第2話 裁判長、判決を下す

「二十五歳、年末に同期社員の仕事を肩代わりした。善行に三ポイント」


 私の生前の行いの審理は続いている。

 一応今の所、大きなポイント加算は善にも悪にも発生していない。そして双方の差は一から十ポイントの間に収まっている。悪行ポイントが大きく伸びてしまった場合にどうなるのかは分からないけど、この場の雰囲気的にかなりヤバい事になる気がする。


「三十五歳、友人の結婚披露宴で泥酔。そのまま支離滅裂な祝辞を述べ、会場を凍り付かせた。悪行に二十ポイント」

「うぐっ!?」


 申し開きも出来ない、紛う事無き悪行。友達は笑って許してくれたけど……はい、今は反省しています……。幸せになれよ~、草葉の陰から祈ってるぞ~。


「さて、以上で各年齢の主だった行為の裁定を終了する」


 カンッと木槌が叩かれる。

 縦棒の中で輝く赤と緑、その差は十以上。


 赤が多い。悪行の方が勝ったんだ。


「ああ……地獄行きかぁ……」


 思わず嘆きが出た。

 一つ一つの出来事をつまびらかにされた以上、反論も何も出来ない。目を瞑って天を仰ぐ。そこに神様はいないと思うけど、むしろ私を見下ろす少女こそが神様かもしれないけど。せめて痛くしないで、と願った。


「被告人、何をしている。裁判に集中しろ、寝るな」

「寝てないです。覚悟を決めてるんです、地獄に行く覚悟を」

「ほぅ、地獄行きが望みなのか。随分珍しい被告人だな」

「はぇ?どういう事です?悪行が勝って、判決!死刑!ってされるんですよね?」

「馬鹿か、お前は。もう死んでる奴を死刑にして意味があるか」

「……それは確かに」


 言われてみれば、その通り。テレビやドラマで見た裁判の最高刑は死刑だけど、ここだと何になるんだろうか、終身刑とか?地獄の鬼に未来永劫、金棒で殴られ続ける刑、とかあるのかな。怖い。


「そもそも、私はまだ判決を下すに至っていない。審理はまだ途中だ」

「え、でも三十五歳まで見てきたのでは?」

「それは個別の行為に関する審理。これよりは歳を跨ぐ、一生に渡る行為に関する審理を行う」


 カンッと木槌が叩かれる。

 一生における行為って何だろう。歳を跨ぐって事は、十歳から十五歳までやってた事を判断する、みたいな感じかな?


「とはいえ、お前には一つだけしか無いがな」


 ニヤリと少女が笑う。


「十八歳から三十六歳、即ち死に至る直前まで。無償労働に積極参加し、災害の折りには復興のための活動に寄与。また職場及び友人に対して他国災害への募金活動を実施。これを纏めて一つの事象として審理する」


 カカンッと音が響く。


「紛う事無き善行だ。よって善行に三十ポイントを加算する」


 パパパッと綺麗な緑の光が生じた。それはどす黒い赤の量をあっという間に超し、どちらが勝っているかなんて一発で分かる状態となる。


「以上で審理を終了。判決に移る」


 少女は裁きを下す。


「判決。被告人、問註所もんちゅうじょ智法ちほは善なり。正の転生を命ずる」


 彼女は私の名を口に出し、判決を告げた。

 少し強めに木槌が振られ、カァンッと一際大きな音が響き渡る。


パチパチパチ……


 バルコニー席から拍手が生じる。万雷の拍手という感じではなく、とりあえず打っておくか、程度の強さだ。私くらいのポイントでは盛り上がらない、という事なんだろう。人の一生を娯楽に使われるのは、ちょっとばかり嫌ですなぁ。


「補佐官、案内せよ」

「畏まりました」


 少女の呼びかけに応じて、背後から突然に男性が現れた。


 百五十五センチメートルの私が見上げる位なので、おそらく身長は百九十くらいの長身。短い金髪に碧眼、浅黒の肌を持つ美青年だ。年齢は二十くらいだろう。右側頭部から上に向かって、黒紫色の湾曲した角が生えてる。


