第4話 転生しないという選択肢

 どうやら求人情報も載っていたみたいだ、この転生カタログ。どんだけ世俗的なのよ、この。人の夢というか、幻想にもうちょっと寄り添ってくれても良いでしょうに。


 ただ、こういう場違いな物は目を惹くもの。

 興味全開だけど、ちょっと聞いてみるとしましょうか。


「あの、この求人情報って何ですか?」

「ああ、それは……」


 問う私にディアードさんは丁寧に答えてくれる。


ここ転生裁判所は常時人手不足でして。チホ様のような死者から志願があれば採用をしているのです。もちろん全員が全員、必ず採用されるわけではありませんが」

「ああ、なるほど」


 生前に何度も何度も、聞いて体験した話。万年人手不足で欠員補充が追い付かず、経費削減も相まって穴は開いたまま。未経験者歓迎と掲げつつも『ある程度の基準』が裏にあって、求職者をしている。まあ、誰も彼も採用、としないのは当たり前だけど。


「ちなみに、仕事の内容ってどんな事なんですか?」

「そうですね……。まず今こうしている様に、死者への対応が挙げられます。裁判そのものはディケ様のお仕事ですが、死した魂をいざなうのは我々補佐官の役目なのです」


 なるほど、三途の川の船頭みたいな感じか。


「ですがそれ以上に重要な仕事があります」

「重要な仕事、ですか?」

「ええ。それは死者の一生を纏めた書類の作成です。我々補佐官が作った資料を基にして、ディケ様は審理を行い判決を下していらっしゃるのです」


 あ、あの子の横の机にあった書類の山はそれか!

 あれ?でも……。


「ええと、説明が横道に逸れたって言われて悪行ポイント加算されたんですけど……」

「はは、ディケ様の気まぐれです」

「良いんですか、それ……」

「はい、もちろん。ディケ様はこの裁判所の最高責任者ですから」


 やっぱり彼女は、この場の頂点にいる人物だった。変に逆らったりしなくて良かった、と心の底から思う。さっきの光景を見たからこそ、より強く。


 補佐官がやってる仕事は、いわゆる天国地獄の住人っぽくない。むしろ私が生前で経験したオフィス仕事、書類作成に来客案内に近い気がする。これ、私にも出来るのでは?


「もし、もしですよ?私が志望した場合は……どうなるんですか?」


 恐る恐る聞いてみる。応募条件に『実務経験○年』があったらそもそも応募不可だ。……あの世の裁判所補佐官の実務経験を持っている人間なんて、存在するのかは知らないけれども。


「流れとしては、まず担当補佐官……つまりは私ですね、との面談です。それを通過された方はディケ様との面接となります」


 ディアードさんは人差し指、続いて中指を立てる。


 つまり彼が一次選考、ディケという裁判長少女が最終選考といった感じだね。ああ、新卒の時の就活や転職の時を思い出す。しかしまあ、あの世ってこんなにも現実的なものだったんだ……。


「私個人としましてはチホ様は適性有りと評価しますので、即座にディケ様との面接をセッティング致しますよ?」

「え」


 慎重かつ厳正な選考の結果、貴殿には次の選考に進んで頂きたく存じます。

 いや、ちょっと待て!一次選考どこいった!


「あの、まだ何もしていないというか、面接していませんよね?」

「先程お伝えした通り、まずは私との面談、です。適性有り無しを考え、お伝えする事はあっても私が志望者を排除する事はありません。如何なる事についても、決定権は全てディケ様にあるのです」


 社長面接が一次選考でした。

 つまりディアードさんの役割はただの適性検査とその結果の伝達。仕事に向いているかどうかを私に伝えるだけ。というか、まだ出会って少しなのに何故そんな事を判断できるんだろう?


