グノーム農場

 東の都市エアレザがあるオスト地方は温暖で農業が盛んだ。


 エアレザの近郊に存在するグノーム農場は、オスト地方でも5本の指に入る程の大農園である。


 ザックが用意した馬車に揺られ、ランドールとマティウスは暇そうに雑談に花を咲かせていた。


「そういえば、最近、エルアさんとエミールはどうしているのだ」


「ん? 2人とも元気だよ?」


「そうか、なら良かった。……2人を大切にしてやれよ」


「? ……当たり前じゃん」


 ランドールはヘラヘラと笑い、首から提げていたロケットの蓋を開く。


 中には古ぼけた写真が入れられていた。


 ランドールとエルアが並んでいる写真だ。エルアは両手で赤子を大事そうに抱えている。


 「幸せ」だ。


 これがランドールにとっての幸せの形だ。


「エミールは幾つになった」


「5歳だよ。来年からアクマ用の学校に通わせる予定」


「そうか……もうそんなに大きくなったか」


「何? 羨ましいの?」


「正直に言うとな」


「なら、君も大切な人を見つけるんだね。……まぁ、ずっと顔を隠してるようじゃ当分無理だと思うけどね?」


「なぬ?」


 マティウスは仮面の下で眉根を寄せた。


「……ねぇ、そろそろ仮面外したら?」


「何言うか。何度も仮面は外せぬと言っているではないか」


「何でそんなに顔を隠そうとするのさ? アクマだし、傷跡を隠す為って訳でもないだろうし……もしかして、顔に自信が無いのかい?」


 いたずらっ子のような嫌な薄ら笑いを浮かべながらランドールは尋ねた。


「詮索しないでもらおうか。さもないと……」


 マティウスは瓶詰めのポーションを1つ皮袋から取り出した。


「これを貴様の口に突っ込む。覚悟は良いな? 私はできてる」


 ランドールはラベルを一瞥いちべつする。


 『毒』


「……あははっ。分かったよ、降参降参。流石に僕も毒には勝てないからね」


 ランドールは両手を軽く上げて降参の意を表した。


「皆さん、牛小屋の前に着きました!」


 ザックから2人を牛小屋の前まで案内するよう命じられていた若い男が、御者席から2人のアクマに声を掛ける。


「うむ、分かった。……行こうかランドール。くれぐれも、私から離れ過ぎるなよ」


「はいはい、分かったよ」


 ランドールとマティウスは馬車から降りた。


 広大な平地にポツンと建てられた牛小屋の前で、数匹の牛が仰臥ぎょうがしている。


 鉄の嫌な臭い。


 「死んでるね」と興味深そうに呟き、ランドールは牛に近付く。


 殆どの牛が腹を引き裂かれ、ポカンと空いた穴から黒い内臓を引き抜かれていた。


「気を付けろ! 何か潜んでいるやも知れぬ!」


 マティウスの警告を聞き流し、ランドールは1匹の牛の前でしゃがんだ。


 躊躇無く素手で牛の腸を摘み上げる。


「食べられた形跡が無い。ソルダードの仕業で間違いないだろうね」


 ソルダードは食料を必要としない。ただ周りの生命を殺す事だけが目的なのだ。


「……うわぁぁぁぁぁっ!」


 牛小屋の陰から現れたの姿を見た御者が、ただただ戦慄し叫んだ。


 彼の視線の先にあったのは、恐ろしいモンスターだったーー

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