第12話 見覚えのある女子高生二人と目が合った
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俺の母方の祖父は
内陸県のため海はないが渓流を管轄している漁協だ。通称、
暴川上流漁業協同組合では
俺は小学生の頃から釣り好きだったので長期休みには決まって祖父の家に泊まり込んで、毎日漁協管内のいたる所で釣りをして遊んでいた。
そのお陰で釣り場の見守りをしている漁協の組合員たちの多くとは顔見知りだ。誰もが俺を祖父の孫だと認識していた。当時はまだ祖父は組合長ではなかったけれど。
中学時代には釣りをして遊ぶだけではなく、たまに漁協の仕事の手伝いをして祖父から小遣いをもらっていた。
もっともその財源は祖父のポケットマネーであって漁協の資金ではない。孫がじいちゃんのお手伝いをして小遣いをもらうという、いたって健全な関係だ。公私混同ではない。
俺の両親が亡くなり祖父母と同居をするようになってから祖父の
俺の主な仕事は朝晩のヤマメへの
魚に自動で餌を与える機械もあるけれども人の手で餌を撒いて魚の様子を観察するという行為は養殖の基本中の基本だった。
調子を崩したり病気になった魚は餌の食べが悪い。原因は魚自身にあるのかも知れないし水質や水温にあるのかも知れない。いずれにしても魚の不調に素早く気づいて素早く対処することが肝心だ。対応が遅れると魚が死亡したり食用には適さなくなる恐れがある。
ヤマメは食用魚であるため魚が病気になったからといって安易に薬で治療するわけにはいかない。病気にさせない飼育管理が前提となる。
その点、俺は小さい頃から釣りだけではなく各種の魚の飼育も趣味としていたから観察に慣れていた。
給餌の他には育てたヤマメを池から網ですくって出荷のために絞めたり捌いたりしてから仕分けして梱包する作業があった。
暴川上流漁業協同組合では養殖したヤマメを市場ではなく個別に契約を取り交わした飲食店やホテル、料亭等に卸している。出荷するヤマメの数や大きさ、納品時間等についてお得意様の個別の要望を細かく聞き入れることによって高く買っていただいていた。
実際の納品は正規の養殖場職員が車で行うが毎朝行われる網入れから梱包までの作業も俺の仕事の一つだった。
平日は基本的に朝二時間夕方二時間アルバイトを行いスポット的に養殖場や漁協本体の仕事の忙しさに応じて学校が休みの日も俺はアルバイトに入っていた。
毎日ではないが池掃除であるとかヤマメの産卵とか、やるべき仕事はいくらでもある。
実際の仕事の多くを俺は中学生時代に祖父の手伝いとして経験していた。そのため四月から即戦力として働けている。
組合長の孫が漁協の養殖場でアルバイトをすることについて縁故採用だなんだという、つまらないクレームも起こらない。もともと俺は子供の頃から漁協に出入りしていたから俺と漁協の組合員たちや養殖場の職員たちとの関係は近所に住む叔父さん叔母さんと親戚の子供みたいな距離感だ。
ところで、平日勤務の俺にはできない漁協が行っている仕事の一つに河原やイベント会場に屋台を出店してヤマメの串焼きを販売する仕事があった。
例えば、暴川上流漁業協同組合が漁場として管理している河原の一画には川遊びができるようなキャンプ場兼バーベキュー場がある。
施設そのものの管理は漁協ではなく河川を占有している運営会社だ。漁協は、そこに屋台を出店させてもらっていた。
キャンプ場兼バーベキュー場の存在が、本来この場所の漁業権を持っている漁協の活動の支障になるため代替措置として運営会社から屋台の出店を認めてもらったのだ。
実際のところ釣り人相手に遊漁券を販売して得る収入より観光客に串焼きを売って得る収入のほうが遥かに多いので漁協にとっては御の字だ。
運営会社側にとっても屋台の存在は場の賑やかしになるし河川管理に漁協も携わるので損はない。ウィンウィンだ。
夏場の屋台では
夏休み期間中の俺の日中の職場だった。朝晩の二時間の養魚場勤務とは別になる。
俺は同級生とは気楽に話せなかったが商売としてお客さん相手にする話ならば、いくらでも軽口を叩けた。適当に相手を揶揄うような軽妙な話術もお手の物だ。
基本的にお客さんとのつきあいはその場限りで、それ以上関係を深める必要性がない。
だからといって、お客さんを騙すとかそういう話ではなくて仕事は誠実に行っていた。
屋台は俺一人ではなく養殖場の職員と合わせて二人で切り盛りする。
炭火ではなくガスボンベと接続した串焼き機で魚を焼いていく。
暑い夏の期間中は川遊びのためのお客さんでキャンプ場もバーベキュー場も連日盛況だ。
キャンプ場外の一般の河原部分にも沢山の河川利用者が訪れていた。
串焼きではなく自分たち自身でバーベキューの食材として焼くために鮮魚としてのヤマメと鮎を求めていくお客さんも多くいた。
けれども一番売れる商品は飲料だ。
電気が通っていない河原には自動販売機がなかったから若干割高の値段設定をしていても遠くまで買いに行くくらいならばと、よく売れていた。
うだるような暑さの中、串焼き機の前にずっと張り付いて焼き続ける行為は地獄である。
俺と今日の相方の職員である
俺は海パンとラッシュガードでその上にTシャツを着ている。
熱さに耐えられなくなった場合には、いつでも、ざぶりと水に入れた。
八月のお盆期間中のある日。
その時、俺は飲料販売の担当だった。
FRP製の四角い大きな青いタライの中に氷水を張って缶ビールとお茶とジュースのペットボトルを冷やしている。
俺は立てたパラソルの下に入って日差しを遮りながらパイプ椅子に腰を下ろして売り子をしていた。
河原には大人や親子連れだけでなく学生たちの姿もある。
水が綺麗なため安全な場所を選べば水泳も可能だ。
ただし、川の上流部に位置するので水は冷たい。
俺は、よく冷えた缶やペットボトルをタライのお客さん側に寄せ、まだ冷えていない商品を手前である自分側の隙間に追加するという作業をしていた。
そのため俺は下を向いていた。
二人連れのお客さんがタライを挟んで対面に立った様子が、視界に入って来た足で分かった。
「いらっしゃい」
俺は顔を上げた。
見覚えのある女子高生二人と目が合った。
此花貴音と鶴瀬阿弓だった。
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