出発の日

 エアレザの朝は澄んでおり、実に清々しい。


 旅行鞄を携えたロウリーは、朝日に照らされた小さな拠点「黒い仮面」の扉を開く。


 聞き慣れた鈴の音と軋む音。


「……ん? おぉ、ロウリーか」


 来客用ソファに腰掛け何かを読んでいたマティウスは、手を後ろに隠し立ち上がる。


「何読んでたんだ?」


「何も? ただの小説である」


 「ふーん」とロウリーは聞き流す。


「今日、実家に帰るのか」


 寂しくなるなとマティウスは零した。


「あぁ。期間は……決めてない」


「まぁ、落ち着くまで向こうでゆっくりとするがいい……そうだ。これから朝飯を食うところだったのだ。貴様も食ってくか?」


 ロウリーはちらりと時計を見た。


 汽車の出航までまだ時間があるようだ。


「うん」


「よし、用意するから待っておれ」


   ***


 拠点の奥にあるマティウスの部屋にて。


 マティウスが持ってきたのはパンと野菜のスープ、それとコーヒーだけの簡単な朝食。


 ロウリーはまずスープに手をつけた。


「……なんか、しょっぱくない?」


「そうか?」


 マティウスは小首を傾げる。


「気のせいである」


「……そうかな?」


「そうだとも」


「……そっか」


 マティウスが「素直だな」と口走ったが、あまりにも小さな声だったのでロウリーには聞こえなかったようだ。

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