第25話 一緒に帰ってるんだろ?

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 学校行事としての二学期のメインイベントは俺がスルーした文化祭だ。


 他には特に何事もなく淡々と二学期も終了した。


 中間テスト、期末テスト共に俺の順位に変動はなかった。


 一学期中のテスト結果ではあんなにも俺を睨んでいた笹本が俺を睨むことがなくなった。


 俺に助けられた感謝があるという理由のためではなく、大分、順位を落としたらしい。


 二学期の中間テストの時点で廊下に張り出された順位表を見ようという素振りすらなかった。


 やっぱり脳が、と思ってしまう。


 助けなかったほうが良かったのだろうか?


 けれども、当の笹本は毎日元気そうだし楽しそうだった。


 よく二葉と一緒にいる姿を見かけた。悲痛さはまるでない。ただの青い春だ。


 期末テストの結果が出たということは二学期も終わりである。


 二学期最終日の前日。


 いつものように昼休みに図書室で時間を潰していた俺は笹本の訪問を受けた。


 自称進学校のため図書室利用者は他に何人もいないので室内は、いつも閑散としている。


 恐らく一年生から三年生までを通じて、うちの学校の多くの生徒たちは入学後の校内案内の際以外には図書室に足を踏み入れた経験はないと思われる。


 本を読まない人間は本当に読まない。図書室を利用している人間は大体固定されたメンバーだ。図書室は、それほど平和な過疎地帯だ。


 俺が図書室のいつもの席で本を読んでいると、「いたいた」と笹本がやってきて隣に座った。


 話題は二学期の打ち上げだった。


 明日の午後、例によって恒例のクラス打ち上げを行うから参加しないかというお誘いだ。


「悪い。バイトだ」


 別に悪いなんてこれっぽっちも思っていなかったが枕詞まくらことばとして俺はそう答えた。行ったところで居心地の悪い思いをするだけだ。


 笹本も本当は俺が参加するとは思っていないだろう。


 けれども、律儀に確認してくれる態度には好感が持てる。


 本来は俺みたいな付き合いの悪い陰キャボッチなんか放っておいたほうがいいはずだ。


 参加しないと幹事が困るのかなと俺が変な勘違いをして、うっかり参加するなんて答えたら、そのほうが困るだろう。俺の隣に座る羽目になった奴は俺と共通の話題もなく、お互いにどうすりゃいいってんだ。


 話が終わったから、すぐ去るかと思ったが笹本は去らなかった。


『まだ何?』と、俺は目で訊ねた。


 俺の眼差しに促された笹本は言いづらそうに口にした。


「変なこと訊いていいか? やっぱり毎日バイトしないと厳しいのか?」


 俺の生活の心配をしてくれているらしい。気持ちは有り難いが厳しいと答えたら何かしてくれるのだろうか?


「正直別に苦しくはないかな。学費は親の保険で何とかなるし爺ちゃん婆ちゃんに飯も食わせてもらえる」


「じゃあ偶には参加できるだろ」


「今日の明日ってわけにはさ。シフト組んでるから」


 本当は大丈夫だけれど。


「そうか」


 けれども、笹本は引き下がってくれた。


「俺からも変なこと訊いていいか?」


 普段なら絶対に言わないような言葉を俺は口にした。


 俺の内心のどこかで自分のせいかも知れないと気にしていたのだろう。


 俺は、こつこつと指で自分の頭をつついた。


「やっぱり後遺症あるのか?」


 我ながら酷い訊き方だ。


「成績が落ちたから?」と笹本。


 俺は頷いた。


「お前から全然睨まれなくなった」


 笹本は笑った。


「違う違う。人間、随分呆気なく死ぬんだなと思ったら成績なんかに捉われるのが馬鹿らしくなったんだ。せっかく生きてるんだからもう少し楽しもうって心を入れ替えた」


 だったら良かった。


「じゃあ俺は二葉さんに悪いことしたな。俺が助けさえしなければ笹本なんかにひっかからずに済んだ」


 笹本はニヤリと笑った。


「相羽こそ此花とはどうなんだ? 一緒に帰ってるんだろ?」


 そりゃあ、そういう目で見る人がいても不思議のない振る舞いだとは俺も思っている。


 実際はただの俺の仕事のついででしかないのだが、当人たち以外には関係性が分からないだろう。


 だとしても解せないのは、笹本ならば和賀なのか鈴木なのか知らないが此花には俺ではない彼氏または彼氏候補がいることを知っているはずだ。俺を揶揄う必要はないだろう。


 それとも二葉との付き合いが忙しすぎて笹本も男友達とは疎遠になったのか?


「全然そんなんじゃないから変なこと言って此花を冷やかすなよ。泣かれたら困る」


 俺は笹本に釘を刺した。


「泣くわけないだろ」


 なるほど。此花は冷かされたぐらいで簡単に泣くタイプではない。それなら良かった。


「だとしても困らせるなよ」


「はいはい」


 笹本は俺の過保護さに俺を呆れたような目で見ると降参の万歳をしてみせた。

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