天使編

オハヨと図書館長

「ねね、ネ」


 不思議な雑貨やら本やらが積み上げられている狭い部屋で、自称クマのぬいぐるみ「おはよう」はある人物に尋ねる。


「お空ってなんで青いノ?」


 その人物は唸った後、立ち上がって本棚を漁る。


 持ってきたのは1冊の本。


 タイトルは『おそらのひみつ』だ。子供向けの図鑑らしい。


 うん? と唸りおはようは小首を傾げる。


「……教えてくれないノ?」


「君が答えを見つけるんだ。私はその手伝いをするだけだよ」


「うーん……?」


 納得したのかしていないのか分からないが、おはようは図鑑をパラパラと捲り始める。


 おはようが本を読んでいる間、彼女も自分のコレクションに目を通していた。


 彼女の名はサンドレア。燃えるような赤いショートヘアに、同色の瞳がキラリと光る。


 男装の麗人といった装いの彼女は、この小さな図書館の館長なのだ。


「わわッ、分かったヨ、サンドレア!」


 おはようは彼女の服を引っ張る。


「おひさまの光なんだっテ。おひさまの光って7色あるんだけド、その中で青色の光が色々な向きで散らばっテ、お空が青く見えるんだっテ!」


「そっか。またひとつお利口さんになったな、おはよう」


 褒められたおはようは目をキラキラ輝かせ、足をジタバタさせて喜ぶ。


「ねぇねェ、お本借りてもいイ?」


「いいぞ」


 彼女の返事を聞いたおはようは本を何冊か集めてくる。


 サンドレアは「じゃ、ここにサインを」と記録簿の空欄を指差した。


「分かっタ!」


 返事は立派だが……悲しいかな。


 おはようの両手は随分と短く、ペンすら持てそうにない。


 おはようは両手を挙げてこう叫ぶ。


「マジックハンド!」


 突如現れた2本の棒を、おはようは双剣のように構えた。


 その先端には人間の手のような物がついている。


 右に構えたマジックハンドでサンドレアからペンを受け取り、空欄に「おはよう」と名前を書く。


「2週間後に返してね」


「はーイ! ありがとネ、サンドレア!」


 おはようは本を抱えて図書館から嬉しそうに去っていった。


 サンドレアはほっと溜息を吐く。


(相変わらず、あの小さな毛むくじゃらと話していると心が落ち着く)


 さて、とサンドレアは図書館の奥にある私室に入り、机に向かう。


 彼女は図書館長として働きながら、各世界を回り経験した事を本にしているのだ。


 今書いているのは、かつて訪れた世界の冒険譚。


 タイトルは「モルゲンレーテ」だ。


(……あぁ、懐かしいなぁ、モルゲンレーテ)


 雄大な大河。


 澄んだ空気。


 それらを全て覆い尽くした汚泥と黒煙。


(あれは最高だった……戦争の愚かさというものを改めて思い知ったよ)


 他人事のように彼女は回想する。


 実際、他人事なのだ。サンドレアにとってモルゲンレーテで起こった事などただの資料の1つでしかない。


「ふふ……ふふふっ」


 ふと、戦争で出会った男の顔を思い出し無邪気に微笑む。


 鬼神の如く戦場を駆け、敵兵を魔法で焼き尽くしたあの男。


「今は……きっと平和に暮らしてるんだろうなぁ」


 昔、トラバーロなる弦楽器の弾き方を教えてやった男。


「元気かなぁ、ランドール」

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