黒い仮面の3人目

モンスター対策課で管理している馬に乗り、レイは颯爽と街を駆ける。


 やがてモンスター討伐屋「黒い仮面」の前に着いたレイは、適当な場所に馬を繋いで古い扉を開く。


 ドアベルの心地よい音とドアが軋む嫌な音が、同時に客人を迎え入れた。


「いらっしゃ……レイさんか」


 レイを迎えたのは、黒い仮面3人目のメンバーであるロウリーという少年。


 宝石のような瑠璃の瞳に紺のサラサラとした髪がなびく。


 部屋の隅にじっと腰掛けていれば人形と見紛うほど、彼は顔立ちも身体つきも整っている。


 学校の制服を身に纏った彼は、客人用のソファから腰を上げた。


 右耳の赤いピアスが斜陽に照らされ輝く。


「久しぶりですね、ロウリーさん」


 レイは丁寧な口調で話す。


 ロウリーの見た目は15、6くらいなのだが、アクマであるが故にレイよりも遥かに年上なのだ。


「うん、久しぶり……だな」


 どこか警戒したような表情は相変わらずだ。


 彼はあまり自分の事を知られたく無いらしい。


 レイは彼と10年以上も付き合っているのに、彼の事をあまり知らないのだ。


「あの、マティウスさんは?」


 レイは恐る恐る尋ねた。


「ランドールと一緒にモンスター討伐に行ってる」


 ほっと心中で胸を撫で下ろす。


 あのアクマがいたならば……


『何言うか。それくらい自分達で調べられぬのかバカ者が』


『我々に力を貸して欲しいと言うことは……分かっておるな? 1人につき20万フェリス用意するのだ。値切りは許さぬ』


『どうせ暇なのであろ? 討伐を手伝っていけ。バイト代? そんなもの誰が払うか』


 などなど、様々な暴言を一身に受ける事となるだろう。


「あの……何か、用?」


 ロウリーは首を少しだけ傾げた。


「あぁ、そうだそうだ。この写真を見て欲しいんですが」


 とレイは謎の兵器が写った写真を懐から取り出しロウリーに差し出す。


「このモンスターが街に近付いているみたいなんですが、正体が分からないんです。黒い仮面の皆さんなら、何か分かるのではないかと思って相談しに来ました」


 ロウリーは写真に目を通す。


(何だ、コイツ……?)


 このモンスターは見た事が無い。


 ロウリーはモンスターに関しては……特に、世界大戦時に生まれたモンスターに関しては誰よりも詳しいと自負している。


 それなのに……何故、こいつには見覚えが無いんだ?


 まさか、新たな大型兵器を造り出す酔狂な者などいないだろう。



 何かを……忘れている?



「……悪い。こっちで調べとくから写真預かっても良いか?」


 レイは生唾を呑み込み、ロウリーに写真を手渡す。


(まさか、長年生き続けているロウリーさんまで知らないなんて……一体、どうすりゃいいんだ……?)


 胃がキリキリと痛む。


 心中を察したのか、ロウリーはレイにこう声をかける。


「ごめんな、ちゃんと調べとくから……でも、1つだけ。この手の大型兵器は、街を破壊する事を目的として造られている。やがてコイツもエアレザに向かって来る……コイツがいつ街周辺に来ても大丈夫なように警戒しておけ」


「っ、もちろんです」


「緊急討伐の時はオレも加わる。いつでも駆けつけるよ」


 ロウリーは黒い仮面の誰よりもモンスター討伐に熱心である。


 頼もしい言葉を聞き、レイは大きく頷いた。


   ***


 写真を手にロウリーが向かったのは、エアレザ図書館。


 モンスターに関する書籍を片っ端から手に取り、写真のモンスターと同じ奴がいないか探す。


 ……恐らく奴は、世界大戦時に生まれたモンスターだろう。


 街の破壊を目的として造られた大型兵器と見て間違いない。


「……? ……!」


 所々から吐き出されているのは蒸気だろうか? 


 奴はコアではなく、蒸気で動くモンスターなのだろうか?


