第37話 お土産買ってくるよ

               41


 文化祭の代休で月曜日と火曜日が休みになった。


 昨年同様、俺はヤマメの産卵を手伝い代休二日目には保育園に展示用の水槽を設置した。


 昨年の俺の行動から、そろそろだと睨んでいた此花に捕まり水曜日から此花との保育園通いが再び始まった。ヤマメの卵が孵化するまでは毎日、孵化して以降は月水金に公園を通り抜けて此花宅に荷物を置いてから保育園に一緒に行く。


 帰りのホームルームの長さは担任教師の性格次第だ。


 てきぱき早く終わらせる教師もいれば、だらだら段取りが悪い教師もいる。


 たった数分の違いではあるが基本的に三組は一組よりもホームルームの終わる時間が遅かった。逆であれば此花を待たずに先に保育園へ向かうところだが自転車置き場で此花に待ち受けられてしまっては逃れられない。


 保育園に着くと、たんぽぽ組の園児たちが、やたらと寄って来る。彼らにとっての遠足の日以降、俺はすっかり本当の先生扱いだ。放流イベントでいきりすぎた。


 園児たちは、どうも放流した魚の名前ではなく俺の苗字が『ヤマメ』であると思っている節がある。


 山田さんみたいなものか。


 そういえば園児たちに自分の名前を名乗った覚えがなかった。


 面白かったので、あえて否定はしない。いつか気付く日が来るだろうか?


 さすがに琴音ちゃんは俺の名前をわかってくれているだろう。


 二年目なので俺の水槽管理も手慣れたものだ。


 特に事故なくヤマメは順調に孵化をした。


 学校行事としては十一月に入るとすぐに修学旅行だ。


 行き先は某夢の国。


 某夢の国だけではなく他にも浅草であるとか東京都内の様々な名所を回る予定だ。もちろん某夢の国は東京都内ではないのだが。


 すでに何度も担任教師からの確認を受けていたが最後の最後の確認として、本当に修学旅行に行かないで良いのか、気は変わっていないか確認された。


 もちろん変わっていないと俺は答えた。


 良いとか悪いという話をしているのではない。経済的な事情だと言ったはずだ。


 本当は班編成上の都合だけれど。一緒に行動をしたい友達なんて四月時に俺にいるわけがないだろう。今だっていない。他人が俺を友達と思っているかなんてなぜわかる?


 同じ話題が此花からも出た。


「本当に修学旅行行かないの?」


「行かないよ。ネズミの耳が似合うとは思えないんだ」


 此花は笑わなかった。


「じゃあ、お土産買ってくるよ。何がいい?」


 少し考えてから俺は答えた。


「何もいらないかな。ここに来る前まで東京に住んでたからさ。家族で何度か行ったことあるんだ。浅草寺とかスカイツリーとか他の予定地にも行っている。だから、お土産はいいかな。その分、琴音ちゃんに大きなぬいぐるみでも買ってあげて」


「わかった。そうする」


 此花は寂しそうな顔だった。


 どこに寂しさ要素があっただろうか?


 修学旅行先で一緒に行動するわけじゃないから俺が行こうと行くまいと関係はないだろう。


 俺が、お土産を選ばなかったこと?


 買って来ないで良いと先に分かったのだから悩まずに済んで、むしろ気楽になる話だ。


 寂しさの理由がよくわからない。


 結局、此花は、そう・・したようだった。


 修学旅行後に保育園で琴音ちゃんに会った時、こんなに大きいぬいぐるみをお姉ちゃんにもらったの、と手を大きく広げて自慢された。


 ちなみに修学旅行期間中の琴音ちゃんは延長保育だ。十九時まで保育時間を延長して会社帰りにお母さんがお迎えに行っていたらしい。


 いい子で待っていれば此花がお土産を買って来る約束になっていたそうだ。いい子でなくてもお土産を買ってきたに決まっているけれど。俺も少しはぬいぐるみのサイズアップに貢献できただろうか。


 クリスマスも正月三が日もなく年末年始の俺は安定のヤマメ焼き職人だった。


 保育園に展示していたヤマメの生育も順調。


 昨年同様、二月上旬までの展示期間を無事に終えてバレンタインデーがある前の週の土曜日に水槽を回収した。此花との保育園通いも終了だ。


 昨年は此花と同じクラスであったから此花とは他にも接点があったが今年はクラスが別であるため接点はない。


 此花が俺に変な義理・・を感じてしまう要素は何もないはずだ。


 クラスが違うので間違えて義理チョコ配布中の場面に紛れ込んでしまう心配もない。


 お互いに気まずい思いはしなくても済むだろう。此花に余計な気を使わせずに済む。


 それでも、もし気を使われてしまって自転車置き場に先回りをされて義理チョコを渡されたらどうしよう?


 普通に考えれば、そんな義理はないからお気遣いなくと受け取らなければいいのだけれども、わざわざ足まで運ばれてしまったら申し訳ない。


 その場合は、素直にありがとうと受け取っておいてから、気持ちだけもらってチョコレートは琴音ちゃんにプレゼントとして渡せばいいか、それなら此花に損はない。


 幸い、此花が自転車置き場で待っているなどというイベントはなく、俺の心配は杞憂で済んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る