 執事が着ているような燕尾服に身を包んでいて、乱れの無いキッチリとした着こなしをしている。燕尾の裾から腰あたりまで、金と赤で炎の意匠が付けられていた。


「では、こちらへ」


 スッと彼は私を右へと促す。裁判長の少女から見たら左である。

 片角の青年を追う形で私は歩く。ふと階段の上の椅子に掛ける彼女に目を向けた。ふん、と鼻で笑うような顔で、転生する私を見送っている。


 私は『正』の転生を命じられた。それは逆に『負』の転生へと至る人もいるという事だ。というか正と負で、転生に何の違いが発生するんだろう?


「どうぞ、お掛けください」


 にこやかな美青年に促された。

 その先にあったのは。


「……パイプ椅子に、折り畳み式の長机?」


 生前で、よぉ~く知っている安っぽいワンセット。机の天板部分にはラミネートされた記入例の紙が貼り付けられていて、白い木製ペン立てが置いてある。そこに入っているのは、どう見てもやっすい安いボールペンだ。場所の雰囲気に合わせるなら羽ペンだろ、ここは。


「え、え~と……なんか急に現実に引き戻されたんですが」

「ははは、どこもかしこもコストカットでして」


 凄まじく現実的な単語だ、生前にもよく聞いた。消耗品は限界まで使え、ミスコピー用紙の裏をメモ帳にしろ、エアコンの設定温度は夏二十八度で冬十八度。いやぁ、世知辛い思い出ですなぁ。


 あの世にも、その波が来てるの?

 夢も幻想もへったくれも無いね、ココ。


「こちらでは転生先と恩寵を選択して頂きます」


 そう言った彼は、机の端に置いてあったクッソ分厚い本を私の前に移動させる。いや凄い厚み、有名な黄色い電話帳や週刊少年雑誌三冊分くらい?鈍器どころか漬物石だよ、コレ。


「あ、選べるんですね」

「ええ。善行から悪行を引いたポイントを使用する形です。ですので、正の転生の場合のみですね」

「はえ~、現実的ぃ」


 転生カタログ?をパラリと捲る。


『安心!安全!とっても嬉しい生活応援、転生セット!!』

『怪我病気知らず、運気最大、才能爆盛り、平和な世界』

『あえて選ぶ危難の道。徳を積んで更なる高みへ……』


 うわぁ、情報誌とかで見かける、ちょっと怪しげな一ページ広告ぅ。

 そんなのが数十ページ、それ以降は転生先の世界が紹介されてる。


『機械文明世界:鉄などの鉱物を使用した技術が発達している世界です』

『精霊文明世界:低度神格を持った存在の力を利用している世界です』


 幾つかの文明世界で大項目が作られていた。その情報が載っているページ数が書かれている……けど『数万ページから』とかスケールがやっぱり普通じゃない。


『魔法』

『体力』

『頭脳』


 この辺はまるでゲームのステータス設定だ。ポイントを入れると増強されるんだね。というか入れるって私は頭の中で言ってるけど、これまさか……。


「ええと、選択したとしてどうすれば……?」

「失礼しました、こちらにご記入下さい」


 スッと差し出されたのは一枚の紙。如何にもフォーマット化された薄い枠で記入欄が作られている、なんかお役所で見た事が有る様な無い様な用紙だ。つまりは、選択したら手書きなわけだ。……これは、結構面倒臭いぞ。


 とんでもないページ数を誇る転生恩寵本。パラパラ捲る手は止まらず、全く終わりが見えなかった。この感覚、どこかで……ああ、あれだ。カタログギフトを選んでいる時のちょっとワクワクする、あの感じ。


 まあ、選んでるのは私の来世という超重要なものだけれども。


 次なる人生を歩む前に、長い長い戦いが始まった。

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