第5話 いや、この廊下長くね?
私は随分と軽い感じで、あの世の裁判所補佐官になりました。死んだからね、これからはしがらみも何も無く自由に生きるのだ!あ、死んでるんだった。ええと、自由に死んでいくのだ……?
「何を馬鹿な事を考えている、チホ」
前を歩くディケが呆れた顔で振り返る。
新入社員的な存在になった私。まずはこの裁判所の中の案内が必要、という事で彼女とディアードさんが私を連れて歩いてくれているのだ。裁判長が仕事せずに出歩いてていいのだろうか。
と言いつつ、私はまだ廊下を歩いているだけ。さっきまでいた法廷から外に出るための通路、それが滅茶苦茶長い。多分、五百メートルは既に歩いているはず。壁や柱はやっぱり西洋風で、ディケやディアードさんの服よろしく黒と赤が多い。
「お前、なぜコイツはさん付けで私を呼び捨てにする。不敬だぞ」
「いやぁ、どうしても見た目が……。あ、ディケちゃんって呼んだ方が?」
「奈落に放り込むぞ、貴様」
ジロリと鋭い視線が私に向けられる。だがしかーし、怖くないのだ。だって十二歳くらいのちっちゃい女の子だぞ、少なくとも見た目は。睨まれた所で可愛いだけなのである!
「チホさん、その辺りでやめて下さい。ディケ様のご機嫌を損ねると後が怖いのです」
「ディアード、貴様も何やら文句があるような言い草だな?」
「いえ、そのような事は……」
あちゃぁ、ディアードさんに飛び火してしまった。これは反省である。
「ああそうだ。チホさん、その服お似合いですよ」
峠の走り屋でもしないような超急角度な話の方向転換。はぐらかすという目的の為ならば手段を択ばないという、強い意思を感じますな。
彼が褒めてくれた私の服、といっても別に着替えてはいない。さっきのエネルギー注入?輪廻権利はく奪?の時に変化したのだ。ビジネススーツが。
元よりパンツスタイルのスーツ、襟とパンツ側面に金鎖の意匠が付いたのです。刺繍が施されているという感じでも、表面に貼り付けられているという感じでもない。パンツと一体化してる、が一番正確な表現かな?
全体のシルエットは変わっていない、似合うも何も元々この格好とほぼ同じである。はぐらかし以外の目的が無いという事がハッキリ分かる、苦し紛れのディアード流話題転換だったのでした。
「でも、私にも角生えるかなと思ってたんですが~」
ディアードさんを見上げつつ、私は言う。彼の角、如何にもあの世の住人っぽいじゃないですか、黒紫色でちょっと禍々しくて。てっきり補佐官になったら全員生えるものだと思ってたのに……。
「なんだ、生やしたいのか、角」
「いや~、角があると異世界の住人になったって感じがするなぁ、と思いまして」
「ははは、チホさんの世界の方から見ると私の風貌はそう見えるのですね」
「角生えている人はいませんので!」
現代日本で角が生えている人を見かけるとしたらコスプレか、アニメキャラか、もしくは子供を叱る親くらい。過去は分からないけど、昔話の鬼とか実在したんだろうか。なんにせよ、私は見たことないです。
あ、転生の恩寵で実は生えてる人もいたのかも。だとしたら面白いね。
「私はチホさんの世界とは異なる世界の
「おおっ!異世界ファンタジー!」
否応にも心にトキメキがっ、彼こそ異世界ファンタジーの住人だ!
「そもそもお前にとっては、
「それはそれ、これはこれ。ディアードさんっ、ドラゴンとかいたんですか?魔法は?他の種族は?あ、魔王とか勇者とかいましたかっ!?」
「おちつけ、貴様」
ゴンッ
「痛ったぁっ!」
まくし立てる私を鬱陶しがったディケ。あろう事か彼女は木槌をフルスイングしやがった。狙いは私の向こう脛、つまり弁慶の泣き所。何の防御も出来なかった私はその一撃をクリーンに食らい、悶絶してその場に蹲った。
「ぐおぉ……」
「他の世界に興味が湧くというのは無理もないこと。だが、相手の都合もなにも考えずに聞く奴があるか。そも今は、私手ずからお前を案内してやろうとしている
「ええ~」
不満だ、理不尽な暴力に屈してなるものかっ。
「もう一発、今度は脳天に……」
「すみませんでしたぁっ!」
どっげーざっ。
人の言う事は素直に聞かないとね、目上の人は敬わないと。いやー、ディケ様は優しいお方だ~。あとえーっと、威厳が溢れてて、えとその、可愛い!
「調子の良い奴だな、お前は。良い性格をしている、と同僚上司友人から言われていただけはある」
「はいっ、性格の良さだけは自信があります!」
「そういう所だと思いますよ?チホさん」
え、何か間違ってる所ある?
チホさんはホント良い性格してるよねぇ。
チホ、アンタのその性格、ちょっと羨ましいわ。
なーんて皆ホメてくれてたのに。
「あ、外が見えてきた」
薄暗い廊下の向こう、そこに廊下ではない何かが見える。もう八百メートルくらい歩いているので、あそこは一キロメートル地点かな?いや、この廊下長すぎじゃないですか?
生前の弱った視力だったらボヤボヤで何も見えなかっただろうけど、復活した私のスペシャルアイならそれが何か分かる!
「なにかの……像?」
金色っぽくて、少なくとも規則的なものではない。なにかを模ったもの、だと思う。
「目が良いですね、チホさん」
「昔は千里眼のチホと呼ばれてました!」
「お前の友人は名付けの才が無かったようだな」
「私が呼ばせていました!」
「才が無いのはお前か」
全部知ってるくせに、なんとノリのいいお子ちゃまか。
ガズッ
「痛ってぇ!」
「誰がお子ちゃまだ」
「大丈夫ですか、チホさん」
ぐうぅ……。す、脛がっ。
「さて、もうそろそろ出口だ」
蹲る私と気遣うディアードさん。
私達を置いてディケは数歩先へ歩む。彼女はゆっくりと振り返り、出口から差し込む光を背負った。
「歓迎しよう。転生裁判所へようこそ」
そう言ってディケは、ニヤリと笑う。
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