第19話 俺また犯人扱いかな?
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始業式が終わり二学期最初のホームルームの議題は席替えと文化祭の出し物決めだった。
うちの高校では例年十月中旬に文化祭が開催される。
一年生から三年生までの各教室を利用してクラス毎に飲食店や演劇、展示など何らかの出し物が実施された。それとは別に空き教室や校庭、体育館等を利用した部活動単位での出し物も行われる。
俺は文化祭にまったく熱心ではなかったから笹本クラス委員長と副委員長である女子生徒が進行をするホームルームの間、一言も発言しなかった。
人気がある飲食店は二年生以上しか行ってはいけないため一年生にはできない。
結論として一年一組の出し物はお化け屋敷に決定した。
教室内をカーテンと段ボールで仕切って順路をつくって要所にお化け役や怖い展示物を配置して入場者を驚かせるという趣向らしい。
問題は本番まで一ヶ月半しかない。
得意な誰かが今週中にレイアウトやデザインを考えるので、その後は毎日、早朝と放課後を利用してクラスメイトみんなで大道具や小道具、衣装等を手分けしてつくるという段取りに決まった。
なので、どうしても外せない、やむを得ない事情がない限りは早出と残業が必須となる。
当然、部活動に参加している生徒たちが一斉に反発した。
「朝練、午後練と部活での展示もあるから毎日参加は無理。出られる時だけ参加する」
部活への参加はやむを得ない事情であるとクラスメイトたちから承認された。
「他に参加できないという人は誰かいますか?」
副委員長が教室の前から主に帰宅部である残りの全員に問いかけた。
「はい」と俺は手を上げた。
事前に用意されていた席替えのクジ引きの結果、俺の席は真ん中の最後列になっていた。
振り向いたクラスメイト全員と相対する位置だ。
クラス中から厄介者を見るような視線が俺に集中した。すっかり面倒な奴扱いだった。
「どういった理由でしょう?」
「毎日朝晩アルバイトをしているため参加できません」
「却下。アルバイトは校則で禁止されています。やむを得ない事情とは認められません」
「俺のバイトは学校から許可を得ています」
担任教師は教室の最後方に自分の椅子だけを運んで座り議論の行方を見守っていた。
学年主任をしている英語担当のベテラン教師だ。
「先生」と副委員長は担任に声をかけた。「本当でしょうか?」
「本当だ。相羽のバイトは学校も許可している」
副委員長は面白くなかったのだろう。
「わかりました。相羽くん。差し支えなければクラスの皆さんにアルバイトが必要な理由を説明してもらえませんか?」
「
此花が悲鳴のような声を上げた。
理由はさておき、俺が何らかのやむを得ない家庭の事情のためにアルバイトをしている事実を此花は知っていたから、副委員長の言葉は言い過ぎだと思ってくれたのだろう。
本来ならば担任こそが、ここで話に割り込むべきだ。そのための後方監督だろう。
けれども、担任は動かなかった。
俺は、しぶしぶ席を立つとクラスメイトたちの視線を受けとめた。
「この三月に両親が事故で無くなり兄弟のいない俺は一人になりました。俺は祖父母に引き取られてこっちへ引っ越してきましたが公立高校の受験には間に合わないので私立のこの学校を受験しました。両親の貯金と保険金だけをあてにするわけにはいかないので俺は朝晩アルバイトをしています。そのために文化祭の手伝いができなくて申し訳ありません」
実際のところは漁協の組合長をしている祖父には手当が出ている。年金もあるだろうから俺一人増えたくらいは問題ないはずだ。だから、引き取ったのだろうし。
仮に俺が特待生ではなかったとしても学校関係の費用は貯金と保険金で賄える。
だからといって俺の小遣いまで保険金で賄うのはどうかしていると思ったから俺はアルバイトで収入を得ていた。学費のような大きい金額の場合はともかく、日々必要になる細々とした品物を買うためにまで貯金を切り崩していくのでは不安になる。
要するにアルバイトを行う目的は目先の金だ。少しだけ祖父母の家にも入れている。
もちろん俺の小遣いとしても使われるわけだがクラスメイトたちに、そこまでの説明は不要だろう。
俺は相対するクラスメイト全員に頭を下げた。
教室内に何とも言えない居たたまれない空気が充満した。
副委員長ではなく笹本が代わりに発言した。
「相羽くん。頭を上げて座ってください」
見ると副委員長は青い顔をして何も言えない様子だった。
人前で発言をする時は特に『口は禍の元』という言葉を覚えたほうがいい。正論が必ずしも社会的に正しいとされるとは限らない。俺は身に染みた。
文化祭準備への俺の不参加は、やむを得ない事情であるとクラスメイトたちから承認された。
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帰りのホームルームが終わり俺は自転車置き場に移動した。
自分の自転車を見つけて荷台に荷紐でバッグを括り付ける。
自転車の籠に置いておいたヘルメットを取り出して頭に被った。
自転車をバックで通路に引き出してから向きを変えて跨る。
「相羽くん」
目の前に此花が立っていた。教室から俺の後を追ってきたらしい。
此花は副クラス委員長の比奈さんを連れていた。
比奈何とかさんなのか何とか比奈さんなのか俺には分からない。
比奈子さんかも知れないし朝比奈さんかも知れなかった。
いや、「あ行」はないか。一学期に俺の近くの席じゃなかった。
「また猫でもいなくなった?」
わかっていたけれども俺は別の話題を口にした。
「違うよ」
此花は副委員長を小突いて俺の前に立たせると自分は下がった。
俺のほうから副委員長に用事はない。
俺は副委員長が口を開くのを待った。
意を決したように副委員長が口を開いた。
「事情も知らずに余計なことを言ってみんなの前で恥をかかせてごめんなさい」
副委員長は俺に対して頭を下げた。
「気にしてないから頭を上げて」
俺はなるべく優しい口調になるように意識した。
普通に口を開いただけなのに厳しい口調だとか偉そうな態度だとか受け取られるのは心外だ。
「副委員長はクラスのみんなの気持ちを代弁して訊ねただけだ。間違ったことは言っていないから気に病まないでいい」
副委員長は恐る恐るといった様子で頭をあげた。
恐いものを見るような目で俺の顔を見る。顔色が青白い。
「でも、今のは違ってた」
俺は副委員長に言い聞かせるように断言した。
「俺にとって両親が亡くなった事実は恥じゃない。悲しい出来事だ」
副委員長の真っ青な顔から、さらに血の気が引いた。
「じゃあ俺行くね。これからバイトなんだ」
副委員長と此花の脇を通って自転車置き場を出て自転車置き場脇の校門を抜けて公道に出た。
校門から続く学校の敷地を囲む黒いフェンス越しに自転車置き場が目に入った。
副委員長が自分の顔を両手で覆ってしゃがみ込んでいた。此花が副委員長の肩を抱くようにして何か言っている。
俺また犯人扱いかな?
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