第18話 二人の親密さがばれてる感じ?
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二学期が始まった。
俺が始業時刻ギリギリに教室に入ると笹本がクラスメイトたちに囲まれていた。
クラスメイトたちは全員笹本が溺れた事故を知っていた。
動画サイトには切りぬかれたニュース映像も上がっていて探せば今でも見られるらしい。
俺が教室に入った瞬間クラスメイトたちは全員が俺に注目した。
ははん。
ということは俺が笹本を人工呼吸で助けた相手だとみんな知っているわけだ。
おのれ情報化社会。俺のプライベートに対する配慮はないのか。
笹本が、すぐに俺に近寄って来た。
此花と鶴瀬、和賀と鈴木もやって来た。
「いつぞやはお袋が悪かったな」
「いつ退院したんだ?」
「あの次の日。傷も腹だけだったし自宅で経過観察になった」
「後遺症は?」
俺は自分の頭を指でちょんと突いた。
「今のところない」
「手足に不自由とかも?」
「ない」
「良かったな」
「ありがとう」
「お前らクラスの中で見せつけるなよ」
笹本とは別グループのクラスの男たちが俺と笹本を冷やかして通りすぎた。
そういう馬鹿もいる。
あの場にいたなら間違ってもそういう冗談は口にしなかっただろうけれども、あの場にいなかったのだから仕方ない。言葉で心臓マッサージと人工呼吸で蘇生したと言われてもピンとこないだろう。
実際に笹本は一度死んだ。死んだままなら冷やかされる経験なんてできなかっただろう。生きているからこそ冷やかしてもらえる。
笹本はそれでいい。冷やかされる幸せを噛み締めてくれ。
俺は?
「二人の親密さがばれてる感じ?」
笹本に俺は訊いた。
笹本は頷いた。
「なんか悪いな」
「俺が記憶を無くしたいよ。お前と違ってファーストキスだ」
笹本は否定しなかった。畜生、リア充め。
いや、俺も初めてだ、と言われたとしても対応に困るが。その場合も記憶を消したい。
「まあ溺れたのが女の子じゃなくて良かったかな」と俺。
「嘘。相羽くんって、やっぱりそうだったの?」
此花だ。
「アホ。女の子が俺に人工呼吸されてる映像なんか晒されたら、せっかく助かっても自殺しちゃうだろ。それより、やっぱりって何? 俺、そんな風に思われてんの?」
此花に目を逸らされた。
「相羽くん、全然女子と話さないし」
「男子とも話してないんだが」
和賀と鈴木の下の名前はいまだに知らない。どっちがどっちかは分かるようになった。
まじか。ボッチより男が好きな奴と思われているほうがつらい。事実無根だ。
此花は露骨に話題を変えた。笹本に訊く。
「お母さんのことを謝ったのってもしかして?」
ネットで俺が叩かれているようなやりとりが俺と笹本の母親の間でもあったのかと察したのだろう。此花たちも『考えもせずに俺の指示に従った奴ら』とネットで少なからず中傷を受けていた。嫌な思いをしているのだろう。
笹本が顔をひきつらせた。そりゃ説明しづらいに違いない。
「息子の貞操を奪った責任をとれと迫られた。こっちこそ慰謝料もらいたいよ」
こういうネタは自分から自虐的な笑い話にしてしまったほうが被害は少ない。経験的に俺はそう思って笑いにした。
「何でそういうふざけた言葉を口にできるの」
教室のどこかからぼそりと吐き捨てるような声が聞こえた。誰かは分からない。
「俺って犯人扱い?」
俺は笹本たち五人の顔を見回した。
俺は笹本を善意から助けたつもりだったけれども教室内での俺の評価は、勝手な真似をしてあわや笹本を脳死状態にするところだった奴という、ひどい立ち位置になっていた。
だけじゃなく、
「真面目なふりしてバイトしてたのが気に食わないって奴もいる。さっきの奴らとか」
笹本が答えた。
なるほど。
申請をして学校から許可をとっているのだけれども、わざわざ公にはしていない。
「お前らも俺が間違いだったと思ってるの? 一緒にいたのに」
即答はなかった。
誰も、そんなことはないよ、相羽くんは正しかったよ、とは言わなかった。
ということは、少なくとも即答できない程度には彼らも判断がついていないのだ。
俺の何が駄目だったのだろう? 全然分からない。
俺が受けた消防署の講習では、順番がわからなくなったり段取りを飛ばしても気にしなくていい。それよりもマッサージを素早くすることが大切だと言っていた。
仮に胸骨圧迫で骨が折れたとしても死ぬよりは骨折のほうが絶対にいいはずです、と。
「間違いとか正しいとかわかんないよ。正解知らないし」
此花がようやく声を出した。
正解なんかないんじゃないかな、と俺は思う。
あるとしたら段取りが正解かどうかじゃなくて笹本が生きている現実そのものが正解なのでは?
どういう道を辿ろうと目的地に到着すればそれで良いのだ。笹本は生きている。
自分の目で見てやってきたことより、なぜネットの中傷なんかを重く捉えるんだろう?
ネットには俺が正しいという意見もあったはずだ。
自分が間違わないために誰も人を助けようとしない世の中になったら、そのほうが間違っていると俺は思う。そんな世界には住みたくない。
俺は笹本に向きなおった。
「この先、お前に後遺症的な何かが出たとしたら俺のせいだ。何もせずに死なせておけば後遺症の心配はいらなかった。もし死んだほうがマシだと思うようになったら俺を恨まずに勝手に死んでくれ。此花たちもごめん。俺が何もさせなきゃよかった」
酷い言い草だろうか。
目の前の五人だけではなく俺たちの話に聞き耳を立てていた教室の全員がどん引いた。
笹本は泣きそうな顔だった。
笹本の言葉が嘘でなければ笹本は健康だ。
自分を助けてくれたはずの俺や此花たちが、なぜ間違った奴扱いされているのか笹本も意味が分からないだろう。対応にも困る。俺もだ。
人間関係は難しい。
俺はいたって普通に接しているだけのつもりなのに普通にしている俺そのものの、やることなすこと全部が気に入らないという人がいる。
なぜ、そうなの!
なぜ、ふざけるの!
なぜ、そんなこと言うの!
そういう場合、接触を絶つ以外の対応方法を俺は知らない。
此花たちも、これ以上俺に関わって変な中傷に巻き込まれなくてもいいだろう。
俺自身、俺は被害者だと思っているが、あの日偶々俺と会ってしまった彼らも被害者だ。
それぞれクラスの自分の居場所に戻ってくれ。
要するに、これまでの一人の生活に俺が戻ればいい。
用事がない限り、俺からは誰とも関わらない。
「ごめん。トイレ」
俺は、いつものようにトイレに逃げた。
戻った時には俺の席の周りに笹本たちの姿はなかった。
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