第7話 あっちはフィクションだ

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 今年の三月十日に俺の両親が亡くなった。まだ、ほんの二か月前だ。


 父親が車の運転席に座り母親が助手席に座っていた。


 会社は違うが二人とも正社員であり共働きであったが二人は偶に示し合わせて同じ日に年休を取る程度には仲が良かった。


 交差点で信号待ちをしているところに背後から飲酒の上に居眠りを重ねた男の運転する十トントラックが突っ込んだ。


 現場にブレーキの跡はなかったらしい。


 トラックは我が家の軽自動車に乗り上げ両親は屋根ごと潰されて即死だった。


 運転手は軽傷。


 俺は一報を教室で若い男の担任教師に聞かされた。


 中学校の卒業式は三月十五日だったから、もう授業らしき授業は何もない。


 時間つぶしみたいなホームルームと卒業式の予行練習と準備があるだけだった。


 そのまま担任の車に乗せられて俺は病院に駆け付けた。


 その後のことをあまりよくは覚えていないが担任の顔色が真っ白であったことだけはよく覚えている。担任は俺に『御両親が事故に遭った』という言い方をして詳しい話はそれ以上何も言わなかったが実際は即死事故であったと既に聞いていたのだろう。


 病院についたが俺は両親の遺体と会わせてはもらえなかった。


 とても中学生に見せられるような状態ではないそうだ。


 俺は両親と俺の三人暮らしだった。一人っ子なので兄弟姉妹はいない。


 俺、両方の祖父母、父親の兄弟といったごくごく身内だけで家族葬を営んだ。

母親にも兄弟姉妹はいない。一人娘だ。


 その後、親族会議が開かれた。


 具体的な議題は、今後、俺がどこに住むかだ。


 押し付け合いとか財産目当てとか、そういった陰湿なやりとりはまったくなかった。


 我が家は両親の共有名義の持ち家だ。


 交通事故の保険金も出るはずだった。


 だから俺は、そのまま一人で住み続けることも可能だ。


 問題は一人暮らしであるという点だけだった。


 ラノベやマンガの主人公の場合、高校生なのに、なぜか一人暮らしをしている環境が多い。仕事で親だけ世界中を飛び回っていて偶にしか戻らないとか何だそれ。


 どころか、マンションの隣の部屋にやはり一人暮らしのヒロインが引っ越してきて、お互いの家を行き来したりしてしまう。


 そりゃ、物語的には今後の展開を都合よく進めるためには家に親がいないほうがいいだろう。


 とはいえ、あっちはフィクションだ。


 現実として高校生の一人暮らしは、あまり好ましいとは考えられない。


 俺自身、高校にも行かずに働くつもりもない。せめて大学までは出ておきたかった。


 大学生であれば家を出て一人暮らしをしたとしても普通だろう。


 そのまま卒業後も家に戻らず職場に合わせて別の場所に住むようになっても不思議ではない。


 けれども、せめて高校生の間は保護者との同居が望ましいという判断を大抵の大人はするに違いない。年寄りであるほど尚更だろう。


 さらに、公立高校の場合は、大概、保護者と学生本人の同居が必須という規則があった。


 学校に寮があるなど例外的な場合もあったが俺が予定している学校にはあてはまらない。


 母方の祖父母にとって俺は初孫だった。


 母には兄弟姉妹がいないため唯一の孫でもある。俺を一人で放置する選択肢は母方の祖父母にはないらしい。


 親族会議の場で、せめて大学に入るまでは同居するよう母方の祖父母から強く説得された。他の出席者たちも同意見だ。


 母方の祖父母の家には小学生時代は夏休みなどの長期の休みの間、一人で一か月近く泊まりに行っていた経験もあるので俺個人としても抵抗はない。


 そのような流れになった。


 問題は高校だ。


 俺は都内でも有数の公立進学校に合格していたが仮に親族会議出席者の誰と同居した場合でも合格した高校への同居先からの通学は不可能だった。


 どの家も東京ではなく他県にあるため通いきれない。


 もともと合格した高校に対して特にこだわりとか愛着があるわけでは全くない。


 俺の成績で受かる可能性が高い公立高校で一番偏差値が高い高校であったというだけだ。


 高校が変わること自体はどうでもいい。


 他県に行くから一緒に通う同じ中学校の出身者はいなくなるが、そこもあまり興味はなかった。そもそも最初から物凄くは仲良くない。こちらは仲が良いつもりでいたとしても実際は嫌われている可能性は常にある。最初から仲が良くないと考えておけば間違いない。


 問題なのは残念ながら母方の祖父母の家から通える適当な公立高校に受験しなおそうにも時期的に既に不可能なことだった。


 当初予定していた高校に一旦入学後、公立高校同士での転校の手続きをあらためて取って祖父母の家から通える他県の公立高校に転校という細い道も、理屈の上では存在するが非現実的らしい。


 結局、一年間、高校浪人する形と変わらなかった。そのあたり、公立は融通が利かない。


 となると、私立高校が選択肢になる。


 結論から言うと俺の母校の中学校が頑張ってくれた。


 母方の祖父母の家から通える範囲内の私立高校に軒並み俺が推薦入学で入れないか事故の事情を話して交渉をしてくれたのだ。


 学校推薦枠として入試を免除して合格扱いにしても良いという学校がいくつかあった。


 ただし、私立高校に通う場合の一番のネックは、やはり金銭である。公立高校よりも卒業までにかかる金額が圧倒的に高い。


 俺の場合、両親が亡くなったために今後は親の収入が全くなかった。


 祖父母の世話になる部分はもちろんあるにしても、あまり負担はかけたくない。アルバイトで補填しながら保険金を含めて親の貯金を切り崩していくしかないという心づもりだ。


 中学校がさらに頑張ってくれて、できれば特待生として受け入れてもらえないかという交渉までしてくれた。


 どこの私立高校でも自分の学校の評価を上げてくれる優秀な学生の入学を希望していた。


 スポーツの例が多いが進学校でも大学への進学率の高さや有名大学への合格実績という格付けのため成績が優秀な学生を特待生として確保する場合がある。


 幸い、俺には都内でも有数の公立進学校に合格した実績があった。言っては何だが交渉先のどの私立高校よりも偏差値は俺が行くつもりであった公立進学校のほうが高い。


 それだけではなく俺の中学校での成績やこれまでの模試の結果などを示して母校は相手と交渉をしてくれた。


 有難いことに一校が受けてくれた。


 とりあえず一学年に限っては特待生として入学金、授業料他を免除。二学年以降は一学年時の成績を見てあらためて判断されることになった。


 結論として俺は下手な成績を取るわけにはいかなくなった。


 母方の祖父母の家から自転車で片道約四十分。


 俺は私立青嶺せいれい学園高校に入学することになった。


 というのが、俺の家庭の事情だ。

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