第16話 ファーストキスなのに

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 救急車とパトカーが到着した。


 それぞれ二人ずつ人が乗っていた。


 救急隊員たちは笹本を担架に載せると笹本から話を聞いていた。


 笹本の意識ははっきりしていた。


 救急隊員の質問に対して理路整然と受け答えをしていた。


 腹をバスタオルで抑えている。友人たちの誰かが渡したようだ。


 笹本は岩で腹を擦って切ったらしく切り傷から血が流れ出していた。


 俺が胸を圧迫する度に、ぴゅっぴゅ、と血が噴き出していたようだ。


 必死だったので俺はわからない。


 救急隊員が傷口にテーピングをして血を止めていた。縫ったりするような正式な治療は病院で医師により行われるとのことだ。


 救急隊員は俺にも笹本に対して行った心肺蘇生について聞いてきたので話をした。

警察官の一人も一緒に話を聞いていた。


 水中での笹本の様子なども話す。


 笹本も神妙な顔で俺がする話を聞いていた。


 自分の心臓が止まっていた間の話だ。興味はあるだろう。


 頼むからその様子を空中から見てたとか怖いこと言わないでくれよ。


 警察官が笹本に連絡先と連絡がつく相手の有無を聞いた。


 事故について警察から保護者に代わりに伝えてくれるとのことだった。


 自宅に母親がいるらしい。笹本は自宅の電話番号を警察官に伝えていた。


「君は怪我はないか?」


 俺は救急隊員から確認された。


 俺の身体にも笹本の血がついていた。


「大丈夫です」


 一通りの話が終わると救急隊員たちは笹本を救急車に運び込んだ。


 開放された俺は立ち上がると川に入り血を洗い流した。


 此花から誰かのタオルを貸してもらって体を拭いた。


「足っ」と此花が声を上げた。


 俺の右足の脛から血が流れていた。


「あれっ、切れてる」


 いつの間にか俺も怪我をしていたらしい。神経が張っていて気付かなかった。多分、笹本を岩から引きはがす際に岩の角にでも足をぶつけたのだろう。


 救急隊員に伝えると応急処置として俺の傷口もテーピングで止めてくれた。


 俺も救急車に載せられた。


 車内には笹本が寝かせられているため俺は此花に借りたバスタオルを尻の下に敷いて脇の補助椅子に腰を下ろした。


 俺との必要な話は終わったと考えたのか救急車の外では警察官たちが笹本と一緒に泳いでいた和賀と鈴木からも話を聞いていた。


 助手席では救急隊員の一人が無線でどこかと連絡を取り合っている。もう一人の救急隊員は運転席だ。


 受け入れ先の病院を手配しているらしい。


 行き先が決定したようだ。


 俺は後事こうじを建さんに託した。


 漁協関連の関係各所への連絡とこの場にいるクラスメイトへの対応が必要だ。


 関係各所への連絡が済んだら建さんがクラスメイトたちと笹本の荷物を病院に運んでくれることになっていた。俺の着替えも。


 クラスメイトたちは不安そうに救急車の外に立っていた。


「動きます」


 運転席の救急隊員が後ろにいる俺と笹本に声をかけた。


「「はい」」


 俺と笹本が答えた。


 救急車が動きだした。


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 俺の足の怪我は医療用のステープラーで二針縫われただけだったので、帰宅して問題なし。明日また傷口を見せに来るように、という話だった。


 笹本はCTスキャンだかMRIだか何か脳の異常の有無を調べる検査をやるため俺とは病院内で別行動になった。いずれにしても何日か入院になるらしい。


 自分の治療が済んだ俺は、笹本不在の笹本が泊まるはずの病室で建さんたちの到着を待った。


 建さんに連れられて俺の着替えと此花たちが到着したので俺は笹本の現状を伝えてから、此花たちに一度部屋の外に出てもらって私服に着替えた。クーラーの利いた部屋で濡れた海パンとラッシュガードでずっといるなんて風邪をひくだけだ。


 やがて笹本の母親がやって来た。母親は、とりあえず入院に必要そうな荷物をバックに詰めて持っていた。父親も会社から向かっているところであるらしい。


 笹本は検査から、まだ戻って来ていなかった。


 母親は和賀と鈴木の名前を知っていたらしく二人から詳しい話を聞いていた。


 俺は偶々居合わせただけの人間で、もともと笹本と行動を共にしていたわけではない。俺から積極的に話をするような筋合いはないだろう。


 母親は和賀から俺が真っ先に笹本が溺れた事実に気付いて笹本を水から引き上げると心臓マッサージをしたという話を聞かされた。


 俺は母親に泣きながら感謝された。


 自分の治療で明日も病院に来なければならないので、その時また立ち寄るという話を母親に告げて俺は建さんの車で帰宅した。


 此花たちは笹本が病室に戻ってくるまで待っているとのことだ。


 此花たちは一緒に遊んでいた笹本の友人、俺は居合わせただけのクラスメイト。笹本を待つ必要は別にないだろう。


 その日の夜八時のニュース。


 俺は祖父母に今日あった出来事を話しながら一緒に夕飯を食べていた。


 各地の水の事故を知らせるニュース映像が流された。


 日中俺が対応をした暴川の河童淵の事故についても放送されていた。


 視聴者提供というテロップが画面の端に出ていて俺が笹本に心臓マッサージをして人工呼吸をしている様子が映っていた。


 俺と笹本の顔にこそモザイクがかけられていたが俺がマウス・トゥ・マウスで人工呼吸をしている姿が全国ネットで流されていた。


 そういえばスマホで動画撮影していた馬鹿がいた。


 視聴者提供の動画の謝礼っていくらだろう?


 画面に俺と笹本の名前も顔も出ていないから知らない人間は映像に映っているのが誰かは分からないだろう。けれども同じ学校の生徒たちは誰かから話を聞くだろうからすぐに俺と笹本だと知るに違いない。


 ファーストキスなのに。


 こんなことで学校で冷やかされたくはない。


 俺は溺れた人を懸命に助けようとする漁協の職員だとニュースでは説明されていた。


 まあバイトだって職員は職員であるだろう。


 俺が笹本の意識を確認したり確認結果を口に出す様子が放送されていた。


 はっきりと俺の言葉が聞き取れる。


 固有名詞部分こそ音声を消してあったが俺の指示で此花たちが駆けだしていた。


 俺が胸を圧迫する動きに合わせて笹本の腹の傷口から、ぴゅっぴゅと血が出ている。


 そんなこと、全然俺は気が付いていなかった。


「素人判断であんなに堂々と指示をしたりして良いものでしょうか?」


 アナウンサーが苦言を呈するような言葉を口にしていた。

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