第25話 紳士の過去は紳士だった
さくさく。いやこのクッキー、やっぱり旨いな。そこそこの値段に見合った風味、実に良し。……あ、前述の通りに私は貧乏舌なので、何食べても旨いって言うタイプですよ?うんうん、我ながら人生得してるぅ。
「改めまして、ディアードさんありがとうございましたぁ」
「当然の事をしたまでですよ、お気になさらず」
「助かったのは事実だもん。お礼の言葉は素直に受け取った方が良いよ、ディアードくん」
ピエリス支局長の言葉に彼は従い、どういたしまして、と私に返した。
「そっれにしてもディアードさんは紳士ですねぇ。エンティ先輩なら絶対に恩に着せようとしてきましたよ」
「ちょっとチホさんっ、エンティちゃんはそんな子じゃありませんっ!ちょっと意地っ張りで、思っても無い事を言って凹んじゃうけど良い子なのっ。そういう事を言ったとしても本心じゃなくて、照れ隠しなの!」
流石は支局長、部下の事を良く知っていらっしゃる。先輩、ぜーんぶバラされてますよ~。この事をそのまま伝えたら赤面しながら「そ、そんなワケないじゃない!」とか言うだろうなぁ、かーわいい。
よし、明日教えてやろう、そうしよう。
「ディアードさんは生前も紳士だったんだろうなぁ」
「ははは。自分では自分の事は分かりませんが、そうであったならば良いですね」
にこやかに彼は笑う、素晴らしき謙遜だ。
「生前の事を聞いても良いです?」
「はい、構いませんよ」
ディアードさんはゆったりと頷いた。
これまでドラクルさん、ピエリス支局長にエンティ先輩、そしてフィオーレさんと聞いてきたけど、こっちでは生前の事を聞くのは特に禁忌じゃない様子。自分の名刺代わりというか、
数多ある世界の人間がごった煮になっている以上は、そうしないと理解出来ない事ばっかりだからだろう。私の常識でピエリス支局長の世界を具に想像する事は出来ないし、その反対も同じ。私達の仕事で直面する『自分とは別の場所で生きる常識』を知るための術なのだ。
「さて、何処からお話するべきでしょうか」
「はいっ、生前のお仕事は何をしていたのでしょうかっ」
「さる貴族の執事をしていました。十年と少し、でしたでしょうか」
「おお、印象通り~」
やっぱりディアードさんは執事だった。服装は
「我が主は男爵。領地はそれほど大きくは有りませんでしたが、領民から愛される立派な御方でした」
半分ほどまで減ったカップを置き、ディアードさんは話を進める。
「邸も質素な物とされておりました。
「立派な主人さんだったんですねぇ」
「ええ、全くです」
彼は深く深く頷いた。それほどに信頼していた相手、仕え甲斐のある主だったのがよく分かる。執事冥利に尽きる、という奴かな。
「私は執事として主、そしてお嬢様にお仕えしておりました」
「男爵さんの奥さんは?」
「奥方様はお嬢様を産んだ後、残念ながら早くに亡くなられてしまいました。ですので我が主は娘との関係に随分悩まれていたようですね。お嬢様は年頃でしたから、男親に反発するのは良く有る事、だったのでしょうが」
はは、とディアードさんは小さく笑った。
何となく、彼と男爵家の関係性が見えた気がする。
真摯に貴族としての務めを果たす父、少し反発しつつも親を愛する娘。そしてそんな二人を一歩引いて支える、有能で誠実な執事。母親にして妻が亡くなってしまったのは残念だけど、理想的な関係性だと思う。
「時折、私を連れて町に赴いて買い物をされる事もありました。その時のお嬢様は変わらずお優しかったので、我が主への態度には少々驚いたものです」
「……ん?」
おや、なんだか我がセンサーが反応したぞ。
「ディアードさん、そのお嬢様って何歳くらいなんですか?」
「私より十五年下でした、私が二十七ならば十二ですね」
ほほぅ?
それはそれは。
感じる、感じますぞ~。
間違えた。
恋の香りが!
