第8話 職場見学会だ、こんにちは
いやー、実に素晴らしい、このベッドのフカフカ具合。今日は色々有り過ぎて疲れた~。ゆっくり休んで、また明日職場見学をする事にしよう。さあて、お休みなさーい……すやぁ。
「痛ったぁいっ!!!」
寝ころぶ私の顔面にめり込む木槌。おのれ、暴力裁判長め。ノーモーションどころか、なんの発言も無しに攻撃してくるなんて!そこは「寝るな」と一言ツッコんでからやるもんでしょうよ、それが世の常識だ!
「知らぬ常識を叫ぶな、アホタレが」
ごずん
「叩いた!二回も!」
過剰ツッコミだ、ルール違反!
「言わなかったか?
「ぐ……おのれ、横暴の神めっ」
分が悪い、勝ち目がない。圧倒的な力を持つ魔王を前にした勇者の気持ちとは、これ程のものか……!なんという絶望、なんという苦難っ。
「どうでもいい、さっさと立て。ベッドから起き上がれ」
「えー、ふっかふかで気持ちいいのにぃ」
「そうかそうか。では慈悲深い私が叩けるだけ叩いて行動不能にして寝かしてやろう」
「おはようございますっ!職場見学、よろしくお願い致しまっす!」
痛いの、
「では、参りましょう」
我が家の入口で待機していたディアードさんが促してくれる。その向こうではドラクルさんが身を屈めて、大きな目でこちらを覗き込んでいた。二人とも紳士だね、女子の部屋に入らないようにしてくれている。……ドラクルさんに関しては物理的に入れないか。
私達は再び彼の背に乗って、広い広い塔の中の空を飛ぶ。
「で、今度はどこへ~?」
「次は事務局でよろしいですなァ?」
「ああ」
私の問いを受けてドラクルさんはディケに確認、彼女は頷いた。
龍は大きく羽ばたき、ディケ像の横顔を見ながら左旋回を開始する。改めて見ても、この像はデッカイなぁ。私が乗ってる
恥ずかしくないのかな、ディケは。自己顕示欲の塊、ここに極まれり、だね。
すこーん
「ぐはぁっ」
前に座るディケの手から飛んできた木槌が私の頭を引っ叩き、そのまま宙を舞って暗い塔の闇へと消えていった。投げつけてきたというより、手から離して当てたという感じ。どっちにしろ、暴力だ!
うぐう、ぼこぼこ殴られてるけど私は頑丈なので大丈夫。私は強い子、元気な子。泣かない、めげない、曲がらないっ。負けるか、このーっ。
「見えてきましたよ。あれが数多の業務を行っている場所、事務局です」
ディアードさんが前方を指さす。
そこにあったのは灰色の城、もしくは砦。
そうとしか表現できない、石造りの西洋風の建物だった。
ただし、サイズがおかしい。ヨーロッパの城ってノイシュバンシュタイン城とかが思い浮かぶんだけど、あれを五倍大きくした感じ。あ、ノイシュバンシュタイン城はシンデレラ城の元ネタのお城ね。
私は結構色々知っているのだ、雑学王なのだ。興味が湧いたものを手当たり次第に貪ってきた結果である。小学校の頃から、
ドラクルさんはそのお城の一角、中庭っぽい場所へと着陸する。おお、土だ。無機物しかないかと思ってたけど、ちゃんと『大地』があるではないですか~。
「随分と昔に『生物は土から離れられない』と補佐官から聞いてな、試みに敷いてみたのだ。中々に好評ゆえ、街にも植樹を進めているところだ」
「おおー、緑化政策はあの世でも実施されているのか」
この裁判所内はとにかく、黒と暗い赤、あと紫と焦げ茶色が基調になっている。さっきの町の地面も落ち着いた赤色だったし、建物の外壁は紫混じりの焦げ茶色。どっしりしているというか、落ち着きすぎているんだよ。
緑を見ると目の保養になるというか、生命を感じるのだ。あの世で命を感じる、なんという哲学。こうして這いつくばっていると更に実感しますなー。
