第20話 わーるどイズでぃふぁれんと

「あはは、確かに来てすぐの頃はエンティちゃんは意地っ張りだったよね~」

「そうねぇ。あの頃は何を教えても、そのくらい分かるわ、って言って後で顔真っ赤にしながら聞きに来てたわね~」

「ほほぅ、やっぱり」

「もう止めてぇ……っ」


 ゴンと机に頭突きして突っ伏し、エンティ先輩は悶える。下っ端が話のネタになるのはよく有る事ですよねぇ、くっくっく。とはいえ、そろそろ可哀想になって来たので助けてあげるとしましょうか。


「エンティ先輩にも聞いたんですけど、ピエリス支局長とフィオーレさんはどうして補佐官に?」


 机に並べられた皿から焼かれた五センチ角の肉を一つ取って口に放り込みながら私は問う。ってか旨いな、このお肉。アラダさんが胸を張って言うだけあるぞ。


 肉の繊維がギチッと詰まっているのにサクリと噛み切れて、ジュワッと肉汁が溢れ出す。辛みと甘みが混ざった独特の味付けで、レモングラスみたいな清涼感ある香りが口から鼻に抜ける。


 肉が良いのは勿論、アラダさんの料理の腕がよく分かる一品だ。


「んー、わたしはここで働く人たちや死者のために働きたいと思ったから、かなぁ。皆の為に頑張るのが好きなんだ~」

「なるほど、だから昨日ディケ達と支局に行った時に使いっ走りを……」

「ふふふ、みんな頼ってくれて嬉しいなっ」


 皆のために頑張りたい、実に崇高な行動理由だ。でも、支局長が使いっ走りを担当するのは正しいのだろうか……。そんな私の中に浮かんだ疑問など関係なく、ニッコニコでピエリス支局長は輪切りされたソーセージっぽい物を齧る。


「あちちっ」

「あらあら、ピエリスちゃん、大丈夫」

「ちょっと口の中火傷したぁ……」


 心配そうにフィオーレさんは、肉汁で汚れたしきょくちょーの口元をハンカチで拭く。大人しくそれに従うピエリスちゃんは何とも可愛らしい。


 ……親子かな?


「いまっ、親子かな?って思ったでしょ!」

「バレた!!!」


 前回に続いて今回も見破られるとはッ。脳内を読むのはディケの専売特許かと思ったがそうでは無いようだ。流石は支局長、恐るべし……っ。


「むー。まあいいや、次、フィオーレの番だよ」

「そうね。私は、世界全てを愛しているの」


 優しく微笑んでフィオーレさんは私を見る。

 むむっ、なんだか魅了されそうな色気っ。エロエロパワーがカンストしているッ!


「愛?」

「そう。だから私はここに留まる事にしたの、死した魂も愛するために。あとディケ様やディアード様、ドラクル様やピエリスちゃん、エンティちゃんにチホちゃん、他の皆もね」

「おおぅ、博愛主義ぃ」


 あまねく世界に愛を。愛の容量が大きすぎるぞ、フィオーレさん。


 こうして聞いてみると、転生しなかった理由は千差万別だ。

 私の様に自分の力を活かせるからと考えるパターンもあれば、ピエリス支局長のように誰かを助けたいという場合もある。ドラクルさんやフィオーレさんみたいに自分の強い思いが元になっている事もあれば、エンティ先輩みたいにふざけた理由もある。


 ……この並びだと先輩がバカみたいだな。


「ちょっと。何よ、その目」

「いや、エンティ先輩は面白いな、と思いまして」

「私、なんにも面白いこと言ってないんだけど……」


 エンティ先輩は訳が分からないといった困惑の表情を浮かべた。


「そうだ、チホさんの世界の事を聞かせてよ」

「え、私の?」

「そうそう。興味ある~」


 テーブルの向かい側に座るピエリス支局長は、目を輝かせて身を乗り出す。


「ふむー、そう言われましても何を説明すれば良いのか……」


 自分の世界の事を説明する、何とも難しい。生前で言えば他国の人に「日本ってどんな国?」と聞かれるのと同じ感覚だけど、一国の中でも地域差がある。世界全体の事となると範囲が更に広くなるワケで、一言では言い表しにくいな~。


 あ、そうか。


「世界と言っても広いので……。ピエリス支局長の世界の事を教えてもらいつつ、違う部分を話していくのが分かりやすいかな、っと」

「ふむふむ、確かに!」


 大納得の様子で支局長は大きく頷く。


「わたしの世界にはね~、魔物とかわる~いドラゴンがいたんだよ」

「ふむ、私の世界には魔物もドラゴンいないなぁ」


 生前世界の自然の中にいるのは野生動物だけ。いやもしかしたら、深海底に巨大恐竜がまだ生きてる、とかあるかもしれんけども。分からない以上は、いないと同じだよね。


「魔物って事は、人間が襲われたりしてたんですか?」

「そうそう。だから冒険者が沢山いたよ~、というか私も元冒険者!癒し手ヒーラー!」

「なんとっ!」


 自らを指さしてピエリス支局長は実に良いキメ顔をする。剣と魔法の世界の冒険者、こんなに身近にいたとは驚きだ。


「チホさんの世界には冒険者はいたの?」

「うーん。言葉としての冒険者は居たけど、あくまで秘境探索とかをする人の事で支局長の考える冒険者じゃないですねぇ。野生動物はいるけど保護されてたりもしますし、積極的に狩るのはハンター……狩人くらいじゃないかな」

