第9話 先輩、よろしくお願いします

「それ、NAHT第六へ持ってって~」

「うい了解、帰りに茶菓子取ってくる!」

「あ、お茶っ葉無いからついでによろ」

「珈琲豆も無い、取ってこい」

「やる事が増えたぁっ」


 ひぃんと鳴きながら、小柄でクリーム色ふわふわ髪の少女が書類抱えて駆けていった。下っ端っていつもああなるよね、うんうん。がんばれ、新人っ。


「新人はお前だ」

「はっ、そうだった」


 そうだそうだ、今日から新入社員ならぬ新入死ゃ員だった。いや語呂悪いな、しやいん。


「あ、ディケ様」

「ディケ様、お疲れさまです!」

「うむ、お前らもご苦労」


 全員が立ち上がって礼をする。おおー、社長が来た時のオフィス内みたいだ。無駄の極み、その対応時間分で仕事した方が有意義なんだよね。誰も彼もがいつもと違う感じになる、やりにくくて仕方なくなるんだよねー。


 ん、私?仕事の邪魔になるんでお帰りを~、って言ったよ。社長は、君は面白いねぇ、ってホメてくれた。やっぱり私の対応が正解だったんだね。もー、みんな同じようにすればよかったのに。


 どうやらここも、生前の職場と同じみたい。これは、私が改革してあげなければっ。まず手始めにディケ様じゃなくてディケって皆に呼ばせよう、そうしよう。


「新人が何も知らずに改革しようとするのは止めろ。お前の国の諺で、郷に入っては郷に従え、とあるだろうが。まずは知れ、そして学べ。というか第一に私を呼び捨てにするな」

「むむむ、それは一理ありますなぁ……。一先ずはお言葉に従っておきますぜ、呼称は変えないけどな!」


 新人がしゃしゃり出すぎるのは確かに良くない。絶対ダメというわけではないけど、何も知らずに自分の中にしか根拠のない正義棒振り回すのはただの迷惑だもん。後輩ちゃんがそうだったから、頑張って指導したんだよね。


 皆でお酒を飲みに行って唐揚げが出てきた時に、勝手にレモン掛けるのと同じだよ、って。そしたらハッとした顔で「すみませんでしたぁっ、私が間違ってました!先輩、ありがとうございますっ!」って分かってくれたなぁ。


 その後も『からあげレモン理論』で色んな後輩ちゃんが分かってくれた。うんうん、物分かりの良い子は好きだったよ。


「エンティさん、いらっしゃいますか?」

「はい、ここにっ」


 事務机の上にうず高く積まれた書類の向こうへディアードさんが声を掛けると、若い女の子の声が返ってきた。同時に紙束の頂上から手が見え、ガタンと椅子を引く音が聞こえる。


「何か御用でしょうか!」


 現れたのは、見た目十代半ばの金髪少女。


 金の髪は背中に掛かる位の長さで、小走りで寄ってきた動きに合わせてふわりと動く。瞳の色は深い青で、何処か黒も混じる不思議な目だ。


 いや、そんな事はどーでもいい。なんだその恰好!


 メイン装備は黒ビキニ。見られたいのか見られたくないのか分からない、上半身を半分だけ隠す赤色ケープには金の刺繍が施されている。腹がほとんど見えてる、ぽんぽん冷えるぞ?


 下はドレスの様に広がる、薄紫で半透明な腰布。透けて見えるのは黒のガーターベルト、足には赤のハイヒール。あどけない感じもする童顔な顔とエロエロな恰好が合ってない!


 いや、それも無理はないのかもしれない。だって彼女の背中には、三十センチメートルくらいの大きさの黒い蝙蝠羽が生えているんだから。


 淫魔や……。

 淫魔がおるぞ。

 夢魔かもしれん!


