第26話 恩寵の使い方は計画的に

「ふーむ」

「……」

「ふーむむむ」

「…………」

「ふむむむむ~」

「黙って仕事しなさい!」


 机に向き合って腕を組んで唸る私をエンティ先輩が叱った。


「なんですか~、頑張ってるのにー」

「机の上に何にも置かないで、何を頑張ってるって言うのよ、アンタは」

「我が脳内で、ひじょーに多くの事を思考しているのですっ」

「ちなみに内容は?」

「今日のお昼は何にしようかな、と、仕事終わりに何処へ行こうかな、です!」

「仕事中に関係ない事を考えるな。そんなもの頑張っているとは言わんっつーの」

「えー、気力維持のために重要な事なのに~」

「今までの思考時間で十分でしょ。さっさと手を動かしなさい、手を」


 そう言われてバサッと紙束を渡された。

 ぬぬぬ~。我が瞑想をバッサリ一刀両断とは、中々やりおるなエンティ先輩。集中できないサボりたいけどサボれない時に使う手だったんだけど、看破されるとは……。


 さーって、そんな冗談は置いておいて仕事しーよぉっと。


 貰った紙束はかなりの枚数、長い年数を生きた人物の資料であるようだ。


 表紙を捲ってみる。


「んんん?」


 これは、どういう事だ?

 一歳から情報が記入されているぞ、七歳までは神の子じゃなかったのか。


 む、良く見たら表紙裏に注意書きがあるぞ。


『注意。当該人物は記憶保持転生者のため、取扱注意』


 ああ、そういう事。転生恩寵で記憶保持を選んだ場合、こういう形で次の転生時に厳しめ評価されるわけか。


 例えば、記憶を持ったまま生前よりも文明水準が低い別世界に転生したならば、知識があるだけで大きな優位性アドバンテージを持つ事が出来る。火薬がまだ発明されていない世界で火薬を作る技術をただ一人持っていたら、それは中々のだよね。


 ある種の反則チートであり、やりようによっては世界をひっくり返す事も出来るかもしれない。一生分の知識の持越しは、それだけで十二分な力をもっているのだ。


 これ記憶に限らずの話だけど、好き放題出来る力を持っているとしても節度を持って行動しなければならない。他者を踏みつけたり、悪行三昧したならば当然ながらそのツケを払う事になるワケだ。こわーい神様に木槌でゴツンとやられるぞ~。


 で、この資料の中の人物はそれを忘れていた様子である。


 前世ではひたすら善人であった彼は、多くの恩寵を得た状態で別の世界で生を受けた。人生勝ち組と言えるだろう大貴族の生まれ、なに不自由ないどころか、望めば如何なる事物も得られる家だ。


 一歳の時点で、彼の野望は始まる。


 魅了チャーム、他者を誘惑して意のままに操る力。

 自らの両親や兄弟姉妹は勿論として、乳母や使用人、一度だけ顔を合わせた将兵や貴族まで。彼は自身の能力を使って、それぞれがそれぞれで『彼の利益になる行動』を無意識に実行するように仕向けたのだ。


 二歳。

 彼の周囲は既に大きく動いていた。幼児によって操られた者たちは、あるいは日向で、或いは日陰に在って国の中を乱していく。


 五歳。

 彼の行動範囲が広がると同時に、魅了に掛かる者も増えていった。だがそんな中で彼は知る事になる、魅了が通じない相手が存在する事を。


 十二歳。

 魅了が通じなかった小貴族の令嬢、彼は年月を掛けて彼女を排除した。自ら手を下したわけでは無く、魅了に掛かった彼女の親類そして王家による行いだ。王子との婚約が決まっていた少女がある日突然にそれを破棄された挙句、貴族としての立場までも失ったのである。


 十三歳。

 既に国の中枢は彼の意のままに動いていた。国王、王妃、王子、大臣に将軍。その全てが彼に利するように行動する。だがしかし彼自身に権力が集中する事は無く、国王の権限が増大していくだけだった。


 十五歳。

 王国の内情は悲惨の一言となっていた。重税を課された国民は幾度も反乱を起こし、その度に数千単位の民が討たれる。王宮内は酒池肉林の様相を呈して、大小の貴族もそれにならっていた。無論、彼の両親や兄弟姉妹も同じである。


 十六歳。

 彼は、貴族では無くなっていた。非道を行う王国、そして家との断絶を宣言した上で出奔して片田舎で一人の冒険者になったのだ。


 十八歳。

 魔物を操って民衆を襲い、それを自らの兵士で救うマッチポンプを行っていた貴族を討つ。これによってその地の民からの信頼を得た彼は、打倒国王を掲げて挙兵した。その旗の下には冒険者として共に歩んだ仲間たち、そして貴族の操る魔物に襲われていた所を助けた一人の少女の姿があった。


 彼女は、かつて王子の婚約者だった人物だ。


 十九歳。

 十万の兵力を結集した国軍。対する彼率いる革命軍は五千にも満たない。だがしかし、彼らは強大な敵に勝利する。大軍が進むには不向きな谷間たにあい選んで進軍した敵軍に対して落石の計略を放ち、壊滅させたのだ。


 この作戦は彼の発案であり、まるで全てを見通しているかのような慧眼に誰もが尊敬の念を抱く事となった。


 二十歳。

 王都にて決戦、邪知暴虐の国王が呼び出した魔龍に彼は仲間と共に立ち向かう。魔龍は、強かった。将兵は紙屑の様に薙ぎ払われ、共に戦う仲間たちも傷付き倒れる。最早立ち向かう術などない。そう思われた、その時。少女の祈りを切っ掛けとして、彼に秘められた莫大な魔力が覚醒した。


 極大魔法による一撃。それが全てを終わらせる。


 革命は成り、悪の王国は消滅したのだ。


 彼は次なる指導者にはならなかった、権力は欲さなかったのである。仲間たちと、そして愛する女性と共に自由に生きる事を選択した。その後、彼は魔物から人々を救い続ける。いつからか英雄、そして勇者と呼ばれる存在となったのだった。






 …………という、だ。


 全ては彼の仕組んだ事。

 国王が突然に悪政を始めたのも、将兵が何のためらいも無く無辜の民を討ったのも。貴族が魔物を操っていたのも、優秀な将が率いるはずの国軍が不可解な行軍をしたのも。


 どれもこれも、お話の主役として自らを最大限に引き立たせるための脚本。国一つを丸々崩壊させて作った、一つの創作物だったのである。そして、己でどん底へと送り込んだ少女を自分で救って『悲劇のヒロインを助ける主人公』を演じたのだ。


 彼は、元は善人だった。行動だけを見るならば。

 その内側には他者への苛立ち、特に自身よりも『多くを持つ者』への憎悪に満ちていたのだ。


 転生裁判所……というかディケは、生前の行為を判断してポイントを加算する。中身がドス黒かったとしても、偽善であったとしても、誰かに善を行ったならば善行なのである。


 それによって得た恩寵を彼は自分の鬱憤を晴らすために使った、という事だ。遠大で壮大で、下劣で醜悪な、彼による彼の為の、彼だけが主役の遊びゲームを作ったのである。世界を犠牲にして。


「纏めるの、しんどいなぁ、コレ」


 こういうのもあるんだな、死者の人生って。


 主観は無しで作ってるけど、それはそれとして胸糞悪い。


 よし、今日のお昼はサッパリ目のお蕎麦あたりにしよう!

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