失策

「……やられた」


 ゲッペルスの私室にて。


 ゲッペルスは濃いめに淹れたコーヒーを喉へ流し込み、新聞に目を落とす。



『未知の大型兵器消滅す』


 街を襲った大型兵器が突如消滅した。


 警察関係者によると「それは突然、陽炎のように消滅した」との事。


 現在、警察と魔道兵器の専門家が兵器の種類と原因を調査中である。



 その次の見出しはこのようなものだった。



『アクマの一家惨殺』


 エアレザ西地区にて、アクマの一家が死亡した。


 亡くなったのはランドール(27) エルア(28) エミール(5)の3名。


 現在、警察はこれを殺人事件と見て捜査を進めている。



 大型兵器は陽動作戦の為の囮でしかなかったのだ。


 ランドール暗殺計画の、ただの小さな一手。


(ここまでの暴挙に出るとは。)


 ランドール1人を殺す為に、彼の妻と娘に手をかけたのだ。


 ゲッペルスは義憤を感じていた。


 それと同時に失望する。


 計画を実行した悪魔狩りの面々。


 それを許可したモルゲンレーテの国教神フェリス。


 そして、それを防げなかった自分自身に。


(これが本当の正義だとでも言うつもりか)


 ベッドに腰掛けたマキタが神妙な面持ちで彼の様子を窺っていた。


 ゲッペルスは背後にいるマキタに目を合わせず話し始める。


「悪魔狩りの主要メンバーに仕掛けた盗聴器がいくつか壊されていた」


「全員が盗聴器に気付いたのか?」


「それは分からない。1人だけが気付いた可能性もある」


「そいつが他のメンバーの盗聴器を壊したって事もあり得るか……まぁ、問題はそこじゃねぇ」


 キセルから白い煙を燻らせるマキタは続けた。


「誰が悪魔の一家を殺したか、だろ?」


 「その通りだよマキタ君」とゲッペルスは眉間に深い皺を刻んだ。


 煙草を吸い、ゆっくりと息を吐く。


「……で? やるのかよ、犯人探し」


「勿論だ。このままではあの家族にも、マティウス君にも申し訳が立たないからな」


 だが……とゲッペルスは天を仰ぐ。


「この事件には天使が絡んでいる。奇跡とも呼べる能力を1つ以上持つ者達だ。想像もできないような方法で殺しているに違いない」


 ゲッペルスは頭を片手で抱えた。


「それに……生前、私は刑事として数々の殺人現場を見てきたが……あの方法は、あまりにも非人道的だ」


 ランドールはいわゆるブービートラップで葬られたのだ。


 実行犯がエルアとエミールを殺害した後、幼い少女の口にモルゲンレーテ産のトラップを仕掛けた。


 対象に触れた途端に発動する、無慈悲な仕掛け。


 恐らく、これも世界大戦とやらで使われた兵器の1つなのだろう。


 ランドールならば、死んだ娘に近付き触れるはず。


 父親として当然取るであろう行動を読んでの作戦だった。


 この企ては許されるものではない。


 ……いや、許せないのだ。


   ***


 ゲッペルスには妻と娘がいた。


 妻が娘を産んだ時に亡くなったので、男手ひとつで娘を育てたのだ。


 父親としてできる事は全てやったつもりだった。


 だが、刑事としての仕事とヒーローとしての役目に忙殺され、ゲッペルスは気付かなかったのだ。


 娘が学校で陰湿なイジメを受けていた事に。


 イジメの事を知ったのは、彼女が自宅で首を吊って死んだ後だった。


 ……情けない話だ。


 子ども達を守る事がヒーローの役目であるにも関わらず、1番守るべき子どもを守れなかった。


   ***


(これ以上、子ども達を悲しませる訳にはいかない……そう思っていたのに)


 血が滲むのではないだろうかと思うような力で彼は拳を握り締める。


(私はまた守れなかった)


「……記憶に検閲を掛ける際、酷い精神汚染を引き起こす」


「は? なんの話?」


 マキタは眉を顰めた。


「無闇に検閲を掛けるのは可哀想だと思っていた私がバカだったよ」


「……はぁ」


「すまない、マキタ君。今日はもう帰ってくれないか」


「はぁ? この後どうするかもまだ決まってねぇだろ」


「すまないな……嫌な事を思い出してね。何も考えられそうにないのだよ」


 やれやれ。といった感じでマキタはキセルの吸い殻を捨て、ゲッペルスの背に覆い被さるように抱きしめた。


「……なんだね」


 ゲッペルスは実に面倒そうだ。


「何思い出したんだよ。話せば楽になるかもしれねぇぞ」


「君に話すくらいなら『おはよう』君にでも話す」


「おはよう? あぁ、スワイプんとこの畜生タヌキか」


 俺が名付け親なんだぜ? とマキタは笑う。


 彼の体がロウのように溶け、形を変え、ついにフワフワな体のおはようへと変化する。


「これなら話せるよネ。オハヨになんでも話してごらン」


 ゲッペルスは太ももに擦り寄るおはようを無理やり引き剥がす。


「イヤン♡ イヤンイヤン♡」


 マキタは身を何度もよじりヘンテコな声を上げ続ける。


(名付け親だからか……やけにおはよう君の真似は上手いな)


「なんで君はそんなに私の事を気にかけるのだね」


「うーン……昔の太客に似てるからかナ」


 再び体が溶け、元の姿に戻った。


「ま、無理には聞かねーけどよ……今度はいつ会う?」


 まるで恋人に話しかけるような口調でマキタは尋ねる。


「考えをまとめ次第連絡するよ」


「できるだけ早めにな? アイツらがいつ何をするか分からねぇからな」


「もちろんだ」


   ***


 ヒールの付いたブーツを鳴らしながら、マキタは帰路についていた。


「そこの、待て」


 マキタはとある人物に呼び止められ、振り返る。


「ん……あぁ? 誰だ、おめぇさん」


「頼みたい事がある」


「は? ……客かい? それならどっかの休憩所に……って、なんだ違うのかい? ハハッ、そんな怒るなって」


「会議室まで一緒に来てもらおうか」


「いいぜ、付き合うよ」

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