黒い仮面の晩餐
ここは討伐屋「黒い仮面」の拠点。
拠点の奥には机と2脚の軋む椅子、10着程度しか服が入らないクローゼットに小さなタンス、振り子時計しか無い殺風景な部屋がある。
椅子に腰掛け、物憂げな様子でロウリーは静かにラジオを聴いていた。
『……では、次のリクエストは、カルト的人気を誇るバンド「バルバリッシュ」の「フェアデルプトハイト・フェリス」です』
「あ……」
聞き覚えのある名前だ。
『バルバリッシュはメンバー全員が淫魔で構成されたバンドで、結成当時から反フェリス的な曲をいくつも発表しています』
『最近は彼らの黒を基調とするファッションが流行り始めましたね!』
『バルバリッシュのメンバーが住むオーロ島へ、たくさんの人がライブ目当てで訪れるそうですよ』
重厚なイントロが流れ、ややハスキーで力強い女性の歌声が空に溶けてゆく。
下品だが、社会への風刺が効いた歌詞が印象的だ。
ロウリーはこのような類の曲が好きではない。
流行曲が愛や友情、青春を説くように、このバンドの曲は反フェリス的思想や腐敗した社会、クスリについて説くものが多いのだ。
特にロウリーにとっては反フェリス的思想が受け入れられない。
フェリスが生まれた地であるエアレザで育ったからだろうか。罰当たりだと演奏を止めたくなる。
いつもなら、そうなのだが……
何故だろう。
今日は歌詞が抵抗なくスッと頭の中に入ってくる。
「……ロウリー?」
ラジオに聴き入るロウリーに、マティウスは恐る恐るといった感じで声をかけた。
「少し良いか」
ロウリーはラジオのボリューム下げる。
「ありがとう」とマティウスはロウリーの向かいに腰掛けた。
「大切な話なのだ。モンスター討伐屋『黒い仮面』を閉業しようと思う」
当然だった。
『黒い仮面』はランドール、マティウス、ロウリーの3人だけで回していた会社だ。
社長だったランドールがいなくなった今、経営などできる状態ではない。
「今後の貴様の生活費は私が出そう」
「いいよ、貯金あるから」
「むぅ」とマティウスは唸る。
「子供は大人に甘えるものだぞ」
「俺も考えてた事があるから大丈夫だって。しばらく実家に帰ろうと思ってる」
「実家か。……確かに、その方が安全かもしれぬな」
マティウスは腕を組む。
「既にガゼルには連絡してる……なぁ、マティウスはこれからどうするんだ」
「どうするか全く決めておらぬ。……情けない話だが、しばらく何もできそうにない」
あの惨たらしいランドール殺害に唯一立ち会ったのだ。
相当なトラウマを抱えたに違いないとロウリーは邪推する。
「しばらくはこの拠点にいようと思っておる。休んでから、またどこかでバイトでも始めるぞ」
ボォー……ン、ボォー……ン。
振り子時計が不気味な音を鳴らし時刻を2人に伝える。
「もうこんな時間か……ロウリー、腹減ったであろ? 少し待っておれ」
とマティウスは席を立ち台所へ消えた。
ロウリーは再びラジオのボリュームを上げる。
バルバリッシュの曲が終わって、司会者が次の曲を紹介しているところだった。
***
「ほれ、できたぞ」
出てきたのは、主食の丸いパンとロウリーの好物である鶏肉のシチュー。そして、温野菜のサラダなどの副菜が3品。
「貴様と一緒に食べようと思って作り置きしておいたのだ」
「ありがとう」
2人は温かな食事を囲み、口へ運ぶ。
マティウスが作るシチューの隠し味はグノーム農場が手作りしたチーズ。
シチューを更に濃厚に、味わい深くしている。
「……そうだロウリーよ、覚えておるか?」
口元を開けるように仮面を上へずらしているマティウスが話し始めた。、
「ランドールの奴もシチューが好きだというから作ってやった時、あやつは『僕が好きなのはエルアが作ったシチューなんだ』とか抜かしやがったのだ」
「あったな、そんな事」
懐かしいなとロウリーは微笑む。
「料理を作ってもらったら素直に礼を言って黙って食うのが礼儀だと思わぬか? 本当に失礼な奴であった」
「まぁ、それもアイツらしいって言えば、アイツらしいんだけどな」
「全く、エルアさんはあんな奴のどこが良くて結婚したのやら……何か弱みでも握られていたのではなかろうか」
カチャ、カチャ。
金属のスプーンと皿がぶつかる音が、狭い部屋で反響する。
「それはねーだろ。エルアさん、幸せそうだったし」
「ふむ……」
「エミールもいてさ、本当に楽しそうな家族だ」
「エミール……そうだな。可愛い子であった。ロウリーなどエミールに気に入られて、お馬さんごっこしてやってただろう」
「かなり長い時間走らされたな……」
「今だから言うが、ランドールが『ゴキブリみたい』とか言っておったぞ。あやつめ、エミールに気に入られていた貴様に嫉妬しておったのだ」
「なんだよ、そんな事で」
ロウリーは苦笑する。その瞳が潤んでいたのを、マティウスは見逃す事にした。
***
「おいおい、飲み過ぎだって」
机の上に空のワインボトルが2本。無造作に転がっている。
全てマティウスが飲んだのだ。
「タイリョーブ! ダイリョウブである!」
『大丈夫』と言いたいのだろうが、呂律が回っていない。
「それは大丈夫じゃねー奴の言い方なんだよ!」
「んにゃにお言うか……うぅ、私はまだ、タイジョブであるわ。ホレ、貴様も飲め飲め」
とコルク栓が抜かれていないワインボトルを差し出す。
「嫌だよ……俺まだ酒飲める年齢じゃねーし」
マティウスは酒臭い溜息を吐く。
「真面目だ……きさまは真面目である」
「そんな事ねーよ」
「いんや、そんな事あるぞ! きさまは私の自慢の息子である!」
マティウスとロウリーに血の繋がりは無い。
「……むぅ、私はきさまと酒が飲みたいのだ」
子供が駄々を捏ねているみたいだ。
「俺が飲める年齢になったらな」
「あと何十年……いや、何百年かかるのら……?」
「うーん……160年くらい?」
「長い!」
「あっという間だぜ、160年なんて」
「何言うか。人間にとっては長い年月であるぞ」
「お前こそ何言ってんだ。アクマのクセして」
マティウスは再び「むぅ」と唸って黙り込んでしまった。
「でもまぁ……人間にとっては長いよな。100年経ったらレイも、ネクロも、同級生も全員死ぬもんな」
人というものは、呆気ない。
あっという間にアクマ達を置いて行ってしまう。
「一応、実家に帰る前にモンスター対策課の人達にも挨拶するかな……なぁ、マティウス。……マティウス?」
俯いたまま、マティウスは大きなイビキを掻き始めた。
「おいおい、寝てんのかよ……ったく」
ロウリーは面倒そうに立ち上がり、マティウスを抱き抱える。
向かったのは、マティウスがいつもベッド代わりにしている来客用ソファの前。
ロウリーはゆっくりとマティウスをソファへ仰向けに寝かせてやった。
「だから飲み過ぎだって言ったんだよ」
「むぅ……んにゃんにゃ」
寝言だろうか。
「ゆるせ……ゆるせよ、ロウリー……」
「……何を?」
ロウリーの問いに答える訳もなく、マティウスは再びイビキを掻く。
「これだから酔っ払いは……じゃあな、マティウス。また明日な」
ロウリーは黒い拠点のドアを軋まぬようゆっくりと閉じて、合鍵で鍵を掛けた。
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