「へ~、動物を守るなんて不思議~」


 支局長の世界における野生動物は、あくまでも狩りの対象。毛皮や肉を得るための資源だ。私の世界も同じではあるけど、それを抑制する制度があるという点が大きな違いだね。


「あ、そうだ。支局長の世界の人口ってどれくらいなんです?」

「え、人の数?うぅん、王都はたしか一万人くらい……だったかな。わざわざ数えたりしないからザックリだけど」

「戸籍制度とか無いんですか?」

「戸籍……家系登録の事?そんなの貴族さんしかしてないよ~、私みたいな平民にはないないだよ」

「ワールドギャップだぁ」


 日本は戸籍制度によって、ほぼ全国民の氏素性うじすじょうが明らかだ。やろうと思えば三代四代前の爺様婆様の事も調べられるし、そう考えると高度にシステム化されてたんだねぇ。


 魔物がそこら辺を闊歩している世界、人の命は軽い事が容易に想像できる。戸籍を用意した所で、その翌日に食い殺されたりもあり得るわけで。制度を維持する労力に対して、利益が少なすぎるんだろう。


「じゃあ、チホさんの世界は?」

「私が死んだ時点で八十億くらいですね」

「はちじゅっ!?」


 ピエリス支局長が驚愕の表情を浮かべると同時に飛び上がった。フィオーレさんとエンティ先輩も驚きの顔で私の事を見ている。いやぁ、そんなに見られると照れるなぁ。


「多すぎっ!というか何ですぐにパッと答えられるの!?」

「数えられているから?各国が戸籍制度に基づいて管理してるから?あ、ちなみに私がいた国の人口は一億二千万人でしたよ」

「ものすごい大国じゃん!」

「そう、なのかなぁ……?」


 日本は極東アジアの小さな国。そんな認識が多分世界共通で、当の日本人も自国はちっちゃいと思っているフシがあった気がする。隣近所にクソでか国土の国が二つもあるから、そういった意味でも自分チは小さい、と思っていたんだろうね。


 ピエリス支局長の世界をより詳しく聞くと生前の創作物で良く見た、所謂『中世ヨーロッパ風』な場所らしい。剣と魔法の世界、古き良きジャパニーズRPGって感じ?


 そんな異世界基準だと、人口一億二千万はあり得ない程の巨大国家なわけだ。


「結構というか、めっちゃくちゃ違いがあるね~。チホさんの世界、面白そう」

「私は支局長の世界に興味深々ですよ。魔法、使いたいな~」


 馬車と自動車、騎竜と飛行機、木の船と鉄の船。

 火の魔法とライター、水の魔法と上下水道、風の魔法と扇風機。


 私の世界が自然物を利用して機械を進化させた場所だというなら、支局長の世界は自然を魔力で活性化させた所だ。進化のベクトル方向性は正反対、でも人の暮らしているのは同じなのだから不思議である。


「支局長は何で亡くなったんですか?」

「わる~いドラゴンさんを勇者くんと一緒に討伐しに行ったんだけど、強くてねぇ。わたしが囮になって隙を作る作戦をやったら、炎でボワァってされちゃって~。あはは」

「笑い事じゃない凄絶な死に方ッ!」


 勇者パーティの一員だった事に驚きだけどそれ以上に、ほわほわカワカワな支局長の姿からは想像できない勇敢な死に驚愕だ。


「そ、そこまでやったんだからドラゴンは倒せたんですよね……?」

「もっちろん!」

「良かったぁ……あれ?聞いといてなんですけど、死んだ後にドラゴンは倒されたんですよね。なんで支局長はそれを知ってるんです?ここあの世でドラゴンの魂を見たから、とか?」

「え、違うよ?」


 え、違うの?じゃあ何故、倒された事を知ってるんだろか。

 首を傾げる私にピエリス支局長は笑いながら答えを教えてくれる。


「だって、わる~いドラゴンさんってドラクルさんだもん」

「えええっ!?ピエリス支局長、ドラクルさんに殺されたんですか!?というか同じ世界出身!?」

「そうそう~」


 って殺られて。そんな生前のわだかまりは、もう欠片も存在していない様子。純粋に支局長の心が広いというのもあるけれど、結構な長さの時間が解決してくれたのだろう。


 しかし、昨日話した時にも思ったんだけど……。


 ピエリス支局長は…………。


 とっても良い子な、合法ロリだ!!!!!

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