「どうして適性が有るって分かるんですか?まだお会いして、そんなに時間は……」

「補佐官の仕事に、死者の一生を書類に纏める仕事がありますので。お仕事に真摯に向き合い、苦しくとも全力で戦っておられた姿は知っておりますよ。好ましいお人柄、そして素晴らしい仕事人です」

「うお……面と向かってそう言われると、なんか恥ずかしい」


 かぁっと顔が熱くなる。そりゃそうだ、金髪碧眼、高身長浅黒肌イケメンに言われたらこうなるよ。多分、私が男であっても同じ反応になると思う。純粋に人としての魅力があるんだ、この補佐官さんは。


「ですが一つだけお話をしておかなければなりません」


 ディアードさんは笑みを消し、真顔になった。


「補佐官として働くという事は、転生の輪廻から外れるという事です。新たな人生を歩めず、輪廻から逸脱します。簡単に言えば、人ではなくなるのです」


 人ではなくなる、人外になる。そう言われてもあんまり現実感が無い。そもそもいま私が『あの世』にいて、小さい女の子裁判長に判決を下されて、角生えてる人外美男子から説明されている滅茶苦茶な状況なんだから当然だけれども。


 人の興味、好奇心っていうのは不思議だね。確実に今までとは違う存在になる恐怖心よりも、変な世界で仕事することへの関心が高まってる。ディアードさんの姿を見るかぎり、承諾した途端に腕と脚が百本で口から毒液を吐く化け物になったりはしなさそうだし。


 なにより自分の力がそのまま活かせる新しい職場、再就職先に良さそうじゃない?少ないポイント使って転生した先で成功できる保障なんて無いし、恩寵を受けられるのは私だけでもない。異世界で先にチート無双してる相手がいないとも限らない。


 なら、やってやろうじゃないですか!あの世の裁判所補佐官!


「分かりました……お願いします、ここで働かせて下さい!」


 パイプ椅子から立ち上がり、私は頭を下げる。ディアードさんがどんな顔をしているかは分からないけど、少なくとも拒絶はされていないはずだ。


「かしこまりました。では……」

「やはりその道を選んだか」

「ディケ様」


 いつの間にか、裁判長が目の前にいた。ディアードさんが驚いている、もちろん私も驚いている。瞬間移動というか、空間が揺らいでふわっと現れたのだ。


「私が補佐官になる事を選ぶの、分かってたんですか?」

「無論だ。そも私に対して一切怖じる事無く会話できる者など、そう多くは無い。こうして対面し、平然と話せているだけで合格だ」

「あ、もう最終選考通過ですか」


 社長面接は十秒で終わって、その場で採用内定通知が出された。生前でも中々無いスピード感、人手不足だと言ってたけどここはブラック職場なのだろうか。


「さてどうする。私の手を取った瞬間、お前は人の道から外れる。その覚悟はあるか。後に悔いぬか。引き返すならば、今だぞ?」


 彼女は、ディケという少女は、邪悪な笑みを私に向ける。


「はい、お願いします」


 特に逡巡する事も無く、差し出された小さな手を取った。


「……む、随分と軽いな」

「フットワークが軽いのが取り柄なので。即断即決、思い立ったが吉日、当たって砕けろドーン、です!」

「なんだそれは。単なる浅慮、馬鹿ではないか」


 くっくっと少女は含み笑う。


「よかろう、歓迎しようではないか」


 ぶわり、と地の底から何かが上がってくる。私の足の裏から伝わり脚を抜けて、腹で一度止まって渦巻き、一気に頭の天辺まで突き抜けた。脳が、思考がぐにゃりと歪み、バチリと電流が走る。


 一秒にも、数時間にも、丸一日にも感じた瞬間。それが終わりを告げると、全身からズルリと何かが抜けて何処かへいったような気がした。


「ふぅぅ……終わり、ですか?」


 大きく息を吐き、私はディケに言う。

 彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「驚いたな、ここまで適性が有るとは」

「どういう、事です……?」

「一般的には相当の時間、意識を失うのです。私もそうでしたのでチホさんは特殊と言いますか、端的に表現するならば『凄い』のです」


 首を傾げる私にディアードさんが説明してくれた。いつの間にか呼びになっている、お客様から同僚になったからかな?


「おお、私は凄いのか」

「調子に乗るな、ただ珍しいだけだ。即ち珍獣であるだけだ」


 ハッとディケは鼻で笑った。


「それよりもお前、私の事をディケと呼んでいるな?」

「え」


 名前を口に出した記憶は無いんだけど、どうして分かるのか。このチビッ子、エスパーか何かなのか。


「おい。誰がチビッ子だ、不敬な奴め。木槌で殴ってやろうか?」

「まさか……思考を読まれてる!?プライバシー侵害だ!」

「喧しい。ここでは私が法だ、何をしようと私が正義だ」


 拝啓、元の世界の皆様。

 どうやら私は、あの世でブラックな職場に就職したみたいです。


 これからどうなるのか。


 いやー、なんだか楽しみになってきたぞ~。

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