第2話 泣き寝入りなんか絶対にしないで警察沙汰にします
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どこかのラノベかマンガみたいに俺の実家が実は何かの道場をやっていて、こう見えても俺は武術の達人で、というような都合のいい話はまったくない。
「てめぇ、ふざけんなよ!」
美少女に執着していた男子学生が、いきなり怒りだして俺の胸倉を掴んだ。
まさか俺さえ通りすがらなければうまくいった、とでも思っているのだろうか?
俺は呆れて物も言えない思いだったが言わなければ、こいつらはもっと分からないだろう。言っても分からないかも知れないが。
「先に言っておきますが、あなたがどこまでの覚悟を持って、このような真似をしているのか知らないですが
俺は胸倉を掴んでいる男子学生の顔を睨みつけた。
俺の両手は自転車のハンドルを握っており身体は自転車に跨っている。もし本気で殴られたり蹴られたら躱すことも受け身をとることもできないだろう。痛い目を見てしまう。
自転車通学のためヘルメットを被っているので頭だけは守れるのが幸いか。
「あなたは俺を脅してフラれた留飲を下げようというつもりかも知れませんが他人の胸倉を掴む行為は既に暴行です。これ以上、暴力をエスカレートさせるなら警察に行きます」
相手は一瞬キョトンとした顔をした後、「ああん!」と声を荒げて俺に覆いかぶさるようにした。さらに脅しているつもりなのだろう。息が臭い。
「仲間の手前、引っ込みがつかなくなっているだけなら素直に手を放したほうがいい。もし殴られたら俺は泣き寝入りなんか絶対にしないで警察沙汰にします。どうしても俺を殴りたくて警察にも行かせたくないと思うなら俺が死ぬか植物人間になるまで殴らない限り不可能です。その場合、どちらにしても警察沙汰ですが、そこまで覚悟した行動ですか?」
俺の胸倉を掴んでいる男子学生の目が泳いだ。所詮、高校生が粋がっているだけだ。
それでも、引っ込みがつかないのだろう。胸倉を掴んだ手は、まだ放さない。
俺は俺を囲んでいる他の三人の学生たちの顔を見回した。
「あなた方が俺を囲む理由は威圧のためですか? この人だけの暴走で、あなた方は共犯者ではないと言うつもりがあるなら下がってください」
俺を囲んでいた他の三人の学生たちは後退った。
三人とも俺に対してドン引きしている。彼らもまさかこんなことでそこまで
俺の胸倉を掴んでいる男子学生は仲間に見捨てられてあからさまに動揺した。
男子学生の手の力が緩んだ。
俺は男子学生に顔を戻した。
「こんなつまらないことでケチがついて人生を棒に振ったり、この先、生きづらくなるのはお互いに本意じゃないと思います。まだ間に合う内に引き下がってもらえないでしょうか? 俺は別にあなた方を舐めているとか馬鹿にしているわけではなくてそもそも最初から他人です。お互いの人生において、これ以上の接点を持つのはやめにしましょう」
男子学生は俺の胸倉から渋々といった様子で手を放した。
それでも憎々しそうに俺の顔を睨んでいる。
俺は男子学生を睨み返した。被害者はこちらだ。黙って睨まれてやる筋合いはない。
「謝罪の言葉がありません」
俺は男子学生に告げた。
男子学生は顔を真っ赤にして再び俺の胸倉に手を伸ばそうとした。
「おい、やめろ」
慌てて他の学生の一人が男子学生の肩に手をかけて引き留めた。
胸倉に手を伸ばすという行為は所詮脅しだ。殴る気があるならば既に殴っているだろう。
どうせできやしない。今さら脅したところで何になるというつもりだろうか?
男子学生が想定している着地点がわからない。多分、何も考えてなどいないのだろう。
「胸倉を掴んでごめんなさい、という一言は?」
俺は男子学生に再度告げた。
男子学生は、なぜか悔しそうな顔をした。まさか俺に負けたとか、いじめられたとでも思っているのだろうか?
「ただ通りかかっただけで絡まれている被害者は俺なんですが」
俺は男子学生に畳みかけた。
「胸倉を掴んでしまい、どうもすみませんでした」
男子学生は歯を食いしばるようにしながら小さな声で言い、頭を下げた。
「はい、わかりました」と俺。
俺は他の三人にも声をかけた。
「あなたたちも人が来たら脇に避けて通してください。無関係な人まで巻き込まないで」
なぜか四人とも唖然とした顔で俺を見返した。
まさか俺が顔見知りの美少女を助けるために割って入ったとでも思っているのか?
「念のため言っておきますが、この先、逆恨みの闇討ちみたいな真似は絶対にやめてください。あなたたちが
俺は胸ポケットからスマホを取り出すと四人の顔を順番にゆっくりと撮影した。
四人は激高して俺に飛び掛かることも俺からスマホを奪おうとすることもなく、ただ血の気の無い真っ青な顔を引き攣らせながら、うつろな目で俺を見つめていた。
「この動画は保険としていくつか複製をつくってから別々の場所に保管します。今後、俺の身に何か不審な事故が起きた場合にだけ表に出るようにしますが何もなければ表には出しません。いつか、あなた方が俺に対して何もしないと確信できる日が来たら消すつもりです。それでいいですか?」
男子学生たちは、こくこくと頷いた。
「じゃあ、くれぐれも二度と俺にも俺の周囲の人間にも関わろうとはしないでください」
俺は男子学生たちを置き去りにして自転車を走らせた。
バイトの時間に間に合うだろうか?
はたして素直に引き返して公園の外周を大回りした場合と今では、結果的にどちらのほうが早くバイト先に着けただろうかと、俺は悩んだ。
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