天使編

死刑執行人スワイプ その1

 ここはとある世界の聖堂。


 巨大な聖母の像が、海のような優しい笑みを浮かべている。


 彼女の前に立ち神父は祈りを捧げた。


 異端者を滅ぼすに祈り続け、額に汗を浮かべるのだ。


 祈りにより、裁きの神の遣いが光の柱に包まれ現れた。


 黒い癖のある髪に痩せた体躯。病的とも言える白い肌を、死刑執行人としての正装である黒い燕尾服で覆い隠す。


 彼の左頬には切り傷の痕がケロイドとして残っている。血溜まりを彷彿とさせる光の無い相貌が、彼の過去を何よりも雄弁に語るのだ。


 彼の隣に侍るのは小柄な少女。


 セピア色の長髪に冷たい瞳。彼女はまだ幼さを顔に残しているにも関わらず、背徳的な美しさを纏っている。


「お久しぶりですスワイプ様、アルカ様」


「えぇ……お久しぶりですね」


 スワイプと呼ばれた男は恭しく礼をした。


 少女アルカはスワイプの後ろに隠れ、神父を警戒している。


「また異端者を見つけ出したのですが、一向に口を割らず……どうか我々にお力を」


「お待ちください神父様。準備が必要なので、一度席を外して頂けませんか?」


 アルカはそう神父に要望した。


「そうですね。では、私は聖堂の奥でお待ちしております。準備ができたら、異端者のもとへ案内いたします」


 神父はアルカの指示に従い、聖堂から姿を消す。


 しばしの沈黙の後、スワイプの顔色が蒼然となる。


「スワイプ、大丈夫?」


 アルカはスワイプの背を撫でた。


「すみませんアルカさん。少しだけ調子が悪くて」


 少女と視線を合わせるように跪いたスワイプを、アルカはそっと抱きしめる。


 濡れた犬のように体が小刻みに震えており、鼓動がいつもより速い。


「少しじゃないでしょ? 無理してはダメ。落ち着くまでこのままでいてあげる」


 スワイプは決して体の病を患っている訳ではない。


 これは呪いだ。


 死刑執行人の家系で生まれ数多の人間を手に掛けた彼を蝕む呪い。


 罪人の叫びが、憎悪が、命が。


 全てスワイプにのしかかるのだ。


「……もう、傷付けたくない」


 蚊の鳴くような声がアルカの耳に入る。


「異端者とか、どうでも良いんです」


 彼の呼吸を乱すのは後悔や恐怖といった悪感情。


「私以上の悪人など……いる訳がない」


「スワイプ」


 アルカはスワイプの両頬に触れ、口付けを交わす。


 その姿は神前で誓いを立てる恋人のよう。


「大丈夫よスワイプ。例えどんな罪を背負おうとも、私だけは貴方の側にいるわ」


「……すみません、こんなに頼りなくて。主人らしくありませんね」


「良いのよスワイプ。大丈夫、大丈夫だから……」


 アルカは子供を慰めるように、スワイプの頭を何度も撫でた。


 次第に落ち着きを取り戻したスワイプの頬に色が戻り始める。


「もう大丈夫。大丈夫です、アルカさん。ありがとう……これなら仕事ができそうです」


 立ち上がったスワイプの瞳には先程までの怯えは消え去り、聡明な光が宿っていた。


 アルカは主人の腕に手を回す。


「手伝ってくれますか、アルカさん」


「えぇ、もちろん」


 これから彼らの仕事が始まる。

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