第3話 転生の選択肢は無限大
パラパラ……
ペラペラ……
終わりが無い。
比喩とかじゃなく、あまりにも選択肢が多すぎる。
なじみ深い日本へ転生する事も出来れば、剣と魔法の世界みたいな所に行く事も出来る。現代日本で魔法を使う事も出来れば、異世界ファンタジーな世界でミサイルぶっ放す事も可能。まあ滅茶苦茶な事をするには、流石にポイントが足りないけど。
私程度の善行ポイントでも無限大の選択肢が存在する。選ぶにしても時間が必要だ。
「あのぉ、これすぐに選択しなきゃダメですか……?」
そろりと手を上げると、余所を向いていた青年がこちらに向き直る。
「この場所は現世と異なる時間が流れていますので、幾らでも時間を掛けて下さって大丈夫ですよ。チホ様と同じように質問された方も多いですし、別室で熟考されている方もいらっしゃいます」
どうやら何の問題も無いようだ。違う方向に顔を向けていたのは私を急かしたり、圧迫感を与えないようにするための配慮だろう。執事っぽいというか、上限一杯に親切な人って感じがする。特殊環境じゃない場所で優しくされたら、この青年にコロリと堕ちる女は多そうだ。
別室に行く事も出来るならそうした方が良いのかな。
ガダァンッ!
「このガキ!訳の分からねぇ事、言いやがって!」
「うわっ、なになにっ!?」
何かが倒れた音と突然の怒号。その発生源はさっきまで私がいた場所、被告が立つ証言台だ。
いつの間にかそこには、金色と茶色で髪の毛をカラーリングしている二十代後半の男性がいた。耳にはピアスが一杯、腕にはタトゥーがぎっしりだ。外見で他人を判断するのは良くないけど、積極的に関わりたいタイプではないね。
男性は烈火のごとく怒っていて、裁判長へと食って掛かっている。
「静粛に!静粛に!それ以上騒ぐなら、容赦せんぞ」
「はぁ?ガキが、俺に何するって?」
一歩一歩、男性は階段へと近付いていく。その歩みは段々と速くなり、階段へと到達したら一気に駆け上がっていった。
「あ、あぶないっ!」
私は立ち上がる。小さい女の子に向かって行く、乱暴そうな男。大変な事になるのは間違いない。何が出来るわけでも無いけど、私は助けに入ろうと走り出そうとする。
「ご安心を」
駆け出そうとした私の前に青年が立った。
「で、でもっ」
「助けなど、ディケ様には不要ですので」
彼はそう言って振り返る。
階段を駆け上がっていた男は少女の目の前に至っていて、自分よりずっと小さな彼女の事を見下ろしていた。
「覚悟は出来てんだろうなぁ?」
「はぁ、やれやれ」
パキポキと指を鳴らして凄む男に対して、ディケと呼ばれた裁判長の少女は溜め息を吐く。その仕草は男を更に苛立たせるのに十分な態度だった。
「このクソガキが!痛い目見ないと分からねぇようだな!」
拳を握り、男は殴りかかる。
その瞬間。
「愚か者が」
パァンッ!
風船が割れたような音が響いた。階段の頂上には木槌を握る右手を前に伸ばしている少女だけがいる。男の姿は何処にも無く……いや、空中にあった。人間としての原型は一切なく、木っ端微塵の赤い飛沫になって散っていた。
まるで彼岸花が咲いているかのような光景だ。
ひゅぅ……
風は無い、でも赤の花弁を構成する飛沫が纏まっていく。
一ヶ所に、被告が立つべき証言台に。
「は、はぁ……っ!?」
何が起きたのかは分からない。
でも、男の姿はそこに復活していた。
私が理解できないのと同じく、当事者である男も訳が分かっていない様子。しかしさっきの一連の出来事、そして自分が一瞬で木っ端微塵になった経験は残っているようだ。その証拠に男は全身から汗を搔きながら、ぜいぜいと息を切らしていた。
カンッ
木槌が一度だけ音を響かせる。
先程まで威勢が良かった男は、その音にビクッと身体を震わせた。
「これ以上の審理は不要、判決を下す」
裁判長は、酷く酷く冷たい声色で言う。男はガタガタと身体を震わせる、自分と彼女の力関係を理解したんだろう。多分、もう遅いんだろうけど。
「魂の腐敗著しく、転生に値せず。無限奈落へ送り、これを浄化する事とする」
彼女が言い終わると同時に、男の足元に穴が生じる。それは深い深い黒色で、どこまで続いているのか分からない闇だった。
「あ、わ、ひぃ……ッ」
落ちるその一瞬、男は最大級の恐怖に引き攣ったような声を上げる。あっという間に男は落下し、床に生じていた穴は消え失せた。
「この場において、ディケ様を害せる者は存在しません。ですのでご心配なく」
青年は恐ろしい光景を見て強張る私を柔らかくしようと、優しくニコリと笑う。いや、そんな顔をされると逆に怖いです。サイコパスみたいに見えるんです、はい。
「あちらは気になさらず、どうぞご自身の転生をお選びくださいませ」
「あ、は、はい……」
笑顔だけど、同時に圧力を感じる。自分の事で手一杯なのだから大人しくしていて下さい、という言葉が後ろに隠れている気がする。
うん、従っておいた方が良いね。目の前の分厚いカタログを見る事に専念しよう、そうしよう。ぱらぱらぱらっ、と。
捲る、吟味、チェック。
捲る、唸る、保留。
どれだけの時間そうしていたのか分からない。
「ぐぅ~~~……っ」
ずっと下を向いていた事で凝り固まった身体を伸びで解す。
転生カタログには付箋が一杯付けられている、私がチェックしたのだ。浅黒肌の金髪碧眼イケメン、ディアードさんから貰ってね。恭しく黄色の付箋束を持ってくる彼の姿を見て、ちょっと笑いそうになったのは内緒。
全部がアンバランスなんだよね、この空間。重厚な壁や床なのに、私はパイプ椅子に腰かけて折り畳み式の長机に向き合ってる。めっちゃ親切な青年が対応してくれてるけど、その上司?は十二歳くらいの女の子。イケメンが持ってくるのは優雅なティーセットではなく、オフィス勤めにはなじみ深い、あの付箋。
不思議で満ちてるな、この場所。何だか面白くなってきちゃった。
ガッ
「あっ」
座った状態のままストレッチ風に右に左に身体を捻っていたら、腕が勢いよく本に衝突してしまった。三分の二あたりまで開き進んでいたそれは一気に閉じてしまい、裏表紙が天を向いている。
「あちゃぁ……。でも付箋貼り付けておいて良かった」
もし何も目印を付けていなかったら、確実に取り返しのつかない事になっていた。オフィス勤めの癖が身に染みていて実に助かりました~。
何の気なしに裏表紙を捲る。
「ん?」
そこにあったのは。
『急募、裁判所補佐官!詳しくは近くの補佐官へお問い合わせ下さい』
という、なんとも現実的な求人広告だった。
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