仕事終わりの過ごし方〜スワイプの場合〜(過激な表現あり)
ハハハハハ……
ハハハ……
ハハハハハハ!!
ごめんなさい、ごめんなさい……
また人を苦しめてしまった。
本当に、ごめーー
「スワイプ……スワイプ!」
アルカの声で我に帰ったスワイプは、目を見開き辺りを見回す。
ここは……聖域にある天使居住区の廊下だ。
(いつの間にここまで歩いてきたんだろう)
「アハハ……すみません、アルカさん」
自分の腕に手を回している彼女を見下ろし、スワイプは作り笑いを無理やり浮かべる。
「もうすぐで私達の部屋よ。もう少しだけ頑張って」
ハハハ……
ハハハハハハ……
男の狂笑が耳から離れず、まるで彼の怨念から取り憑かれているような感覚に陥る。
頭がクラクラする。
ハハハハハ……
耳鳴りが酷い。
ハ、ハ、ハ……
息が苦しい。
スワイプの心身を案じながら、アルカは私室の扉を開いた。
やや貴族らしさを感じる薄暗い部屋だ。
清潔なダブルベッドと医学書が並ぶ本棚に目を惹かれる。
「おかえリー」
と2人を迎えたのは、テーブルに着いているおはようだ。
ナプキンを首に巻いたおはようの目前にあるのは、黄色い粉と黒い液体がかけられた丸い食べ物。
「今ネ、わらびもち食べてたノ。マキタが美味しいって言ってタ」
持ち手にキャプテン・ブレネンの絵が描かれたフォークを、おはようはマジックハンドで器用に持っている。
「オハヨってば、口がないから食べられないんだけどネ……後でご主人とアルカにあげるネ」
「う……」
スワイプの視界がグルグルと回り始める。
グル、グル、グル、グル……
床に座り込み項垂れる。
「ご主人……?」
「スワイプ」
主人の様子に違和感を覚えた1人と1体は、ほとんど同時に呼びかけた。
床が鮮血で満たされる。
そこから血塗れの腕が何本も現れ、腕や足を恐ろしい力で掴まれる。
「ヒ……ッ!」
首を絞められ、スワイプは反射的に自身の首元に手を伸ばす。
スワイプを絞首せんとして力を緩めない男の手足には、釘が刺さったままだ。
……あぁ、先程の彼だ。
男は悪魔の如き形相でスワイプに囁く。
『俺はまだ生きている……生きているが、俺はこの先普通にゃあ生きていけねぇ』
『お前が壊したんだ。殺すよりも最低な方法で、お前が俺を壊したのさ』
『俺は全てを失ったのさ』
『本当に全てを失うべきだったのは俺か? いや……お前なんだよ、スワイプ』
『お前こそ価値の無い……いや、生きているだけで害を成す悪魔なんだよ……!』
「ガハッ……ガ、アァ……!!」
首元を掻き切らんばかりの勢いで掻きむしるスワイプを見て、アルカは冷静を保ったまま叫ぶ。
「彼を止めて! 眠らせて!」
おはようは「クマー!」と叫びながら弾丸の如き勢いでスワイプの懐へ突っ込んだ!
途端にスワイプは意識を失い倒れ込む。
部屋が静寂に包まれる。
「またあの発作なノ?」
「そうね。彼は幻覚を見ていた……ありがとう。アナタがいなければ、彼はまた自分を傷付けていたわ」
「良いんだヨ。オハヨってバ、ご主人を守るために生まれたんだからネ」
おはようが使ったのは天使に与えられる能力だ。
効果は「自分を抱きしめた者を強制的に眠らせる」というもの。
「オハヨの能力『おやすみ』が役に立って良かったヨ」
***
泣き疲れた子供のような寝顔を浮かべている彼を見下ろし、アルカは安堵した。
彼の隣に寝転がっているおはようは、じっと主人の顔を見ている。
「寝てるんだしサ、手袋とか外してあげた方がいいんじゃなイ?」
「……そうね」
アルカはスワイプの手に触れる。
シルクの手袋を外すと、傷痕だらけの手が現れた。
全て切り傷のようだ。
所々ケロイド化しており、肌が赤く変色し
この傷は決して死刑囚の報復や拷問中のミスによる負傷ではない。
これらは全て故意にやった傷だ。
他の人間を苦しめ死に追いやる自分を罰する為に、何度も何度も自ら傷付けたのだ。
この悪癖は克服しつつあるものの、未だに自分を傷付ける衝動に襲われるらしい。
「あいかわらず酷い傷だネ」
おはようは呟く。
「他の人に言ってはダメよ。彼はこの傷を隠したがっているから」
「はーイ」
シャツのボタンを少し外すと、胸の辺りにもいくつか傷跡が残っているのが見える。
「なーんデ、ご主人はこんな風に自分を傷つけるのかナ」
「脳内麻薬」
「ン?」
「昔、彼が言っていたのよ。傷を負うと、痛みを軽減させる為に脳内麻薬が分泌される……こうして自分の体を傷付けると一時的に気持ちが落ち着くって」
「エー。ほんト?」
おはようは小首を傾げる。
「今は薬のせいで全て忘れてしまったようだけど、彼は医者としても働いていたのよ」
うーン。とおはようは唸る。
「でモ、ダメだよネ……」
おはようは悲しそうに刺繍の目を細める。
「だっテ、ご主人の心と体が可哀想だヨ」
「えぇ……そうね」
アルカはおはようの頭を撫でた。
「優しいのね、アナタ」
スワイプのような者に、優しい言葉をかける者は少ない。
「トーゼンだヨ。オハヨはご主人の抱き枕!」
アルカは
「……こんなのって、あんまりだわ」
「ン?」
(裁きの神の手先として、彼は罪人を裁き罰する……聞こえは良いけれど、ただ汚れ仕事を彼に押し付けてるだけじゃない)
その結果がこれだ。
『殺人の代償』とも言うべき精神汚染を一身に引き受け、耐えきれなくなっている。
「仕事のせいで、彼はこうなっているの」
うーンとおはようは唸る。
「やめちゃえばいいのにネ」
アルカは首を横に振る。
「昔、同じ事を彼に言ったわ。そうしたら『その後に仕事を継ぐ人が可哀想だ』って言われた」
「うーン? ……だったらオハヨがやるヨ!」
とおはようは無邪気に答えた。
このぬいぐるみに人間の醜い面を見せまいと、スワイプはおはように自分の仕事の事を話していない。
「オハヨってばぬいぐるみだシ、病気にはかからないからネ! ご主人にできる仕事ならオハヨにだってできるヨ」
と自信満々に話すのだ。
「それも昔、私が同じ事を提案した……そうしたら、絶対にダメだって」
『技術が必要な事はできないけれど、電気椅子やギロチンのバーを下げる事なら私にもできるわ』
『絶対に駄目です! アナタに人殺しは絶対にさせません』
あの彼の強い意志を、アルカは命ある限り忘れないだろう。
いつもどこか頼りない話し方や表情を浮かべている彼は、自らの仕事を彼女に継ぐ事だけは断固として拒んだのだ。
スワイプがアルカの提案を拒んだのは、あれが初めてだったかもしれない。
(でも……このままでは、先に彼が壊れてしまう)
いや……既に壊れているのだ。
生前、悪政により数多の人間の処刑を命じられていた時から……
「とりあえず、アナタはそのまま彼といてあげて。私は食事の準備をしてくるから」
「はーイ」
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