第21話 世界色々、死も色々
「エンティ先輩の世界の事も教えてく~ださいっ」
「はいはい、そう来ると思ったわよ」
サラからプチトマトっぽい赤い野菜を口に放り込み、それをもぐもぐ嚥下してから先輩は話し始めた。
「私の世界はピエリス支局長のと大きくは変わらないわね。ただ悪魔の方が人間よりも多い世界で、人と悪魔はお互いに相手を憎んでいたけどね」
「殺伐ぅ」
「いやホントにその通りよ。今から考えるとバッカバカしいにも程があるわ」
エンティ先輩は肩をすくめる、心底そう思っているようだ。
「そんな関係だった人と悪魔だけど、あるとき大戦争があって人間側が滅亡の危機に陥ったのよ」
コップの水をクピリとひと口飲んで、ふぅ、と息を吐く。
「人間たちは起死回生の一手を選択したの。それが勇者の召喚。異なる世界から強き力を持つ人間を
「おおおっ、異世界召喚だ!ん、禁術って事は何か代償が……?」
「ええ。生贄よ、人間千人」
「うわ、黒魔術の儀式全開の所業っ」
「ホント、どっちが悪魔なのかしらね?」
クスリとエンティ先輩は悪魔らしく笑った。
「で、喚び出されたのは一人の青年……って、そういえばアンタに顔の造りが似ていた気がするわね……?」
「私の血縁に異世界へ行った人はいませんよ?死んだ後に行った人は知らんけど」
「いやそう言うのじゃなくて、民族的特徴、みたいな?」
「ほ~、もしかしたらその人、日本人だったのかも……ちなみにお名前は?」
「タロウ=ヤマダ」
「絶ッッッッッ対に日本人だ!間違いない!!!」
「聞くだけで分かるなんて、そんなに特徴的な名前だったのね、タロウは」
「いや、凄く普遍的な名前というかなんというか」
数多の世界があり、無数の国があろうとも、その名前だけは日本人で確定だ。なにせ日本一有名な氏名だからね。お役所書類の記載例とかで誰もが一度は見た事のある名前だもの。ちなみに対抗馬はハナコ=ヤマダである。
「私は同胞を裏切って彼のパーティに加わったの。そこからはもう、魔物と戦って、悪魔の刺客と戦って、美味しい物食べて温泉入って海で遊んで、上級悪魔と戦って、魔王を倒したわ」
「勇敢な話の間に、なんか楽しそうなワードが入っていた気がする」
「リフレッシュは必要な事なの」
「
うん、まあ激務の中で癒しを求める事をおかしいとは言わない。
でも人類存亡の危機だったんだよね……?それでいいのか転移者、納得してていいのか先輩よ。いやまあ、魔王の下まで辿り着いて打ち倒したなら、その事実が正義か。
「で、先輩はタロウ君と結ばれて幸せハッピーエンド、と」
「バカ言うんじゃないわよ、彼とはそういう関係じゃないっての」
ホントにぃ~?
生前日本では『転移転生者が異世界でハーレムを作る』みたいなラノベやアニメが一杯あった。多分現代の日本人であろうタロウ君がそれを求めなかったとは思えない、命がけで悪魔と戦ってたんだから。見返りが欲しいと考えるのが人間だ。
で、身近にエロエロな恰好した見目麗しい女子がいるわけで。もし『そういう関係』じゃなかったら、タロウ君、生殺しになっていたのでは?
「……先輩、鬼畜外道ですね」
「ハァ!?なんで何の脈絡もなく罵倒されなきゃいけないのよ!?」
椅子がガタンと音を立て、エンティ先輩は勢いよく立ち上がった。
自分の胸に手を当てて、よぉ~く考えて反省して下さい。ああ、顔も知らない日本人タロウ君。キミの口惜しさを代弁して元凶を殴っておいたよ、安心してね……。
「じゃあエンティ先輩は笑いながら死んだ、っと」
「変な死に方にするんじゃない!……ま、そうだったら幸せな死だったでしょうね」
「と、言いますと?」
ストンと先輩は椅子に掛け直す。
「今まで虐げられてきた敵、悪魔。それを打ち倒した転移者の横に、悪魔が存在する。もしかしたら英雄を
滔々と、彼女の口から言葉が吐き出された。特に強い感情などは無い、それが当然の流れで自分が終着点に辿り着くのが必然だったと納得しているからだ。
「という感じで、私は住処に戻った所で千の兵士に囲まれて、ね」
「タロウ君は助けには……?」
エンティ先輩は静かに首を横に振る。
「そもそも、そうなる事は明白だったから先手を打って仲間に私から頼んだのよ。何があっても彼を私の所へ来させるな、とね」
「そうしないとタロウ君が人間の敵になっちゃうから」
「その通り。我ながら良い判断だったわぁ」
エンティ先輩はそこまで話し切って、ぐいーっと伸びをした。
「ふう。じゃ、フィオーレさんにバトンタッチ」
「はぁい、受け取ったわ~」
フィオーレさんはにこやかに話のバトンを受け取った。
