第25話 ウェスタンド・ランプロット


 アンドロベルサイカ嬢、来たる。


 レノアはベルサイカ嬢の腕の中へと、ふわりふわふわ迎えられた。シフォンのような柔らかさ。甘く優しい空気。これがショートケーキ中段のイチゴの気分かぁ…ソコ抜けのアンシン感がある。あたたかいにミちていて…わたでつつまれるようなかんかくで…まさにごくらくのようなかご…で…あ


『ヤバイっ!』


 本能で! レノアはそこがアメで生物を殺すキラートラップだと察した! 急いで体を転がし、その腕の中から逃げ出す。子供故の、女性に抱っこされる気恥ずかしさがそうさせたのだ。もし彼が大人だったら? 考察の余地など無い。今ごろ砂糖の夢でペロペロになっていただろう。


「何でアンタがここにいるんだよ!」

「ふふ、ごめんなさい」


 ベルサイカ嬢は微笑むと、レノアに付いていた土を掃おうとした。が、レノアはハッとすると、丸まるように後ろを向いた。自らの奇異な見た目が、露出していることに気づいたのだ。


「…何でここにいるんだよ」


 自分の見た目に話題がいかないよう、改めて聞いた。子供らしくない、テクニカルな会話術にも思える。ベルサイカ嬢は気持ちを推し量ると、そっとレノアの話に乗った。


「人を探してまして。まるで獣のようなオジ様と、小さな女の子を見かけませんでした?」

「それ…知ってるかも。バカンスとトンカチっていう」

「なるほど。2人が今どこにいるか…」


 詳しく話を聞こうとレノアの背に手を伸ばした…その時!


「目の前にいんのによ。無視されるってのは気分が悪ぃぜ」


 2人を分断するように、高速の腕が割り込んできた!


 「チッ」 レノアは舌を打ち、クルンと体をひるがえし避けた。一方、ベルサイカ嬢は最小限の歩幅でもって、その攻撃を寸前で躱す。腕は2人の間を過ぎていくと、シュルシュルと改めまして掃除機のコードみたく戻っていった。


「失礼しました。決して無視してたワケでは」

「いやぁいいんだよ。分かってて言ったんだ」

『…腕は切り落としたはず』


 そう、確かに切り落とし、ビタビタと地面をのたうち回らせた。ならばなぜ当然のようにシュルっているのか? それは、時間を巻き戻せばわかる。

 モッドパンチは切り落とされた断面から更なる腕を生やし、落とされた側の腕と早急に接合! 新しく生やした分 延長された腕を用いて、2人の間に発射したのだ。


「復活すんのかよソレ!」

「はははっ坊ちゃん! ま、アンタほど珍しい腕でもないさ!」


 煽る。煽る。人の触れてほしくない部分に土足で押し入り、ひたすらにカサブタを引き剥がす行為。戦闘技術なのか、あるいは悪癖なのか。何であれ子供には近寄ってほしくない。レノアの動きのキレは、明らかに戦闘開始時よりも劣っていた。


『子供の方はいつでも殺せる。問題は、女』


 モッドパンチは荒ぶる縄のごとく、腕をビュンと引き戻す! と、カウボーイが投げ縄を投擲するとき、頭上でクルクル勢いをつけるあのモーションのように、自らの腕をクルクル回転させ始めた。最初 腕を伸ばす時に見せた、ヘリコプターのプロペラじみた挙動だ。

 だが あの時とは違い、腕は既に伸びきっている。その上で違うのは…音。


『ビュンッッ…ビュンッッ…』


 風を切る音からわかる。瞬間を行き来する剛腕のスピード...!


「さて、あらかじめ言っとこうか。オレはあの雷鳴幹部。アッチアッチャ様の右腕ことモッドパンチだ」

「これはご丁寧に。私は…」

「おっと、言わんで結構。オレの名前さえ土産に持って帰りゃ、逃げても言い訳できるだろ」

「あら、随分な自信ですね」

「自身じゃねぇさ。ただ女を傷つけるのはオレ的にも心外でね。3つ数えるうちに逃げてほしいんだ。3...2...」


 プロペラから、ウミヘビのような長腕が飛び出した!!


