うのだ。
「ううむ、大変そうだなぁ」
私の世界以外にも世界は存在する。そしてそれぞれに各々の価値観や常識がある。となると善行悪行の判断は一筋縄ではいかない可能性が高い。私の持つ常識としては殺人は大罪だが極論、殺人が正しい世界も存在し得るという事だ。
想像の範疇から超えるような世界、そこに住む人々、そして理解できるか分からない価値観と常識。それらを認識して、評価が偏らないようにしながら資料に落とし込む。これほど難しい仕事はない、と言えるかもしれない。
「む~……」
首まで湯に浸かって白い天井を見上げる。ポタンと天井から水滴が湯船に落ちた。
「ま、今日はダラけて、明日からヤル気出す」
ばしゃっと顔を洗う。
想像できないのならば想像しなければ良い。考えられないなら考えなければ良い。根本から不可能な事を可能にする事など出来はしないのだから。ただし、それで思考を放り出す気など無い。
私は私の出来るようにヤルだけなのだ!
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