第9話 そんなことよりチャイムなる前にトイレ行かせて

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 此花の猫を見つけた翌日、俺が教室に入ると此花が寄って来た。


「おはよう」と言うので「おはよう」と返事をした。


 すぐトイレに行こうとしたら、それより早く別の女子にも近づかれた。


「あんたら昨日二人で帰ってたよね、付き合ってんの?」


 名前は知らない。クラスメイトの女子だった。此花のことを「たかねー」と呼んでいる子だ。


「いや全然」と俺は秒で否定した。ポーカーフェイスは保てていたと思う。


 俺は此花の顔色を窺った。友達に冷やかされて、もし泣きだしたらどうしよう。


 幸い、此花は笑っていた。


「速攻全否定かよ」


 此花は俺の胸を拳でドンと突いた。


 あれ、こういうキャラか。


 それから此花は友人を振り返り、


「マオ見つけてくれたのよ。公園にいるっていう電話で、すぐ迎えに行ったら捕まえたのが相羽くんでびっくりした。あんたが見かけたのは、その帰り。見てたんなら何でその時、話しかけないのよ。わざわざ今、言ったりして」


「教室で茶化したほうが面白そうだから」


 悪趣味だ。


 正確には此花と俺が歩いている様子を見ていたのではなく公園出口で別れるところを見かけたそうだ。


 此花と友人は此花が家猫に脱走された話だけでなく他にも色々な話をしているらしい。


「でも相羽くんは貴音が絡まれてるところも助けてくれたんでしょ。恋には発展しなかったの?」


 友人は此花に余計な事を訊ねた。やめろ。答えを聞かされると悲しくなる。


「しなかったなあ」と此花。


「速攻全否定かよ」


 俺はやり返した。流石に胸ドンはできないが。


 此花の友人が意外だとでも言いそうな表情をして俺の顔を見た。


「何だ、普通に話せる人なんじゃない」


「そりゃ、そうだろ」


 俺は答えた。


「あんたが誰かと話してるとこ見たことなかった」


「偶々だろ。此花さんとは猫の時もその前の公園でも少し話をしたよ」


 いや。一度目の公園は目で追い払っただけだから話はしていない。昨日だけだ。


 そこへ俺たちの話を聞いていたらしい男子生徒が突然会話に割り込んで来た。


「そんな偶然が二回も続くかよ。本当はこいつ、ストーカーなんじゃねえの」


 確か、ささなんとかいう名前だ。


 俺とは逆にクラスでも目立つ存在の一人だった。


 そういえば入学式で新入生代表挨拶をしていた。


 入試の成績が一番良かったのだろう。


 ということは多分、俺と同じ特待生枠の一人だ。全体で何人の特待生がいるのかは知らないが。


 ささ何とかと俺は特待生である点は同じだが他人の会話に自分から混ざっていくような真似は俺にはできない。さすが陽キャ。


「聞き耳たてるほうが、よほどストーカー気質だと思うけど」


 俺は反論した。


 ささ何とかはムッとした顔をした。言われて嫌なら、なぜ人を扱き下ろしてマウントを取りたがる。


「あはははは」と突然、此花が高笑いをした。


「相羽くんが、あたしをストーカー? ないない。だって相羽くん、あたしの名前わかってなかったもの。貴音が苗字だと思ってた。ストーカーなら名前くらい調べてるでしょ」


「まじか」


「もう一か月たつよ」


 このクラスで高校生活が始まってからという意味だろう。


 ささ何とかと此花の友人はドン引きした。


「いつも、たかねーって呼んでたからさ」


 俺は此花の友人のせいにした。


 友人は、ささ何とかの肩を叩いた。


「じゃあ、この男の名前は?」


 もちろん、わからない。冗談ぽく言って誤魔化すしかないだろう。


「田中一郎」


笹本ささもとだ!」


 危ない、笹木ささきかと思っていた。


「ちなみに、あたしは?」


 ギブアップ。


「そんなことよりチャイムなる前にトイレ行かせて」


 俺は教室を逃げ出した。


 入学以来一番長いクラスメイトとの会話時間だった。


 相手から話しかけられさえすれば俺だって軽口くらい返せる。名前は知らないが。


 ちなみに此花の友人は鶴瀬つるせ阿弓あゆみ


 ささ何とかは笹本高陽たかひろだと後で調べた。

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