「危なッ…」

「大丈夫ですよ。ほら、見てください」

「…!」


 レノアが地面を見下ろした。その…地面の上に、まるで霜が降りたような白いカーペットが広がっている...!


『パキ…パキパキ…」


 氷? 違う、これは!


「クリスタル…!」

「ご名答。そして…」


 ベルサイカ嬢が! 飛び込んできた長腕を再度ギリギリで躱す。そして横を通って行ったその腕を、自らの脇で挟みあげ、ガッチリとホールドした!


「意外と、パワーもあるんですよ?」


 綱引きのように、全体重をかけてモッドパンチの腕を引っ張る!

 「グッ…」 当然負けじと、モッドパンチも踏ん張る。自分の腕を掴まれることは多々あった。しかし、こうまであからさまに綱引きなのは、モッドパンチも初めてだった。


 2人はそれぞれ渾身の怪力でもって、縄を引っ張り 競り合った。その攻防…互角。しかし、それはあくまで綱引きの話。傍らのレノアは既に この戦闘全体の決着を確信していた。


 『パキパキ...!』 綱引きの綱。すなわちモッドパンチの腕の下から、クリスタルが着実に生えている!


「この…! 仕方ねぇかぁ」

「きゃッ!」


 ベルサイカ嬢が後ろにスっ転んだ。しかし、思いのほか地面が柔らかい。当然である。地面じゃないのだから。


「…あら、ふふふ」


 レノアが、ベルサイカ嬢を体全体で抱えていた!


「ありがとう」

「言ってる場合かよ。見ろ。あっちも相当 覚悟が決まったみたいだ」


 ベルサイカ嬢の足元には、さっきまで引いていた綱が転がっていた。どうやら綱引きには勝ったらしい。しかし、綱とは腕である。それが地面に転がっているとは、一体どういう了見か。


「…へっ」


 モッドパンチの腕は、再び切り落とされていた! だが、今回は違う。今回は、自分で切り落としたのだ! 証拠にもう片方の手には、血で染まった大きめのナイフが握られている。


「自分で腕切ったのは、初めてだ」

「でも再生するんでしょう?」

「する。今にもな」


 モッドパンチは自らの腕の断面を、ランチャーの標準を合わせるようにベルサイカ嬢たちに向けた。


「『高速再生』...腕を一瞬で再生させて、相手を穿つ技だ」


 腕の断面からは、血がぽたぽたと垂れている。ベルサイカ嬢はレノアに「下がって」 と声を掛けると、その断面に対して真っすぐに向き合った。そして懐から、一本の棒を取り出す。


 棒とは、魔法の杖だった。人間の前腕くらいの長さで、杖にしては短い。それと包帯でグルグル巻きにされている。ベルサイカ嬢はそれを握り込むと、先端をモッドパンチに向けた。


「『流線水晶』。成長速度に重きを置いた、クリスタルの魔法です」

「早撃ち対決か。いいね、こっちも急いでんだ」

「ちょっと! こっちが有利なのにわざわざ相手の」

「あら、心配してくれてるんですか?」

「むッ…知るかっ!」

「おっと坊ちゃん。カウントダウンはアンタに任せようかな。フェアに頼むぜ」


 「…」 レノアは押し負けて、肺に大きく息を吸い込んだ。


「さーーーん!」


 『ポタッ』 モッドパンチの腕から、血が垂れる。


「にーーーぃ!」


 ベルサイカ嬢の心拍は、落ち着いている。


「いーーーち!」


 2人のうち一方が…死ぬ。


「ゼロ!!」


 刹那! …の、出来事だった。あまりに速すぎたので、結果だけを知らせる。


「...おっと...これはこれは...」


 モッドパンチの胸に、まるでつららのような透明の柱が刺さっていた。今にじんわりと血が滲んでいき、やがてモッドパンチの体から、生者としての体温を奪っていくのだろう。


「互角...ははは」


 では、モッドパンチの方は? モッドパンチの腕は、一体ベルサイカ嬢に対してどれほど牙を立てることができたのか。


『女の方も、バケモノじゃねぇか』


 モッドパンチの腕は、まだ再生すら始まっていなかった。

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