純白の悪魔とトカゲもどき

 観光都市としても有名なエアレザは、雰囲気を守るよう昔ながらの建物が多い。


 かつて起きた世界大戦から人々を守る為に造られた堅牢な石壁から一歩出ると、観光都市らしからぬ殺風景な景色が広がっている。モンスターによる襲撃が度々起こっている為だ。


 辻馬車を拾ったランドールは「フェリスの湖へ」とだけ御者に伝えた。


 フェリスの湖とは、世界大戦時に事故で亡くなった高名な神父フェリスが沐浴をしたとされる小さな湖だ。


 アイデクセマン討伐の依頼を出した者は湖の管理者。モンスターが神聖な場所に居座るようになり、敬虔な信徒の安全が脅かされているとの事だ。


「……くだんないの」


 馬車の中で頬杖を付き、車窓を眺めながらランドールは呟いた。


 彼はこの世界では珍しい無神論者である。


 子供の頃、何度神様に祈っても一度も願いを叶えてくれなかったからだ。


 神に祈るより自ら行動した方がよっぽど良い。


 神に祈るような心の純粋な者は、世の無情さに心を引き裂かれ、やがて死に至る。


 『優しい奴から死んでゆく』


 ランドールの持論だ。


   ***


 しばらくして、馬車が目的地に着いた。


「ありがとう。少し離れた所で待っていてくれるかな? すぐ終わるよ」


 ランドールからチップを貰った御者は、手綱を握り締めゆっくりと馬車を走らせる。


「さて、と」


 ランドールはフェリスの湖を軽く観察する。


 湖の水面には一切波が立たず、白群びゃくぐんの空を鏡のように映し出す。


 ランドールはバッグから筒状の魔道具を取り出した。魔道具とはその名の通り、魔法の力を利用して機能する道具の事。


 地面に設置し魔力を注ぎ込むと、白い煙が立ち上り肉の良い匂いが漂い始めた。


 モンスターが好む匂いを発生させるこの魔道具は、黒い仮面の3人目のメンバーによって作り出された物だ。


 匂いに誘われ茂みや湖の中からアイデクセマンがぞろぞろと現れる。


 背丈はおよそ2メートル。背高なランドールより少し高いくらいだ。


 極彩色の鱗で覆われた体は、剣などの斬りつける事を目的とした武器による攻撃を一切受け付けない。



 獲物が、来た。



 獣共が白い牙を覗かせる。


 四方を囲まれたランドール。


 彼の表情から不安や焦りといった感情は一切感じられない。


「『シューヴェルト』」


 詠唱と共に、紫の光を帯びた5本の剣が現れ彼の周りを浮遊する。


 先程述べた通り、アイデクセマンには剣による攻撃が一切効かない。


 だが、魔法で作り出した剣ならば話は別だ。魔力の前では強固な鱗も意味を成さない。


「……マティウスにやって貰った方が早いんだけどなぁ」


 と大義そうに呟きながら、家族の為に他の命を犠牲にする。


 魔法の剣がくるくると回りモンスターの群れに襲い掛かった。


 紫の残像が、奴らの鋼鉄のような鱗を切断し中の柔らかい肉を斬る。


 何度も、何度も。


 もう二度と立ちはだかる事の無いように。


 何度も、何度も。


 確実に奴らの命を奪おうとする。


「ガァァァァァァァァァァ!!」


 呪いのような咆哮を上げ、信者の聖地とも呼べるフェリスの湖を赤く染める。


 仲間が次々と殺される中、1匹の蛮勇がランドールに飛び掛かった。


 爪を立てろ。


 牙を剥き出せ。


 奴の貧弱な喉元を掻っ切ってやる。


 ランドールは咄嗟に背負った2振りの剣を鞘から抜き、モンスターの爪を受け止める。


「……仲間想いなんだね? だけどね……!」


 アイデクセマンの爪が切り落とされた。


 モンスター退治如きで死ぬ訳にはいかない。


 家族が待っているのだから。


「だけどね! 自分の命を投げ出す程の価値が、君の仲間にあるのかい? 『シューヴェルト』ッ!」


 空から2本の剣が現れ、勇者の脳天を貫いた。


「これで終わりかな? ……あぁ、もう今日は帰ろうかな。エルアに会いたい……」


  ランドールは踵を返し、馬車を呼びに行った。

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