第10話 自称進学校という奴だ

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 ゴールデンウィークが終わって十日もすると中間テストだ。


 うちの高校ではテスト三日前から全面的に部活動は禁止となりテスト勉強を行えというお達しが出る。


 俺は安定の帰宅部だったからテスト前であろうとなかろうと下校時間に変化はない。


 ゴールデンウィーク中はフルタイムで働いていたため中間テスト関連期間はバイトを入れていなかった。


 経済的な理由から俺は来年以降も授業料免除の特待生でありたい。


 俺は入学試験を受けていないので実際のところ自分にこの学校でやっていける学力があるかわからなかった。


 入試トップの笹本高陽と比べてどれくらい下だろう。試金石となる最初の中間テストだ。


 此花とは俺が教室に入った際、向こうから挨拶をされれば俺からも挨拶を返すぐらいの仲になった。


 そのタイミングで此花が席にいなかったり俺の入室に気付かなければ、わざわざ俺からは挨拶をしない。誰に対してであれ用事もなくクラスメイトに話しかけるのは苦手なので、いつだって基本は気付かない振り一択だ。


 笹本と鶴瀬はそもそも席が遠いし、あの時以来、会話はしていない。


 もっとも此花とも「おはよう」と偶に言い合うだけなので会話とは呼べないが。


 中学時代からの習慣で何かあって間に合わなかったり遅れそうになり焦るのは嫌なのでテスト期間中は普段よりも早く家を出るように心がけている。


 中間テスト当日、電車通学であれば一本早い電車に乗るところだが自転車通学なので念のため俺はいつもより三十分早く家を出た。


 早い分、道が空いていたため、いつもより四十分も早く学校に着いた。


 普段は時間ギリギリの登校であるため俺が教室に入る順番は最後に近い。


 今日は逆に最初に近かった。


 此花が一人だけ先に登校していた。さすが家が近いだけある。他には誰もいない。


 此花に話しかけられた。


「おはよう。珍しく早いね」


「テストだから早く出たら早く着きすぎた」


 半端に席が近いので教室に二人きりは気まずかった。トイレ、トイレ。


「勉強した?」


 此花が訊いてきた。


 誰だってテスト前ぐらい勉強するだろう。天気の話と同じくらい中身のない話題だ。


 きっと此花も二人きりで気まずかったのだろう。無理して話しかけてくれなくてもいいのに。お気遣いなく。


「そりゃ少しは」


「バイトは?」


「テスト期間中は休んでる」


「そっか」


 他の生徒が教室に入って来たので俺は入れ替わりに教室を出た。


 毎朝四十分ぐらいかけて登校しているので到着後の俺は、いつもすぐトイレに行きたい。


 あっという間に二日かけて行われた中間テストが終了した。


 中間テストなので国語、数学、理科、社会、英語の五科目だけだ。


 各科目の担当教師は生徒に平均何点ぐらいとらせるつもりでテスト問題をつくったのだろう?


 入学後最初のテストだったからか俺には、かなり簡単めに感じられた。


 教師も、まだ生徒の実力を把握しきれていないのか、この感じでは平均点は高くなりそうだ。


 それぞれの科目の次の授業の際に答案用紙が返却された。


 名前の順に教師から渡されるので教卓のところまで受け取りに出る。


 最初は数学。思っていたとおり俺は百点をとっていた。


 やっぱり簡単めだ。


 数学は好きな科目だ。


 問題を解けて答えが出たならば、イコール正解なのでルールがフェアだ。


 連立二次方程式なんて一つの解が決まれば残りの解もぴたりと決まるので存在自体が美しいと思っている。


「百点は学年で相羽だけだった」


 数学教師が余計な一言を口にした。


 おお、と教室内が一斉に沸いた。


 注目を浴びる状況は嫌いだ。


 恥ずかしさで耳まで赤くなってしまう。


 そうならないようポーカーフェイスか仏頂面を目指す。


 こういう時に、どんな顔をすればいいのか俺には分からない。


 スポーツ競技であればガッツポーズとか応援ありがとうと手を振るとか、そういったリアクションがあるだろう。


 受験に合格した場合ならば受かって喜ぶリアクションをとっても良い。


 とはいえ、たかだか中間テストだ。


 極めて個人的な結果にすぎない。他人にリアクションを求められても困る。


 別に、ドヤ、とも思っていない。


 正直、昔からテストの点が良くて嬉しいという気持ちはあまりなかった。


 悪くなくて良かったとは思うが学校の成績や順位に価値なんかあるとは思っていない。


 特待生になりたい云々うんぬんの話とは別の価値観の話だ。


 だから、おお、となった教室内に対して俺の側からのリアクションは特にない。


 自分の席に不貞腐れたような顔で座っているしか俺にはできなかった。


 幸い、最前列なので後ろから俺の顔は見えないのが救いだ。


 早く注目が去らないかな。


 そもそもの話として私立青嶺せいれい学園高等学校の売りはスポーツ科だ。

スポーツ科を卒業後すぐ、または大学や実業団を経てからプロ選手になったり国際大会に出場した諸先輩方が各種競技に大勢いる。


 とはいえ、学校側としてはスポーツ科だけが売りではいけないと考えているようだった。


 少子高齢化の時代を迎え今後は生徒数の減少が見込まれる中で学校経営を考えるともう一本の柱である進学科の底上げを行いたい。


 俺が通っている学科はスポーツ科と対比させて進学科という名前がついているが実際はただの普通科だ。いわゆる難関大学と呼ばれる大学への受験者も合格者も毎年少ない。


 しかも現役合格者よりも浪人後の合格者のほうが多かった。


 ということは高校での勉強の成果ではなく、むしろ予備校の教えによる合格である。


 要するに私立青嶺せいれい学園高等学校の進学科の学力は、あまり高くない。進学科と名乗ってはいるが自称進学校という奴だ。


 中学時代の成績と都立の進学高校に合格した実績だけで入学試験を受けてもいない俺を特待生として入学させると判断した理由は、そのためだろう。


 三年後の大学受験時に俺が学校にもたらす成果を考えると安い買い物だったのだ。


 だとすると、俺と高校の関係性はウィンウィンだ。お互い様である。


 最終的に中間テストでの俺の学年順位は一位だった。


 入学試験は受けていなかったが、これならば特待生であっても許される成績だろう。


 総合得点と科目毎の内訳の点数及び順位の一覧表が廊下に張り出される。


 生徒の名前までは掲示されないが先の数学教師の例のようにヒントがあるので生徒たちには想像がつく。


 一覧表を見れば学年順位一位の人間の内訳に数学百点があった。


 同じクラスの人間ならばそれが誰かを全員知っている。


 俺だ。


 新入生代表の笹本高陽は二位だったらしい。


 誰かがそんな話をしていた声が聞こえてきた。


 直接本人からは聞いていない。


 一覧表が掲示された時、笹本は凄い目で俺を睨んでいた。


 やばい。


 あやうく俺が新入生代表挨拶になるところだった。


 注目を浴びることは嫌いだ。

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