「サキュバスだ!」

「違う!私は大悪魔よ!!!」


 思わず口から出た素直な叫びに、それを掻き消すような反論の声が飛んできた。


「ディアードさん、なんですかコイツ!」

「どうどう、落ち着いて下さい」


 憤慨した様子のサキュバス大悪魔は、ちょっと背伸びしてディアードさんに迫る。ふーむ、ディアード測定によると百五十五の私よりも背はちょっと低い、百五十センチメートルくらいかな。


 彼女の事をディアードさんがなだめ、少し落ち着いた所で本題に入る。


「皆さんも一旦お手を止めて下さい」


 彼は室内にいる他の人にも声を掛けた。

 五人くらいかな、書類の山に埋もれてるからよく分からん。


「こちらは新たに補佐官となりました、チホさんです。本日より、こちらの部署に配属となります」

「よろしくお願いします」


 ペコリと一礼、パチパチと拍手が起きる。

 これは生前も何度か経験した、新人お披露目の儀式だ。


「え、って事は私の後輩……?」

「そうなります」

「イヤです!なんかコイツ……嫌!指導係になりたくない!」


 金髪サキュバスは私を思い切り指さして蝙蝠みたいにキーキー言ってる。失礼な、人を指さしちゃいけません、って習わなかったのか。


「おい、お前。エンティは夢魔淫魔ではないぞ」


 私の脳内を読んでディケが言う。


「ええ!?こんなエロエロな格好してるのに!?」

「誰がエロだ!」

「エロだろうがッ!!!」


 ふざけるな!!!

 お前の恰好がエロじゃ無かったら、何がエロだと言うんだ!微妙に隠している所にフェティシズムが溢れ、複合的にエロを増幅させているではないかっ!


「ディケ様、コイツ失礼!こんなのウチに入れないで下さい!」

「喧しい、キーキーわめくな」

「うー……!」


 最高権力者たるディケに注意され、エンティと呼ばれた少女は唸りながら黙った。不満一杯で私の事を射殺さんばかりに睨んでいるな。へへーん、注意されてやんの~。


「挑発するな」

ごっ

「ファニーボーン現象ッ!」


 左肘がッ!サキュバス改めエロ悪魔を指さしてた左腕が痺れるッ!ぐおお……っ。


「人手不足の陳情を上げていただろうが、他ならぬお前が」

「ううー……!!」


 ディケの正論パンチを真正面から喰らい、悪魔ちゃんは更に唸る。


「チホさんは生前、多くの事務仕事を処理してきた方です。必ずや、この第六支局の力となって下さいます。ですので、そんなに拒絶なさらないで……」

「うー……」


 ディアードさんからも言われて、エンティちゃんは鎮静した。さっきまで威勢に合わせて大きく広がっていた背中の羽が力なく、しゅんと萎んでいる。


 いやぁ、なんだか可愛いなぁ、この子。生前の友人宅で飼われていた小型犬のベアちゃんを思い出す。パピヨンなのに熊と名付けられたあの子は、元気さだけは熊だったな……。目線を合わせて見つめてあげたら、尻尾撒いて目を逸らして大人しくなっちゃったけど。どうしてだろうか、睨めっこしたかっただけなのにぃ。


 そうか、エンティちゃんとも睨めっこしてあげれば仲良くなれるかも。


じぃ~……。

「?」

じじぃ~……。

「……?」

じじじぃぃぃ~~~……。

「ヒッ」


 彼女はじっと見つめる私に気付いて、小さく叫んで軽く跳びはねた。すぐに机の影に隠れ、身体を震わせながら私の観察を始める。おや、睨めっこよりもかくれんぼか追いかけっこの方が好みだったのかな……?


 よし、ならばそれに従ってあげよう。


「まてまて~っ」

「ひぃっ!?」


 彼女は弾かれるように立ち上がり、私に背を向けて逃げ始めた。

 うん、やっぱりこっちが好きだったんだねぇ。


「止めんか、ド阿呆」

ごずん

「ぷぎゃ」


 ぼかすか頭を殴るな!私はモグラ叩きのもぐらじゃないっ!土竜だ!


「な、何なんですか、コイツぅ……」

「くわっはっはっは、やはりやはり愉快なお嬢さんですなァ。エンティ君とも仲良くなれそうで何よりですなァ」

「ええ!?ドラクルさんまでぇ!?」


 いつの間にか部屋から飛び出し、黒龍の影に隠れていたエンティちゃん。盾にしていた相手から裏切られて、ピィと可愛らしく鳴いた。


 いやぁ、新しい職場に上手く馴染めるか心配だなぁ……。


 まずは仲良くなったエンティ先輩に色々教えてもらう事にしよう。


 先輩、よろしくお願いします!!!

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