第39話 概ね俺の想像どおりであるようだ

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 春休み期間中だが部活動が行われているため高校の敷地内には学生の姿が見受けられた。


 校庭では運動部が自分たちの種目の練習に勤しんでいたし体育館からは中で活動をしている生徒たちの歓声が漏れていた。校内では文化部も活動をしているのかも知れない。


 俺はずっと帰宅部なので長期休暇期間中に高校を訪れた経験はなかった。


 教職員用の駐車場には普段と同じくらいの数の自動車が止まっている。生徒にとっては春休み期間中でも教職員にとっては平日だ。授業はなくても勤務日には変わりがないのだろう。何か授業以外の仕事をしているに違いない。


 もちろん俺は高校の制服を着てきたため特に誰からも咎められることなく高校の敷地内に入ると正面玄関から校舎に入った。


 理事長室は一階にある。職員室の隣だ。


 俺はスマホの録音アプリを立ち上げた。


 理事長は毎日学校に来るわけではなかったが今日は出勤日であったようだ。廊下から俺が理事長室の扉をノックすると、「はい」と返事があった。


 もし、いなければ校長なり教頭なり元担任なり誰か別の人間に相手をしてもらおうと考えていたが、その必要はなかった。


「失礼します」


 俺は扉を開けて理事長室に入った。


 正面の机で理事長は執務をしていた。


 理事長は俺の顔を目にして少しバツが悪そうな顔をした。


 少なくとも俺が誰であるかわかって何の用事で訪ねてきたのか理由にも察しがついたのだろう。


 理事長は俺にソファに座るよう促し自分はテーブルを挟んだ俺の正面に座った。


 俺の中では俺と理事長の関係性はビジネス上のパートナーだ。理事長は教師ではないので教師と生徒という関係性は当てはまらない。


 俺が良好な成績を取る代わりに学校側は俺を特待生にして学費を免除し将来の俺の大学入試での合格実績を学校からの俺への教育の成果だと主張する。


 もちろん文書で契約書を交わしたわけではないがお互いにそうだと理解していたはずだ。


 要するに対等な関係だ。


 俺は余計な前置きはせずに本題を口にした。


「来年度の特待生の選考から私は漏れたという話を伺いました。昨年度よりも成績を落としたつもりはないのですがどうしてでしょうか?」


「君の選考結果については残念だった。総合的な判断としか言いようがない」


 理事長は重々しく言葉を口にした。


「特待生の選考基準が変わったそうですね。成績以外の部分が重視されるようになったとか」


「具体的な選考の基準については話せない」


 理事長は仏頂面だ。あまり聞かれたくはないのだろう。


「保護者会から私が特待生になることへの横やりが入りましたか?」


 理事長は少し目を見開いた。


「なぜそれを?」


 俺はちょっとカマをかけてみただけだ。


 昨日の電話で元担任が保護者会から理事会に働きかけがあったと言っていた。


 来年度の保護者会の会長には笹本の母親がなるらしい。


 もともと笹本は入試の成績が一番であり新入生代表だ。その時点から笹本の母親は将来の会長候補として保護者会活動に尽力していた。


 元担任は昨日、保護者会からの働きかけという無難な表現を使ったが要するに笹本の母親から俺個人への横槍だろう。成績だけで特待生を決定するのではなくそれ以外の要素も含めて恣意的な判断をするよう笹本の母親が学校に対応を迫ったのだ。


 学校経営において保護者会との付き合いは大切だ。


 保護者は通常学費を払っている本人であるし必要時には寄付を求める相手でもある。


 運動部が強いうちの学校としては寄付金集めに保護者会の協力が不可欠だった。


 学校としては保護者会長から正式な申し入れを行われてしまったら何も対応を取らないわけにはいかないだろう。基準の見直しを行う必要がある。


 入学当初の笹本ならばいざ知らず二葉と学生生活を謳歌している現在の笹本は特待生になどまったく興味はないだろう。


「人間、随分呆気なく死ぬんだなと思ったら成績なんかに捉われるのが馬鹿らしくなった」


 笹本の脳への後遺症を心配した俺に、以前笹本はそう言っていた。


 脳の後遺症のせいではなく遊びの比重を多くしたから成績が落ちたのだと。


 今の笹本は幸せそうだ。


 けれども笹本の母親にとっては違うらしい。


 笹本の母親の中では俺が笹本をきちんと救助しなかったから脳に後遺症が出たというストーリーが成立していた。その結果、笹本の成績が落ちたことになっている。


 一年次はもちろんだが笹本は二年次も特待生ではあったらしい。


 けれども二年次でも引き続き二葉との学生生活を謳歌したため、どう下駄を履かせたところで成績による判断では三年次での特待生への認定は不可能だった。


 認定するためには別の下駄を履かせられるよう基準を変えるしかないだろう。


 笹本の母親からすれば一年二年と特待生であった息子が、自分が保護者会長になった三年次に限って特待生から外れるとは恥ずかしくて仕方ないという思いもあるだろう。


 他の保護者会の役員には特待生の親も多くいると想像がつく。


 にもかかわらず、笹本の特待生落ちの犯人である俺が当然のように特待生であるのは面白くない。


 酷い逆恨みだ。


 そもそも二年次にも笹本は実力で特待生になれたのだから脳に後遺症はないと分かりそうなものじゃないだろうか?


 それともそこも操作?


「笹本高陽は来年も特待生になりましたか?」


 俺の問いかけに理事長はますます目を見開いた。


 個人情報だから答えられないと言うかと思ったが、「なった」と唸るように理事長は肯定した。俺が特待生から漏れた理由は概ね俺の想像どおりであるようだ。

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