第13話 脅しではない
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「相羽くん?」
此花貴音に、そう呼びかけられるのは、これで三度目だ。
生憎、うちの学校の校則では前髪は眉毛にかかってはいけないことになっている。
普段は前髪で顔を隠している陰キャボッチが目を出すと実はハイスペックイケメンで、偶々今日は前髪を上げていたから相手に別人と思われて気付かれなかったとか、そういう都合のいい偶然は発生しなかった。
今日の俺は学校に行く際と同じ顔、同じ髪型だ。そもそもイケメンではまったくない。
失敗した。
学校でクラスメイトの相手をするのも苦手だが学校以外の場所でクラスメイトと遭遇するのはもっと苦手だ。そういう場合、俺が先に気づいていたとしたら、まず気付いていない振りをして通り過ぎる。
特に会話をするわけではなくても遭遇すること自体が苦痛だし、万が一話しかけられたらなお苦痛だ。俺にとってプライベート空間を共有するほど親しい存在は学校にはいない。
それでも俺は、「よお」と素知らぬ顔をして此花に答えた。
仕事だ。これは仕事。ただのお客さんとのやりとりだ。
「何でこんなところに二人がいるの?」
二人とも水着こそ着ていなかったが膝上までは水に入っても問題ないようなショートパンツとビーチサンダルだった。生足が眩しかった。
「笹本くんたちと水遊びに」
なるほど。
「俺が働いている時に、おのれリア充どもが」
俺は、ふざけてドスを利かせた声でそう口にした。条件反射みたいな適当なやり取りだ。
あははは、と此花。
「あんたこそ何で売り子やってんのさ?」
鶴瀬が言った。
「家業が
「嘘でしょ」
此花が驚いた声を上げた
「そんなん信じるなよ」と俺。
「殴るよ」
鶴瀬が拳を握り込んでいた。こっわ。
「普通にバイトだよ」
俺は答えた。
二人の後ろから俺に別の声が飛んできた。
「あれ、相羽じゃん。何してんの?」
笹本ともう一人女子がいた。
知らない子だ。同じ高校だとしたら別のクラスの生徒なのだろう。
男が一人で女が三人。
「俺は此花のストーカーだからな。水着が見られると思ってきたんだ」
俺は自虐した。
「それより、お前こそ俺にハーレムを見せつけにきたのか」
お客さん相手に、つい口が悪くなったとしても、これは許される案件だ。
「ハーレムじゃねぇよ。
笹本は、いつもつるんでいる男子生徒の名前を口にした。俺にも顔だけは分かる。クラスメイトだが俺は話をした覚えはなかった。
だとしても男が三人で女が三人だ。どういう組み合わせかは知らないがリア充どもめ。
「それより店員が知り合いならアルコール買えるじゃん」
笹本は俺が販売側であると気付いて声を上げた。
「売るわけねえだろ」
「そこは目を瞑れよ」
「できるか」
最終的に俺が言いくるめられてしまうとでも思ったか魚を焼いていた建さんが俺に話しかけた。
「学校の友達かい?」
「クラスメイト」
俺は訂正した。友達というのがどれくらいの親しさ数値を積み上げた存在をさすのか分からないが少なくとも俺たちは友達じゃないだろう。ただのクラスメイトというのが適切な関係だ。
「悪いけど高校生にお酒は売れないな」
建さんが笹本に言い切った。
「あ、いや、冗談です」
笹本は慌てた様子で言った。
建さんは見た目がやくざだから凄まれたら大抵の人間はびびる。俺と建さんの二人で売り子をしていると、お客さんたちはみんな俺にばかり声をかけてくるので、どんだけ怖がられてるんだって話だった。俺自身、学校では仏頂面でとっつきにくい相手だと思われているのに、ここではフレンドリーな人扱いだ。
此花が焼かれているヤマメの串焼きにチロリと目をやってから視線を俺に戻した。
「もしかして相羽くんが育てたヤマメ?」
「そ」
「飲み物を買ってくれたら串焼きは俺からおごろう。みんなで何人だ?」
建さんが剛毅なことを言った。
実際のところ飲み物は仕入れ品だから無料で渡してしまうと大損だけれどもヤマメや鮎は自分たちで卵から育てたものだから餌代と電気代以外の経費はそれほど掛かってはいなかった。焼くのにガスと串と塩を使ったとしてもたかが知れている。
魚の養殖をしていれば毎日何尾かは自然に死ぬ魚も出て来るし串焼きだって夕方になって売れ残りがあるようならば値下げして処分販売してしまう。どんぶり勘定だ。
建さんが格好をつけて俺のクラスメイトに人数分、無料で渡したところで漁協に痛手はなかった。そもそも俺たち自身が偶につまみ食いをしている。
「あざーす。六人です」
笹本が調子のいい返事をした。
ちょうどその時、他のお客さんがやってきて何本か串焼きを買ってくれた。
焼き上がっている魚の在庫が足りなくなった。
「焼けたら後で持ってくよ。どのへんにいるんだ?」
俺は笹本に居場所を確認した。
「キャンプ場エリアの少し上」
笹本は河原の上流方面に目をやって指で示した。
ああ、と、俺は建さんと目を見交わした。
ちょっと、
笹本は海パンにTシャツだった。俺と似たような服装だ。当然、水に入る気があるのだろう。
「あのへんは偶に死人が出るから流れに気を付けろ。和賀と鈴木にも言っといて」
俺は笹本と女子たちに警告した。脅しではない。
笹本たちが遊んでいる場所の付近は川が縁になっていて水深がある泳ぎやすい場所だが水面から深く潜り込むような水の流れが一部にあった。急に足を引っ張られるような流れに捕まって水中に引き込まれて、慌てて水を飲み溺れ死ぬ事故が数年に一度発生していた。
死なない程度に溺れるだけならば毎年だ。
笹本は俺に対して、こいつ何言ってんの、という顔をした。
俺の警告は心に響かなかったらしい。
此花たちは六人分のジュースを買ってくれた。
四人はジュースを入れた白いビニール袋を提げて帰って行った。
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