第3話 ごめん、トイレ

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 翌朝。


 一年一組の教室に入った俺はすぐにクラス一の美少女から声をかけられた。


 出席番号一番である俺の席は廊下側の一番前だ。


 入学して間もないため席順は出席番号順と決められていた。


 男女の列が交互に並ぶ。少なくとも一学期中は、このままらしい。


 美少女の席は廊下から二列目の前から三番目だった。


 俺の席からすると斜め後方だ。


 俺が自分の席に着けば、すぐに気付く位置だった。


 そう言えば彼女の名前は何だったっけ?


 俺を見つけて自分の席を立った美少女が俺に訊いてきた。


「相羽くん、昨日はありがとう。大丈夫だった? あの後すぐに110番で警察呼んで駆けつけたんだけれども、もう誰もいなくて」


 そういえば俺が公園を出た後、パトカーのサイレン音が聞こえていた。


 途中で彼女に出会わなかったということは俺とは違う公園出口を利用したのだろう。


 警察呼ぶほど嫌がられていただなんて、あいつら俺が警察沙汰にするまでもなく痴漢扱いだ。痴漢かナンパか単純な好意の発露だったのかは知らないが親しくなるつもりで誰かに話しかけるのは、だから怖い。真意が通じない場合は犯罪者だ。自分のことを本当は相手がどう思っているかなんて本心は誰にも分からない。


「女の子の手前いきがっただけみたいだ。すぐどっか行っちゃったよ」


「なら、よかった」


 美少女は沈黙した。これ以上、俺と話すべき共通の話題が無い事実に気づいたのだろう。


 俺も同じだ。


「ごめん、トイレ」


 俺は沈黙が気まずくなり自分の机に学校指定の通学バックを置くと教室を出た。


 急に、いい天気だね、とか本当にどうでもいいような話題に切り替えられても困る。


 お互い基本的に興味はない同士なのだから無理して話を続けようとする必要はないと思います。今日の天気、曇り空だし。


 だから、実際に会話が交わされた時間は一分もなかっただろう。三十秒くらい?


 幸い、陰キャぼっちと美少女という奇異な組み合わせにクラスメイトが注目して聞き耳を立てていたり、どよめいたりという展開はなかった。


「おい相羽、何でお前みたいな陰キャがクラス一の美少女と親しそうに会話してるんだ!」


 なんて陽キャに絡まれるというアホなイベントも、もちろん起こらないし俺を茶化してくるクラスの陰キャ仲間なんて存在も、そもそもいなかった。


 俺は一人だ。


 入学以来、用事もなく俺から誰かに話しかけるような真似はしなかったし、逆に用事もないのに誰かが俺に話しかけてくることも、ほぼなかった。仮に話しかけられても実際に用事がないのだから今がそうであったみたいに会話が弾むこともない。


 何か用事があった場合も、提出物のプリントを集めるから早く出して、とか、せいぜいそれくらいの用事なので、どちらにしても会話は一瞬ですんでしまう。用件だけの関係だ。


 もちろんナンパから助けられたからと、どういうわけか誰にもなびかないはずのヒロインが急に冴えない主役に懐いてしまうというお約束の展開にも発展しない。


 そもそもヒロインからすればナンパ相手も陰キャの主役も、どちらも同じくらい自分とは縁遠い存在であるはずなのだから急に懐いてしまうというご都合主義は理解不能だ。


 実はずっと昔に接点があって、ヒロインは主役に密かに憧れ続けていただなんて、そんな設定があってたまるか。


 いずれにしても現実の俺と美少女の人間関係は、とても現実的な範囲で収まった。


 二言三言会話をした経験があるだけの、ただのクラスメイト。


 無難にして、とても居心地が良い距離感だ。要するに赤の他人のままだった。

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