第31話 この話はこれっきりで

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 手を上げた俺を見た担任の女教師が一瞬面倒臭そうな顔をしたところを俺は見逃さなかった。


 俺たちの関係性は担任と生徒だ。家族でも友達でもない。担任にとって俺の相手をするという行為は、ただの仕事でしかない以上、ボッチへの対応を面倒臭がっても彼女に罪はないだろう。誰だって仕事は楽なほうがいい。


 黒板には六つのブロックに分かれて名前の塊が書かれていた。


 少ない班は五人、多い班は七人だ。


 五人の班が二つある。


「田中くんと新井くん」


 担任教師は五人組班の二人のリーダーの名前を呼んだ。


「どちらかの班に相羽くんを入れてあげてもらえないかしら?」


 何目線の発言と呼ぶべきだろうか?


 入れてあげる・・・


 担任教師は俺の意向はさておいて、手っ取り早く厄介ごとを片付けようとしたようだ。


 場をしのぐ方法として人数に空きがある適当な班に声をかけてとりあえず混ぜてもらうという手は、もちろん俺も考えた。


 とはいえ、俺の側はそれで問題が解決できるからいいとしても声をかけられた側にとっては俺の加入は迷惑以外の何者でもないだろう。負債を抱えるようなものだ。


 一緒に行動をしたい友達同士で班を組んでいたはずなのに急に話をしたこともない部外者が入って来るのだ。楽しさ半減である。持ち上げてから落すような仕打ちだった。


 俺が混ぜてと声をかけても、友達じゃないから嫌だと拒絶してくれるならば問題はない。


 けれども実際のところ、この状況で混ぜてと言われて拒絶できる人間は少ないだろう。


 ましてや担任教師に言われてしまってはなおさら断れない。


 修学旅行本番では俺は単独行動をするからとりあえず名前だけ入れておいて、という言い方もあるが、それも言いづらい。


 班員全員で行動をしなければならない場面がどうしてもあるからだ。その場に俺がいてしまっては余計な気を使い、せっかく友達同士で行動するはずだった彼らの修学旅行が台無しだろう。


 そう考えるとアリバイ作り的に名前だけ俺も入れておいて、というお願いもできない。


 そう考えたからこそ俺はどこの班にも混ぜてほしいという声をかけなかったのだ。


 仮にクラス替えがなくクラスメイトが一年次のクラスのままだったとしても俺の対応は同じだっただろう。


 此花にも笹本にも誰にも同じ班に入れてくれとは言わずに一人を選んだ。


 親しくもない相手が友達しかいない輪の中に入って来るのは余計な気を使うだけなので誰だって嫌なはずだ。楽しくなくなる。


 俺から混ぜてとお願いするのではなく、例えば笹本から逆に班に入らないかと誘われたとした場合はどうしただろう?


 その場合は素直に、ありがとう、と入ったかも知れない。


 違うな。


 笹本が俺に気を使って本心ではあまり誘いたくないにも関わらずクラスの中では比較的俺との縁があるほうなので他に引き取り手がないだろう俺に仕方なく声をかけている、という可能性を考えて断るだろう。笹本には俺に命を助けられた引け目があるはずだ。


「ありがとう。でも、大丈夫」


 きっと俺はそう答えた。


 もし義務的に声をかけてくれていたとしたら申し訳なさすぎる。


 ところで、担任教師に話を振られて、あからさまに困った顔をしている田中と新井は、この現実をどのように解決するつもりだろう? 彼らの班員がリーダーの判断に注目していた。


 まさか二人でジャンケンをして、負けた・・・ほうの班で俺を受け入れるとか言い出さないよな?


 若しくは教師が、そう誘導するとか。


 そんな切ない思いをさせられる前に俺は動いた。


 担任教師が一緒に行動をしたい友達同士・・・・・・・・・・・・・で班をつくれなんて言いだすまでは、俺も少しは修学旅行に対して興味を持っていたんだけどな。


「先生」と俺は担任教師に声をかけた。


「後で話すつもりでしたが経済的な理由から俺は修学旅行を欠席します」


 担任教師は、ぽかんとした顔をした。


「俺の家庭の事情については把握されていますよね?」


 俺は女教師に確認した。


 昨年度、俺と同じクラスであった何人かの生徒たちは、ああ、と事情を分かったような顔だ。


「もちろん事情は承知しているけれども修学旅行よ。何とか行けないの?」


「せっかく許可をとってやっているバイトの稼ぎが修学旅行なんか行ったら全部飛んじゃいます。行かないと卒業に支障がありますか? 出席日数が不足するとか?」


「それはないけれど。あまりそういう輪を乱す我儘は認めたくないわね。修学旅行も授業の一環よ。遊びじゃないわ」


 我儘ときた。貧乏人の存在を根幹から否定する言葉だ。


 授業の一環だったら友達同士を前提とした班編成はおかしいだろう。遊びならわかる。


「ネズミの耳の被り物は遊びでしょう」


 担任は沈黙した。自分でも本当は俺と同意見なのだろう。修学旅行なんか遊びに決まっている。授業の一環でなどあるわけがない。


「そういうわけなので旅行費の積み立ても行いませんがご了承ください。後で返金してもらうのも手間でしょうし何かの手違いで、そのまま出席扱いになっても困りますから」


「今決めなくてもいいんじゃないかしら。もう一度保護者の方と相談してみて」


「年金暮らしの爺さん婆さんに俺の遊びに何十万円もの負担なんかさせられません」


 組合長である祖父には漁協からの収入もあるのだがそこまでは口にはしない。


 仮に収入がいくらあったところで某夢の国行きは遊びに違いない。


「そこまで言うのなら残念だけれども仕方ないわね。でも、もし行ける様になった場合はすぐに言ってちょうだい。積み立てをしていなくても一括払いでも大丈夫だから」


「ありがとうございます。でもそうなると、また班編成の話を蒸し返さないといけないので、この話はこれっきりで」


 ファイナルアンサーだ。


 俺と教師のやりとりを聞いているだけだった田中と新井が、ほっとしたような顔をした。


「わかりました」


 担任教師が俺を見る目には棘があった。恐らく俺は面倒臭い奴だと思われたのだろう。


 クラスの輪を乱されたのが嫌なのかも知れないし生徒が担任の言葉に従わなかったのが彼女は気に入らないのかも知れない。


 もしかしたら生徒の指導もできない教師として査定に響くのか?


 そうだとしても教師が生徒を見る際にしていい目ではなかったと思う。

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