勉強だけが取り柄の心を拗らせたボッチ志願者はクラス1の美少女とも距離を詰めない

仁渓

第1話 さっさと去れ

               1


 私立青嶺せいれい学園高等学校の入学式から約一か月。


 予定通り、ほぼ、ぼっちでの高校生活を送っていた俺は自転車通学での下校途中に近道をすべく通り抜けようとした公園の遊歩道で前方を塞がれた。仕方なく自転車を止める。


 十五メートル程先で一度も会話をした覚えがないどころか名前すら覚えていないクラスメイトの美少女が他校の男子生徒たちに囲まれてしつこく声を掛けられていた。


 名前は分からなくても毎日教室で見ているので顔だけは見ればわかる。


 誘いを迷惑に感じているどころか顔をうつむかせて震えている美少女の脇を通りすぎる際には、どういう態度をとるのが正解なんだろう?


 あいにく俺には縁のない世界なので詳しくは知らないがナンパで知り合って恋人同士に発展する場合もあるらしいし単なるクラスメイトに過ぎない俺としては美少女の青春の一ページには気付かぬふりをして通り過ぎるべきだろう。


 問題は美少女を囲む男子生徒たちの輪が公園の遊歩道一杯に広がっていることだった。


 幅二メートル程の遊歩道の真ん中に美少女が立ちすくんでいて、近所にある公立男子高校の制服である、いわゆる学ランを着た四人の男子生徒が逃げられないように彼女の周りを囲んで中の一人が熱心に声をかけている。カラオケに行こうとか遊びに行こうとか何か言っていた。


 対する美少女は「やめてください」の一点張りだ。


 俺と美少女が着ているブレザーは下ろして一か月弱のほぼ新品の状態であるのに対して、男子生徒たちの制服は着古されて草臥れているため彼らは上の学年なのだろう。


 個人的にはあまり親しくはなりたくない素行の持ち主に見受けられる男子学生たちだが、生真面目な陰キャよりも、ちょっと悪そうな男子に魅力を感じる女子は多いらしい。美少女本人の好みは知らないが人それぞれだ。俺が感知するところではないだろう。


 もし遊歩道の左右に生えている植物が芝生であれば自転車を芝生に乗り入れて男子生徒たちの脇をそのまま走り抜けるところだが残念ながら生えている植物は樹木だった。


 垣根の様に刈り整えられた低木が遊歩道の左右に並んで植えられ低木の後ろには背の高い木々がいくつも立っていた。ちょっとした森の中の小道のような景観だ。


 それぞれの木に下げられている名札を見れば樹木の名前も分かるのだろうが特に興味はなかったため確認はしていない。


 そんなことより左右を樹木で挟まれた遊歩道で人に広がられてしまうと道が塞がれ、ちょっと簡単には脇を通り抜けられないという現実に俺は直面していた。


 せっかく斜めに突っ切って近道をしようと入った公園だというのに人が道を塞いでいるからと工事中でもないのに戻って公園の外周を大回りする行為は、とても馬鹿馬鹿しい。


 しかも、いつもより少し学校を出る時間が遅くなっていたためアルバイトに遅れてしまう可能性があった。それもあっての近道だ。


『まあ、近づけば脇を通らせてくれるだろう』


 念のため俺はブレザーの胸ポケットからスマートフォンを取り出すと動画を撮影中の状態にして胸ポケットに戻した。これで対面する相手の様子を記録できるはずだ。


 俺は、なるべく遊歩道の端に寄るように自転車を走らせると男子学生たちに近付いた。


 誰か一人、俺の存在に気付いて避けてくれればそれでいい。人間、お互い様だろう。


 残念ながら男子学生たちの意識は美少女に夢中で接近する俺には気付かなかった。


 俺が左右のブレーキレバーを強く握るとブレーキパッドがギィギィとブレーキの効きが悪くなった変な音を立てた。レバーを必要以上に強く握った理由は、わざと大きな音を立てることで相手に気付かせ避けてもらおうという考えがあったためだ。


 男子学生たちが一斉に俺を見た。


「すいません。通らせてください」と、俺は、あくまで下手に男子学生たちに声をかけた。


 男子学生たちは俺を睨んだ。他校の一年坊主を、そんなに威圧しなくてもいいだろう。


「あ」と美少女が俺の顔を見て声を上げた。


相羽あいわくん?」


 こちらは相手の名前を知らないのに、なぜ向こうが俺の名前を知っているかというと俺の出席番号が名前の順で一番であるからだろう。


 相羽あいわりんが俺の名前だ。


 一文字目が『あ』で始まり二文字目の『い』に続く俺の苗字は、小学校、中学校と続いてきたこれまでの学校生活で、ほぼいつも出席番号一番か二番が定位置だった。


 さらには下の名前である麟も比較的珍しい。


 そのため同じクラスの人間には上下合わせて覚えられやすいという特徴を持っていた。


 ちなみに十五歳。身長167センチ。痩せ型。もちろん運動は苦手である。


 全然そんなつもりはないのに男子学生たちは俺に恋路の邪魔をされたと思ったらしい。


 俺は男子学生たちに取り囲まれた。


 勘弁してくれ。そんなヒーローみたいな真似、誰がするか。ただの通りすがりです。


 はからずも美少女は男子学生たちの輪から解放されていた。


 俺は目だけを動かして目線で美少女に強く訴えた。さっさと去れ。


 美少女は俺を置き去りにして脱兎のごとく駆けて行った。それでいい。もともと他人だ。

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