「お前はナメクジか」
「ナメクジに謝れ!」
「謝罪する先はそちらでよろしいのですか、チホさん」
「くわっはっは、ほんに愉快なお嬢さんですなァ」
むむむ、生命の鼓動は全身で味わわないと失礼でしょーがっ。ただでさえ生き物がいない世界なんだから!レアですよ、レア。いやスーパーレア、いやいやウルトラレアくらい。
そんなやり取りをしつつ、私達は建物の中へと入る。先頭にディケ、その後ろにディアードさん、そして私が続き、大きすぎるドラクルさんが壁をぶっ壊して入ってくる。
……なんて事は発生せず、彼が入れるほどに扉は大きかった。法廷の廊下にあった扉も大きかったし、ここには龍以外にも色々な大きい人がいるんだろうね、ドラクルさん専用とは思えない。
やっぱり内部は西洋風で床には赤の絨毯が敷かれてる。時々補佐官とすれ違うけど、全員が何かしらの書類か本を持っていた。あれが法廷でディケの横に積まれてた書類になるんだろうな~。
彼ら彼女らの中には私と同じ普通の人間もいれば、ディアードさんみたいに角がある人もいる。ファンタジー作品でよく見る獣人も歩いて……お、エルフだ!ここは本当にファンタジー種族のごった煮ですねぇ。
「本当に異世界と繋がってるんだなぁ」
思わず率直な感想が口から出る。生前では絶対に見る事の出来ない光景だから、まあ仕方ないと言えば仕方ない。ただ歩いているだけで、すれ違う人を見ているだけで面白いのだ。
そんな事を考えていると。
「おい、どこまで歩いていく気だ。目的地は此処だぞ」
「おおっと」
オーバーランならぬオーバーウォークしてしまった。
ディケに引き戻された場所にあったのは、通常の人間サイズの扉。つまりこの中にいるのは私サイズ以下の補佐官たちという事になりますね。ドラクルさんが入ろうとしたら壁がぶっ壊れるぞー。
「吾輩は此処で待機しておりますぞォ」
むむ、残念。ドラクルさんは廊下で待機か。派手に崩れる建物を見てみたかったのに。お、なんだね、ディケちゃん。私を呆れた目で見て。おやおや溜め息まで。何か悩み事でも有るのかね?さあさあ、お姉さんに話してごらんなさい?
「下らん事を考えるな、阿呆」
ゴッ
「あだッ」
な、なぜディケの手に木槌が!?さっき奈落の底に落ちていったはずなのに!
「これは私の力で生み出している。何処かへ放り投げたとしても、新たに作る事が出来るのだ」
「ぐ……っ、残弾無限とは卑怯な!攻撃が来ないと思って悪戯してやろうと思ったのに!」
「お止め下さい、チホさん。それとディケ様、生み出した木槌をあちらこちらに放置しないで下さい、補佐官の皆から苦情が来ております」
「む……」
「やーい、皆に言われてやんの~」
絶対的権力者と言えども完全無欠ではない、という証明がされたな、ふふふ。私にどうこう言う前に、己の事を正すのが先ですなぁ~?ほれほれ、ディケちゃーん?ごめんなさいは~?ちゃんと謝らないと立派な大人になれませ、
痛ってぇ!!!脛ッッッ!!!
「私の事はどうでも良い。この愚か者への研修をさっさと始めろ」
「畏まりました、職場の紹介と共に実行致しましょう。……さっき落ちていった木槌、後で回収してくださいね」
「考えておこう」
困り顔でディアードさんは扉のノブに手を掛ける。
「それではどうぞお入りください。こちらがチホさんの職場となります」
死した私の再就職先、あの世での第一歩。
その入口が開かれた。
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