第22話 知らない事を探しに行くよ

 歓迎会から数日。

 私はこの環境にもうすっかり慣れました、慣れ馴れのナレですよ。すれ違う人の中に犬人やら蜥蜴人やら、どう見ても機械な人間がいても驚きませんとも。


 あ、路地から急に人間の頭が転がって来た時はビックリしたか。デュラハンって存在するんだねぇ、自分の頭を落としちゃ駄目ですよー。人間の頭を拾って首無しの身体に渡すという初めての経験しちゃった。


 ……ここはあの世、デュラハンって不死者だよね?なんでここに居るんだ?


 そんな事を隣のエンティ先輩にクエスチョン。


「死体じゃなくてそういう種族なのよ、首無し人間デュラハンって。見た目から誤解される事が多いけど、普通に生きてて死ぬから」


 新しい異世界知識、獲得したぜっ。

 頭と身体が分離してる感覚ってどんな感じなんだろうね?


 とまあ、慣れたと言ってもまだまだ色々な発見経験は存在しますです。便利快適な自宅でそういった経験をノートに纏めているんですが、既に二冊目に移行しとります。書くコト多い、でも書く!


 何故ならばコレが冒険の書……ごほん、記録になるからだ!


 覚える事もやる事も生前とはまるで違う。である以上は後から過去の出来事を見返す場合もあるはず。準備も何も無しのノーガード戦法なんぞ出来るワケが無い、何せここ転生裁判所はまだまだ全く知らない世界と言った方が正しい場所なのだから。


 もし万が一、の為に私は経験を纏めるのであ~る。


 ……うーむ、社会人としての習慣が染みついてしまっている、と言う方が正しいかもしれぬ。新人に出来る事は少ないけど、新人の頃にしか持っていないモノはあるんだよね。それは未経験者の視点を持っている、という点。いま苦労している事や思っている事を残しておくと、後輩ちゃんが出来た時なんかに便利便利。


 言葉だけで説明するよりも、ずっと説得力が出るんだよねぇ。これは手書きの記録でしか出来ない、とアナログ人間な私は考えておりますです。文字の滲みとか紙がクシャッとなってる部分とかは後からでは作れないからね、その『熱』がずっと残り続けるのだ。


 新人ちゃんの教育時に話したら「先輩って変ですね」って笑ってくれた。お礼に太陽燦燦の下で客先回り三十四度の炎天下で死の行軍に連れていってあげたよ。私の思いが彼女に継承されていると良いな……三ヶ月後にいなくなっちゃったけど。元気にやってるかなー。


「よし、まとめ終~わり」

「アンタ、案外勤勉マメよね」

「ふっふっふ、もっと褒めても良いんですよ?」

「普段の態度も誠実なら褒めてあげるわよ」

「嫌です」

「なんで拒否」


 第六支局の仕事にはノルマは無い。とはいえ、放っておくと書類の山が増えていくので手は動かさなければならない。そんな環境なので休憩は基本自由、でも昼食休憩だけは強制。


 ピエリス支局長いわく『締め付けした所で、自由が好きな人は言う事聞かずに逃げる』『でも放っておくと食事を抜いて働き続ける人もいる』からだそうな。緩やかな放任主義、支局員を信じているからこそできる事である。


 支局長、見た目と違ってちゃんと上司なんだよね、ここ数日で実感した。皆から愛され、信頼され、使いっ走りにされ、揶揄われ、遊ばれる。狙って出来る事ではない、ピエリス支局長の人徳の賜物ですなぁ……。


 第一の要素が信頼じゃなくて愛されで、支局長の威厳はどうなってるんだ問題は発生しているけど。


「よぉし、今日のお仕事終わりっ」

「はいはい、お疲れさま」

「じゃ、先輩はあと三時間、頑張って~」

「ニマニマしながら言うんじゃないわよ、鬱陶しいわね」


 本日は私は朝から晩まで勤務、エンティ先輩は昼から夜まで勤務だ。

 というわけで私は先輩を置き去りにして颯爽と職場を去るのです。

 さらばッ!


「あ、チホさん、おつかれさまー」

「支局長もお疲れさまです~」


 部屋の出入り口でピエリス支局長に声を掛けられる。ちょうど帰る時間が同じだったようだ。彼女の後ろではフィオーレさんがひらひらと手を振っていて、支局長に慈愛の目を向けている。……やっぱり親子だろ。


「今日はこのまま家まで真っすぐ帰るの?」

「うーん、どうしようかな、と思ってまして。まだまだ探索出来ていない場所だらけなんで、適当に歩き回ろうかなーとも考えてるんですよ」


 転生裁判所の中は非常に広く、私の足で歩き回るには広大過ぎる。だけどその分、新しい発見で溢れているのだ。昨日は我が家周辺を歩き回って新しい知り合いゲットしたし、ヘンテコリンな雑貨を扱う店も見付けた。


 自宅と職場を往復する通勤。生前もその時間を使って町を探索開拓してた私にとってこの場所は、まさに宝の宝庫だ。生きてた頃は一駅向こうの駅裏にある焼鳥屋を見付けて、たいして酒も飲まないのに入り浸ってたよ。お土産に焼鳥十五本セット貰って帰宅する位には仲良かったぜ。


「ねえねえ、ついていって良~い?」

「うぇるかむですとも!」


 軽いやり取りをしながら、私達は第六支局職場を後にした。


 さて、職場と我が家は徒歩ではキツイ、というか二時間以上歩かないと到着できない程に離れています。でもそんなの、毎日テクテクしてなどいられるかッ!


 という事で、この裁判所内には便利な物があるのだっ。


 その名も転移門ゲート。自分が行きたいと思う転移門へ瞬間移動させてくれる、非常に便利な移動手段である。二時間の距離も一瞬、通勤時間が十分の一以下だ。退勤時間ギリギリまで全力で仕事出来るよ、やったね!


 ……じゃなかった、出勤時間ギリギリまで家でゆっくり出来るよ、やったね!


 というわけで、そんな便利な装置を使って私達は空間をぴょんと飛ぶ。


「我が家の近くにぃ~、とうちゃーくっ」


 家から徒歩十分の場所にゲートが設置されている、めっちゃ便利。


「チホさん、どっち行く?」

「今日は~……家とは正反対の方向へ!」


 ピッと指をさす。昨日まで家周辺を徘徊……もとい、散歩していたので今日はちょっと遠くへ行くのだ。


 塔の内部に掛けられた空中通路、それは一層だけを取ってみても蜘蛛の巣のよう。要所要所には私の家がある円形土地サークルと同じものがあって、その一つ一つに私が今歩いているのと同じか、もっと沢山の建物が立ち並んでいる。


 ここへ来てからまだ数日、我が家サークルだけでも全然探索が進んでいない。まずは手近なところから攻め、次第に範囲を広げていくのが定石というもの。


 しかしなッ、私はそういう事をしない奴なのだ!

 という訳で今日は、サークルの反対側まで歩いてやるぜ、ひゃっほいッ!


 いざ、出発だァ!!!!


 一時間後。


「ちょっと、疲れてきたね……」

「そうですねぇ……」


 私達は歩き続けた。

 気の向くままに角を曲がり、発見したお店へ殴り込みをかけを冷やかして。


 そして私達は辿り着く。


「「どこココ!!??」」


 我ら二名は迷子になりましたとさ。

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