エアレザ警察署にて その2

 レイは手帳にネクロとルーゼの話を書き留めてゆく。


 彼らが見たのは未確認兵器とその手先であった小型兵器が陽炎の如く消滅するところのみ。


 ランドールとその家族が恨まれているという話も聞いた事がない。


「レイさんも大変すね。モンスター討伐課の仕事をやりながら刑事課の手伝いもしてるんですから」


 があってから、レイは無理を言って刑事の下で働いているのだ。


 何故ランドールが死ななければならなかったのか。何故その家族までが毒牙にかけられる事となったのか。


 1匹の警察官として許せる訳がないのだ。


 どのような理由があれ……無惨にも3人を殺した凶悪犯を見逃す訳がない。


「まぁ……な」


 レイは溜息を吐く。上司として気丈に振る舞っているが、目の下の三日月が彼の心身が蝕まれている事を物語る。


「あの事件……ランドール一家惨殺事件があってから、エアレザは狂い始めてる」


 その狂いとやらを認識できていないルーゼはキョトン顔を浮かべている。


「市民。特にアクマが怯えてる。あの殺し方は……あまりにも異常だ。皆、次は己ではないかと怯えてるんだ」


 アクマの反応はそれぞれだった。


 なるべく外出しないよう閉じ籠る者。


 今のエアレザは危険と判断し遠くへ逃げる者。


 どうしても仕事をせねばならず、護身用の武器を衣服に隠しながら働く者。


「中には反アクマ主義者の仕業だと考えている人もいる」


 それを聞いたネクロは冷笑した。


「反アクマ主義なんていつの話っすか」


 世界大戦後……人とアクマが対等な関係を結ばれた頃。


 やはり今まで忌み嫌っていた者共と暮らす事に反発した者達が大勢いた。彼らは「反アクマ主義者」と呼ばれている。


 彼らはアクマに友好的な意見を示す本や新聞を広場で燃やしたり、いかにアクマが醜悪な存在であるかを大声で演説したり……時にはテロを起こしアクマを殺す者も現れた。


 反アクマ主義者とそうでない者達の論争は泥沼と化した。


 戦後の混乱で物資も食料も高騰し続けているのだから、アクマを殺して消費者を減らし物価を下げようと説く者が現れたり。


 エアレザで新しく神として奉られた神父フェリスの教えである「平等」という文字を引っ張り出し、アクマとも対等であるべきだと説く者が現れたり。


 結局、時代の流れに晒されて、過激な反アクマ主義者達は鳴りを潜めて今に至る。


 現代では反アクマ主義は歴史の教科書に載っているだけの存在と化し、子供達には「過激で無謀なテロリスト」として認識されている。


 自分ではどうしようもできない事で蔑まれる辛さを十分知っているネクロは更に続ける。


「腹の中で『こいつとは上手く付き合えないな』って思うのは仕方ないけれどさ。それを表に出すなんて面倒な事して何が楽しいのやら。なぁルーゼ?」


 話を振られたルーゼは「う、うーん」と唸った。


 正直言って、ルーゼはこの手の話が苦手だ。


 ナイト家の娘として……まるで精巧に作られた飴細工を扱うように大切に大切に育てられ、魔法の才で優等生として扱われたたルーゼにとって、「差別」やら「軽蔑」やらといった言葉とは疎遠である。


 だが、ひとつ言える事があるとすれば。


「ランドールさんも、その家族の皆さんも、私達みたいな人間も。皆同じ命なのにね」


 己の言葉ながら、あまりの幼稚な言葉にルーゼは赤面する。


「……その通りだな、ルーゼさん」


 さて。とレイは憑き物が取れたような軽やかな表情で。


「じゃあ俺は別の奴にも話聞いてくるから……ネクロ、あまりルーゼさんの邪魔するんじゃないぞ」


 踵を返すレイの言葉に「はーい」と間の抜けた返事をしながら、ネクロは上司の大きな背を見送った。


「ルーゼ」


「なに?」


「だから俺、ルーゼから離れたくないんだよ」


「へっ? ……えっ?」


 何の事か分かっていないらしい彼女の頭をネクロは撫でる。サラサラとした髪の質感がなんとも心地良く口角を上げた。


「じゃあ俺らも訓練再開するか。今度こそ自分の力で10点取ってみな」


「うん! なんだか今日はできる気がする!」


 気合十分。ルーゼはナイトの名が刻まれた銃を再び手に取った。

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