「……ないのか? おーい……」


 分からない事だらけだ。


 隅から隅まで探すしか無い。


「ロウリーってば、ロウリー!」


 呼びかけられている事にようやく気付き、ロウリーは「うわっ!」と声を上げ椅子を蹴るように立ち上がる。


「歴史関連の書籍か? ようやく勉強する気になったか?」


 読んでいた本を勝手に覗き込み、感心したように笑う無粋な男。


 一房だけスカーレットの毛束がある黒髪。


 丸い銀縁メガネの奥で、ルビーの瞳が知的に光った。


 ワイシャツにカッチリとしたベスト、スラックスを合わせた、本心からファッションが好きだという事が伝わる装いの男。


「ガゼル……先生」


 彼は、ロウリーが通う学校で歴史と魔法学を教える先生だ。


 しかも、彼は唯一のランドールの友人。


「なんでここにいるんだよ……!」


 ロウリーは面倒そうに顔を歪めた。


「先生も勉強するんですぅー。次回以降の授業の為に、どうしても読みたい本があってさぁ……学校にも無かったから部活抜け出して来ちゃった♡」


 なんでこの男だけランドールと仲が良いんだ。


 教師と生徒という関係からガゼルを見ていたロウリーは、疑問に思っていた。


 性格は合わなさそうなのに、何故かガゼルだけランドールと上手く付き合えているのだ。


「あっそ……」


 陽気な先生に呆れながらロウリーは返事をする。


「しかし嬉しいなぁ。ようやくお前も歴史を勉強する気になったか? お前、何故か歴史だけいつもテストの点数悪いもんなぁ?」


「ちげぇよ。歴史なんて興味無い。過去の事勉強したって何かの役に立つってのか?」


 レイと接していた時とは打って変わり、ロウリーは不良のような口ぶりで話す。


 これが彼本来の姿なのだろう。


「もちろん。過去を振り返る事で、未来をより良くできるんだ。歴史はさ、何かやらかした人間を見て、自分はこうならないようにしようって学問なんだからさ」


「へぇ、ね」


 歴史の授業では、もちろん「2人の英雄」という単語も出てくる。


 2人の英雄のうち1人はランドールだという事は、ガゼルとロウリーの共通の秘密だ。


 ガゼルは「まぁ、やらかしてくれたからな、アイツも」と咳払いをした。



「でもさ……そのおかげで俺ら、堂々とここに居られるんだぜ」



 長年、悪魔と呼ばれ追われていた男の言葉は、鉛のように重い。


「まぁ、そんな事今はどうでも良いんだ」


 空気を変える為か、ガゼルは再び飄々とした笑みを浮かべる。


「今大事なのはさ、ロウリーが遂に歴史を勉強してくれてるって事だ」


「だから違うって……知らないモンスターについて調べてただけ」


「ふーん……仕事熱心なのな。でもお前、マティウスからも言われてるだろうけど、学生なんだぜ?」


「だけどーー」


 ロウリーは自らの意思で学校に入学したのでは無い。


 マティウスが「いつか体ではなく頭を動かす仕事が増えるだろう。その時の為に勉強しろ」と言い、勝手に入学届を出したのだ。


「あーあー! 反論はナシ! 確かに、魔法が使えないお前の為に、マティウスが人間用の学校を選んだらしいからな。友達との年代もだいぶ違うから、つまらない事も多いだろう。だけどな……」


 ガゼルはロウリーの頭にポンと手を乗せた。


「今はしっかり学べよ。身に付けた知識は一生の武器になるからな」


 「やめろ触んな」とロウリーはガゼルの手を払いのける。


「悪かった、悪かったよ」


 ガゼルは壁時計を一瞥した。


「じゃ、そろそろ帰らないと部活の生徒に文句言われるから。……そうだ、お前も入れよ、ファッション同好会。皆で好きな服について話したり、実際に学校に持ち込んでファッションショーしたり……お前、モデルになれ」


「服オタクは揃いも揃って厄介だからヤダ」


「ッハハ! 違いないや!」


 じゃーねー。とガゼルはその場から立ち去る。


「あぁ、もう……集中しないと」


 ロリータは再び本に目を落とした。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る