第8話 もう二度と会話をする機会もないだろう
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突然の悲報を受けての帰宅以来、俺は学校を休んでいた。
そのため中学校の卒業式当日は何日ぶりかの登校であり、かつ最後の登校日になった。
ほぼ大半が小学生からの繰り上がりで顔見知りである同学年の生徒たちは俺に気を使ったのか誰も話しかけてはこなかった。もし逆の立場なら俺も相手に何と声をかければ良いのかまるで分からないので正しい対応だ。
俺のほうからも、話しかけるな、というオーラを周囲に放っていただろう。
興味の多少はともかく俺の両親が事故で亡くなった話は多分同学年の全員が知っている。
事故現場には何とかいう名前のテレビで有名なレポーターも中継に来たらしい。すぐ消してしまったが俺もテレビで少し見かけた。
母方の祖父母は親族会議を行うまでもなく俺を引き取るつもりであったらしく俺が担任と駆けつけた病院で呆然としていた間に担任に俺の進路の相談をしてくれていた。
結論として俺の一年を無駄にしないためには祖父母の家から通える私立高校にうまく入り込むしかないだろうと相手先に中学校から接触して交渉してくれる段取りが、その時点から実は動いていた。
お陰様で最終的な手続きこそまだ行っていなかったが俺の私立
もっとも誰とも会話をしないのだから俺はその事実を学生の誰にも伝えなかった。
もし俺が予定していた高校に通うのであれば同学年の生徒の何人かとは四月以降も顔を合わせる。
別の高校に通う相手であっても地元から同じ駅を利用して通う者であれば顔を合わせる機会はいくらでもあるだろう。
いつの日か開催されるのかは分からないが俺は個人的に同窓会というイベントに興味はないので将来出席するつもりはなかった。
だから、大半の同学年の生徒と会うのは卒業式の日が最後になる。
少なくとも俺のほうから卒業後に相手に連絡をとることはないだろう。
卒業式は無事つつがなく終了した。
数日前に散々涙を流していたためもあってか式典でも教室でも俺は特に泣かなかった。
中学校生活最後のホームルームが終わった。
クラスメイトたちが担任に一斉に追い出される。
俺には休んでいたために持ち帰り損ねていた荷物がいくつかあったので、荷物をまとめてから俺は担任と二言三言、言葉を交わして一番最後に教室を出た。
式典には俺の保護者として上京してきた母方の祖父母が出席していたはずだが先にこちらの俺の家に帰っているはずだ。
俺が家に帰ったら当面必要な荷物だけまとめて祖父母と暮らす家へ引っ越す予定だった。
まだ、校庭の所々に集まって話をしていたり写真を撮っている生徒と親たちの姿がある。
もちろん生徒たちは見知った顔だ。
俺は誰にも近寄らずに校門を通り抜けた。
校門に立てかけられている卒業式と書かれた看板の前で家族連れが写真を撮ろうとしていた。恐らく両親と娘だ。
事故の話は知っているが俺の顔は知らないのだろう娘の父親が俺を呼び留めてスマホのシャッターを押してくれないかと声をかけてきた。
娘はA子ちゃんだった。
「あ」と、自分の父親が俺に声をかけてしまった事実にびっくりしたA子ちゃんと母親が俺に恐縮した様子を見せた。母親も俺の顔を知っていたのだろう。
父親は後で妻子から怒られるに違いない。そんな理不尽な。
俺は母娘の態度には気付かない振りをして素知らぬ顔で父親からスマホを受け取ると親子三人と看板をうまくフレームに納めてシャッターを押した。
スマホの画面をA子ちゃんに見せて確認してもらう。OKとのこと。
「相羽くんは?」
写真を撮らないのかという意味だろう、遠慮がちにA子ちゃんが俺に訊ねた。
「スマホがないんだ」
本当は公立高校の合格祝いにスマホは買ってもらっていた。鞄の中に今も持っている。
だからといって俺一人で校門の前に立つ写真なんか取ったって仕方がないだろう。将来見返して一番喜ぶはずの両親が見る機会は永遠にない。
「じゃ、あたしが撮って後で送るよ」
A子ちゃんは疎遠になる友達にすぐ渡せるよう事前に準備をしていたのか折り畳まれた小さな紙をやや強引に俺の手に握らせた。
数字とアルファベットが書かれている。メッセージアプリのIDらしい。
「これあたしのID、スマホ手に入れたら連絡して」
俺はメモを制服の内ポケットにしまった。
地面に荷物を置き一人で看板の横に立ってA子ちゃんのスマホで写真を撮られた。
その後、母親の熱心な勧めでA子ちゃんとのツーショットを、やはりA子ちゃんのスマホで父親から撮影された。
「ありがとうございます」
俺はA子ちゃんの父親に頭を下げた。
俺との会話にも慣れたのかA子ちゃんが、いつもの小悪魔みたいな表情でにやりと笑った。昔からこの顔を見せられるたびに俺は、大人になったらきっと凄い美人になるだろうなと勝手に思っていた。大人になった彼女の顔を見る機会は多分ないだろうけど。
「制服のボタン全部ついてるじゃん。せっかくだから記念に第二ボタンちょうだいよ」
学生服の第二ボタンは心臓に一番近い位置ということもあって誰かに渡すという行為は相手に自分の
自分で口に出しておきながらA子ちゃんは、ちょっと顔が赤かった。恥ずかしいなら、そんな社交辞令言わなきゃいいのに。お気遣いありがとう。
「せっかくだけどこれからお墓に卒業報告に行くんだ。ちゃんとした格好を見せたいから」
せっかくだからぐらいの軽い気持ちに応えてボタンを渡して両親にだらしない姿を見せたくはなかった。
「そうなんだ」
A子ちゃんは、少しがっかりしたような顔を見せた。
「絶対連絡してね」と手にしたスマホを軽く振った。
「うん。じゃあまた」
俺は社交辞令を返した。
A子ちゃんの家族と別れて一人で家に帰る。「また」っていつだろう?
仮に俺が通う高校が予定通りであったとしても、もともとA子ちゃんとは別の高校だ。その時点で縁なんかない。
いや、ずっと前から縁は切れていた。
引っ越しをしたら、もう二度と会話をする機会もないだろう。
もちろん俺は既に持っていたスマホから後日、彼女に自分のIDを連絡はしなかった。
そういえば、あのメモはどうしただろう?
まだ、制服のポケットかな?
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