第11話 もしかして誘われてなかったりする?
11
学校での活動に比重を割いていないので俺の高校生活は淡々と進んでいく。
六月には体育祭があった。
そういうステータスの割り振りをしたつもりはなかったけれども俺は生まれつき能力値をすべて知力に極振りしていたみたいで安定の運動音痴だ。
足が速い人間には足が遅い人間の気持ちなんか絶対に分からない。
足が速い人間は、ただ足を前に出すだけで速いのだから足が遅い人間がどうして全力で走っているのに遅いのか理解できないに違いない。
きっと、あいつ、ふざけているのかぐらいに思っているんだろう。
知るか! 俺だって自分の足がなぜ遅いのか理由は分からない。
小学一年生の徒競走の時以来、俺の指定席は常にビリだった。
もっと言うならば幼稚園の時からだ。
クラス対抗リレーなんていう全員参加の残酷な競技は本当にやめてほしい。
チームメンバーが一位の状態でバトンを運んできたのにグラウンドをたった半周する間に残りの全クラスにごぼう抜きされてビリに落ちるあの惨めさ。クラスメイトの落胆の声。
いつだって最初からビリの状態でバトンを受け取りたいと俺は願っていた。
そうすればそれ以上抜かされないし順位も変わらない。戦犯は俺じゃなくて済む。
体育祭の実況を担当する放送委員はBGMのクシコスポストが流れる中、なぜ、「一組抜かれました。頑張ってください」なんてつまらないことを全生徒と全保護者の前で言うのだろう?
俺だって頑張ってるわ! 頑張ってないから抜かれたわけじゃない。頑張っても遅いだけだ。
そんなわけで高校の体育祭でも俺は安定の定位置を確保した。
繰り返すが、全員参加のクラス対抗リレーなんていう残酷な競技は本当にやめてほしい。
スポーツ大会はスポーツが得意な人間だけで行うべきだ。オリンピックだってそうだろう。
一年一組は俺の多大な貢献のお陰で入賞を逃した。
進学科もスポーツ科もそれぞれ三位のクラスまでは表彰台に上がれる。さすがに両方の科をあわせての集計はしない。そうなるとスポーツ科の独壇場だ。
「何だよあいつ、勉強だけかよ」と笹本が呆れたようにクラスメイトの誰かと俺について聞こえよがしに話していた。
まったく否定できない。
笹本は表彰台に立ちたかったのだろう。
自分から立候補してクラス委員なんかにつくだけのことはある。生来の目立ちたがりだ。
笹本の足は人並みよりも相当に速かった。勉強だけじゃないということだ。
足が速い人間はヒーローになる素質ありだと俺は本当に思う。主役級だ。
俺はヒーローの素質を持ち合わせていない。
12
七月下旬。
期末テストも終わり答案用紙が返却された。
中間テストが五科目であったのに対して期末テストは副教科の分、科目数が増える。
とはいえ、実技を伴わないペーパーテストであるならば体育であっても俺は苦手ではなかった。
ただし、廊下に張り出された順位と点数は五教科での比較のみだ。
中間テスト時から俺の順位に変動はない。
笹本が、また悔しそうに俺を睨んでいた。
毎年の特待生の人数は若干名となっている。
笹本には悪いが、この調子で来年度の特待生枠も確保したい。こっちは切実なんだ。
終業式が終わりホームルームで通知表が渡され一学期が完全に終了した。
体育と音楽と美術以外に俺に瑕疵はなかった。実技以外ならば問題はない。
俺は『勉強だけ』の男だ。
実技を合わせれば一番は笹本だろう。
明日からは夏休みとなる。
俺の予定は連日アルバイトで埋まっていた。
終業式とホームルームだけなので今日の学校は午前中で終わる。
午後からはクラスの有志で一学期のお疲れ様会が行われることになっていた。
クラス委員長の笹本と彼と仲の良い何人かの生徒たちが幹事として張り切っている。
カラオケの大部屋を抑えているらしい。
笹本が教室の前に出て、お疲れ様会に出席する人は昼食を各自済ませた上で十四時から駅前のどこどこというカラオケに集合、といった連絡事項を出席者たちに伝えていた。予約は笹本の名前でとっているとのこと。
俺は欠席だ。
ぼっちだから俺には誘いがなかったとかメッセージアプリのグループに俺だけ入っていないといったお約束の嫌がらせの結果ではなく単純にアルバイトの予定が入っているためだ。幹事は分け隔てなくクラスメイト全員に声をかけていた。
行く行かないは個人の自由だ。
「相羽くんは出席しないの?」
事務連絡をしている笹本の言葉を聞こうともせずに荷物を持って教室を出ようとする俺に気づいたのか此花が寄って来た。
普段だったらホームルーム終了後はさっさと教室を出て行くクラスメイトたちの多くが、まだ教室に残っている。俺みたいに帰ろうとする人間のほうが明らかに少ない。
「うん」
此花はハッとした顔をした。
此花は友人たちと話をしている笹本のほうをちらりと見てから声を潜めた。
「もしかして誘われてなかったりする?」
俺は軽く笑いながら首を振った。
此花の中で俺は、クラスでそういう扱いを受けても不思議ではない人という立ち位置らしい。
「違う違う。残念ながらバイトだよ」
正式な夏休みは明日からだが実質的には今日の午後からだ。アルバイトは俺にとって夏休み期間中のメインイベントだ。
「本当に?」
此花は少しジトっとした目で俺の顔を見た。
彼女の言葉がかかる疑いの対象は「残念ながら」なのか「バイト」なのか?
「本当は残念だなんて思っていないでしょ?」という意味になるのか、「本当はバイトの予定なんか入ってないんでしょ?」になるのか。それが問題だ。
前者だとしたらイエス。後者ならノーだ。
後者であっても「バイトだって嘘をついてまで行きたくないんでしょ?」という真意が隠された質問だとしたら、そのとおり。答えはイエスだ。バイトはあるけどもね。
もちろん、俺はお疲れ様会の日程を事前に知った上でアルバイトの予定を入れていた。
用事があるという理由ならば誘いを断っても角は立たないだろう。
まさか「違う違う」を疑っていたりはしないよな?
「本当は誘われてないんでしょ?」って。いじめられっ子か。
高校のクラスメイトたちからいじめられていて話しかけられないという思いは俺にはなかった。
むしろ存在は認められていると思う。
俺は少しばかり成績が良かったためクラスメイトたちからは変に一目置かれた感じになってしまっていた。宇宙人的な別の立ち位置とでも言うべきか。
ただでさえ用事がない限り、こちらからは話しかけない存在が中間テストで一位だったと知られてからは余計に話しかけづらくなったのか、まったく話しかけられなくなった。
誰からも用事がない限り話しかけない。
お互いにビジネスライクな関係性だ。
無駄な付き合いを嫌う人とでも認識されているのだろう。
俺個人としては適当に誰からも心の距離が離れていて過ごしやすいクラスだ。
俺は、いじめられて話しかけられないわけではなくて、お互いの適当な距離感として用事がない限り会話をしない関係性に到達したのだ。
「本当だよ」と俺は此花に答えた。
「じゃあ、また来学期」
俺は教室を出た。
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