「私の世界はねぇ……あ、そうだ。チホちゃんは機関車って分かるかしら?煙突から煙をシュポシュポ吐きながら、鉄の道を車輪で進んでいく乗り物なのだけれど」
「ああ、蒸気機関車ですか、分かりますよ~。という事はフィオーレさんの世界は産業革命後って感じの文明水準か……」
私が死んだ時から百年と少し前。英国を発祥とする産業、エネルギー、社会の変革が起きた。技術が発展し、大規模な工場が作られ、それまでは手作業で行っていた事が自動化された。近代というと、この時代以降を指す場合が多いだろう。
ピエリス支局長やエンティ先輩の世界よりも私の世界に近い、理解もしやすいはずだ。
「チホちゃんの世界には魔法は無いのよね?」
「はい……え、フィオーレさんの世界には有るんですか?」
「ええそうよ~。蒸気機関を魔法で動かしていたの、炎と水の魔法ね」
「おお、私の世界とは別の技術革新が起きてそう」
魔法で動かせるならば、石炭や水が要らないという事。機関は大幅に小型化するだろうし、牽引運搬する物が無いなら身軽だ。
「チホちゃんの世界にも飛行機はあるのよね」
「にも、って事はフィオーレさんのトコにも」
「ええ、有るわ。蒸気機関で飛ぶ四枚羽の飛行機が」
四枚羽、多分プロペラの事じゃないよね。となるとアレか、複葉機ってやつか。ライト兄弟が飛ばしたライトフライヤーみたいな飛行機。フィオーレさんの世界ではそれが、白い蒸気を噴き出しながら飛行して世界各地を繋いでいたのか、見てみたいな。
「そんな場所が私の故郷、私の愛する世界よ」
「なるほど」
世界を愛している。ただ言うだけなら簡単だけど、心の底からそう思うのは容易な事じゃない。私の前にいるフィオーレさんは発した言葉は、おそらく本心。淀みもくすみも無い、綺麗な愛情だ。
「そんな世界で色んな人に愛を諭していたの」
「ええと、
「教会に所属したりはしていなかったけれど、似ているかもしれないわね~」
うふふ、とフィオーレさんは笑う。
こんな女性に愛を諭されたら、勘違いする男どもが群がって来そうだ。
「来る人来る人、全てに愛を諭して教えて繋いで交わって。沢山、本当に沢山の人が私と同じように他の人を愛するようになったのよ」
……ん?これ、健全な愛の話で良いんだよね?
「どんどん、どんどん広まっていったのだけれど……」
「何か問題が?」
「愛を受け取りたくない、って人と喧嘩になっちゃったの」
「喧嘩ぐらいなら仲直りすれば」
「そう、私もそうしたかったの。でも皆、話を聞いてくれなくて……国王陛下を追い出しちゃった」
「…………は?」
おんやぁ?町内地図から世界地図に縮尺が変わるくらい、規模が大きくなったぞぉ?
「隣の国にも愛を教えようって言いだして戦争になって、それが世界中を巻き込んでいって」
「愛の話をしていたと思ったら、世界大戦が始まったぞ」
道をテクテク歩いていたらいきなり宇宙へ打ち出された、くらいに話が飛躍した。
「一杯、いーっぱいの人が死んじゃって」
「聞くの怖くなってきましたけど、ちなみにどれくらい……?」
「私の世界の人口は二十億人くらいだったんだけど、最終的には五千万人くらい死んだ、って後から
「えっぐぅ」
確か、第二次世界大戦の人口と死者数がそのくらいだったはず。その起点になったのが目の前にいる『エッチなあらあらお姉さん』とは、俄かには信じられない話だ。
「私は戦争を起こした犯罪者として捕まって、ギロチンで首をトンって」
彼女は手刀でテーブルをトンと軽く叩いた。
そんな、まな板の上でニンジン切るみたいに。自分の人生のラストを話しているのに、フィオーレさんの顔には笑みがあるだけ。悲愴でも落胆でもなく、世界への、人々への愛情が上回っているように見える。彼女は聖人……で良いのか?
「こっちで聞いた話だけれど、愛を広める私の教えは
ニコニコしてる。対する私はキュッと口を真一文字にした、何も言えんて。
ピエリス支局長とエンティ先輩は「やっぱりフィオーレさんの話は桁が違うね~」といった表情で呆れている。
生前世界は実に色々だけれど、そこで生きた人も様々。転生裁判に掛けられる死者の事ばかりを考えていたけれど、そもそも私も他の補佐官も死者だ。当然同じように人生があるんだよね。
いやー、皆と比べると私の死に方、ギャグみたいだな。一人で崖から滑り落ちて顔面グシャッで死亡とかカッコ悪い。どうせなら地球侵略しに来た宇宙人に対抗するために身体改造されて、敵の親玉と相打ちになって死ぬとかが良かったよ~。
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