「お嬢様とのその後が気になるなるっ、です」
「その後、ですか」
前のめりになった私に対して、ディアードさんは何を話そうかといった顔で顎に手をやって考える。
「そうですね……ある日、お嬢様は私に言いました。仕事で悩むお父様を助けてほしい、と」
「良い娘さんですね」
「はい、本当に」
その時の事を思い出してか、ディアードさんは優しい笑みを漏らした。
「私は主の下へと向かいました。あの時は確か、領内の魔物に関する問題への対処に悩まれていたはず」
彼の年齢は三百二十三。生きていた頃よりも死んだ後の時間の方がずっと長い。遠い記憶の一ページを細かく思い出すのは大変なんだろうね。
「ですので、私は我が主を助けたのです」
「…………あれ、お話終わりですか?」
「続く話があるとすれば、部屋に様子を見にいらっしゃったお嬢様の事もお助けした、という程度でしょうか」
………………ん。
背筋を嫌な寒気が通り抜けていった気がする。
主である男爵様を助けた。
その後に部屋に来たお嬢様も助けてあげた。
言葉が、おかしい。
お嬢様に依頼されたのは『仕事に悩む父親の力になってほしい』という事だ。それを簡単に、助けてほしい、と言ったのだろう。ここには問題なんて無い。
ディアードさんは主を助けたのだ、と言う。ここも変な部分なんて存在しない。
その後に部屋へ来たお嬢様を『助けた』とは、どういう意味だ?
私は彼の言う『助力』を読み間違えているんじゃないか?
お嬢様は「仕事の処理が大変だから助けて」と頼んだ。
ディアードさんは「悩んでいるから助けて」と理解した。
だから、悩みを取り払ったんじゃないか?
悩まなくて済むように、したんじゃないか?
「あの……ディアードさん」
口を開く。正直、聞きたくないし考えたくもないけど、問わないわけにはいかない。もっと勘が鈍ければ楽だっただろうな、と自分でも思うよ。
「ちょっと確認したいんですが」
グッとカップを持つ手に力が入る。淹れたてから少し経って温度が下がったとはいえ、まだ珈琲は温かい。そのぬくもりが、今は助けになって嬉しい。
「男爵さんとお嬢様、どうやって助けたんですか?」
「悩まなくて済むように、悲しまずに済むように。楽にして差し上げました」
今までと同じ微笑みを浮かべたままで、ディアードさんはそう言った。
楽にした。
それはつまり。
殺した、という事だ。
「な、んで……」
優しい関係性の貴族家の話を聞いていたと思ったら、途轍もなく恐ろしい事実を聞かされてしまった。そんな私の口から出るのは、掠れかかった声だけだ。
「チホさん、ここからはわたしが話すよ」
「支局長……」
何も言わずに聞いていたピエリス支局長が口を開いた。正直、助かったという感想しかない。
「ディアードくん、洗い物をお願いしても良いかな?」
「かしこまりました」
支局長が飲み終わったカップと空になった小皿を彼に手渡す。それらを受け取ってディアードさんは、流し台へと歩いて行った。
彼が離れた事を確認して、ピエリス支局長は少し声量を落として話し始める。
「この世界で補佐官になる事を選んだ人は、大なり小なり『おかしい』の。
普段の彼女とはまるで違う、真剣そのものな顔。それは、支局長という立場に相応しい力を持っていた。
「私は誰かの力になりたいと考えて補佐官になった。でも、そんな事は転生した後でも出来ると思わない?」
「それは、確かに」
「なのにそうしなかった。ここにやって来る全ての人の力になりたい、尽くしたいと考えたからね。自分で言うのもなんだけど、ハッキリ言って頭がおかしいと思うよ」
あはは、と支局長は自嘲気味に笑う。
「ディアードくんはね、誰かを助けたい、って考えで行動してる。今日もそうだったでしょ?」
「……はい、そうですね」
わざわざ暗い路地の奥まで追ってきてくれた。それはまさしく、私達を助けるという行動に他ならない。
「彼は助けたんだよ、究極的には」
「命を奪う事で苦しみから助けた、と?」
「そういうこと。ディケ様の判断としては、悪行だけど善行でもある、って感じかな。邪心なんて無しの行動だったからね」
「殺したのに、ですか!?」
「こらこら、しーっ。別に聞かれてどうこう、って事は無いけど、本人の前で開けっ広げに話す事じゃないんだから」
「ご、ごめんなさい」
気を付けるポイントが正直よく分からないな、あの世。
「こっちでは
「はた迷惑ですね……」
「あはは、本当に。ディアードくん、他にも五百人くらい助けてるからすっごい迷惑だよねぇ」
「ぅえっ!?」
変な声出た。
おっそろしいシリアルキラーじゃねぇか!
いやまあ、あれだけ親切で誠実そうな人が全く悪気無しの善意で殺しまくってたら、分からないっちゃ分からないか。多分、ディアードさんの最期は、それ相応のものになったんじゃないかな……。
人に歴史アリとは良く言うけど、
……。
ん、ちょっと待て。
ピエリス支局長、補佐官になる事を選んだ人は大なり小なりオカシイ、って言ったよな?それってつまり……。
私もおかしいって事じゃないか!?
常識人だぞ!
善人だぞ!
そこら辺にいる小市民だぞ!
清く正しく誠実な一般人だ、そうだろ!?
え、違う!?
そんなバカな!!!
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