第2話 帰る為、転生の先へ


「ん…」


 ケングンの目が覚めた。その時! 辺りは真っ暗な闇でフタをされていた。


「うわぁ!」


 上映後の映画館で置き去りにでもされたのか。ケングンは驚き、ポップコーンがハジけ飛ぶように起きた! 被っていた毛布は蹴っ飛ばした。


 そして『ガンッッ!!!』 っと頭蓋に衝撃。どうやら天井に頭をぶつけたらしい。よかった、映画館じゃなかった。


「いッっったぁぁあそうかぁッ!!」


 痛みは遠慮もなくツっ走り、ケングンの頭に不快で悲痛な目覚めをもたらした! 脳が半分に割れそうだ。目には涙も溜まって、うるうると貯水湖のようになっている。

 だが! 同時に、ケングンは理解した。理解とはつまり、昨晩の奇行についてだ!


 かいつまんで言うところ、ケングンは自室の収納スペースをカタコンベの一つと数え、納涼すべく中で眠りについた! のだ。


『…?』


 ケングンは首をひねった。耳が上に向く。彼に分からんとするのなら、きっと誰にも分からない。

 ケングンはド突かれた頭を労りながら、暗い収納スペースへと座り直した。


「何であれ寝ねば。おやすみなさい」


 今が何時とも知らないが、ケングンは学生だ。一限目から居眠りカマさないためにも、再度入眠からのシャッキリしたお目覚めは必須!

 それによしんば遅れたとして、遅刻の言い訳に『カタコンベ』 は使いづらい。『墓を言い訳に、雰囲気がお通夜になってしまう』


 ケングンは蹴っ飛ばした毛布に謝ると、改めて眠りについた…いや、つこうとした。


『眠れない…ぐぅ』


 アタマ打ったのが凶と出た。意識は夢に行かず、脳ミソにその大きなケツを沈めた。

 試行錯誤。寝姿は数秒ごとにコロコロ変わり『う~ん』 エビフライにパン粉をつけるとき。あるいは せっかちさんの焼いている餅みたく『う~ん』 頻繁にひっくり返ってジタバタしている。念じるように眉をひそめて、ひそめた裏ではヒツジを数える。


 だが…眠れない!


『この目の冴えを蓄積して、朝に引き出せたらなぁ』


 ケングンは空想した。

 『朝どころか、昼下がりの眠い時にも引き出したい』 そんなに引き出しては、目がパキパキにでもなっちゃいそう。

 しかし こうやって空想にふけることが、眠る最大のコツなのかもしれない。ところが…


『眠れない! もう一回 頭でも打ちつけてやろうか』


 奇行のトガを、奇行で上塗りするつもりか! ケングン!


『ケドその前に、喉が渇いたな。水を飲みに行こう』


 暑い夏の夜だ。納涼がてらにカタコンベ入りしたとて、実際には風の通り道もない ただの収納スペース。

 熱気はコモりにコモってヒート! 夏の空気さえ収納しきったこのスペースには、改めて感服せざるを得ない。その暑さ指数。ソフトクリームなら2分でドロドロだぁ!


 ケングンは内側から『ぱぁん!』 収納扉を開け放った。


 外には、何もない白い空間が広がっていた!


「…?」


 そうだ、目の前で閃光弾でもハジけたんだ。


「まったく、タチの悪いイタズラ…」


 ケングンは眼を閉じて、眉間をググ…っとツマんだ。加えて眼球をクリクリしてやり、頬をプクーと膨らました。


「こいっ!」


 目を開けると…


 外には、何もない白い空間が広がっていた!


「…?」


 長い間折り曲げていたせいで、足が上手く動かない。

 ケングンはその足を陸に上がったマーメイドみたく引きずると『ZURUzuru…』 収納スペースから這い出ていった。 


 ―― 白い空間は、白い空間だった。


 一見して何も無く、凝視してみて何も無い。床は大理石のように滑らかでありながら、冷たいも無く、温かいも無い。ただ白い。触れている感覚さえ無ければ、『自分は浮いているのでは』 と見違うほどだ。横を向けば無限に広大で、上を向いても天蓋なき虚空。


 その中で一人、ケングンだけが色付きでいた!


「夢、か」


 なるほど、ウワサに聞く明晰夢さんだ。五感の利きもいいし、取りたい行動も自由自在。まさに夢のような夢だ。

 そうなると残念なのが、ここがトロピカルなビーチでも、現実を忠実に再現した街でもないってコト。こんな真っ白空間で満たせる欲求など、皮肉にも睡眠欲くらいなものだなぁ。


 ケングンは床で四肢をあけっぴろげ、大の字になった。


「あ、あー! あーーーー!!」


 声を射る。だが気の利いた反響だの、ヤマビコもない。


『歌おう。ココでなら…全力で歌える!』


 ケングンが目をカッと開き「ん、んんんッ」 喉に力を入れた…その時!


 白い空間を裁断するように、黒いイナズマ線が走った!


「わっ!」


 線はランザツな行き来を繰り返し、最後には幾重にもヒビの入ったガラス窓のようになった。


『……』

「わ~」


 呆然としながら、ケングンはその様子を眺めていた。『さすがは夢、いいモン見れた』 大した警戒はしてない。夢だもん。だがそのガラス窓が『ピシッ…』 と音を立てたなら話は変わる。


『ピシッ…ピシ…』

『恐竜とか出てきたら、どうしよう』


 こわいねぇ。


 この明晰夢が悪夢かどうか、ケングンには分からない。

 ケングンはあけっぴろげていた足幅を閉じた。大の字が、十の字になる。『ピシ…ピシピシ』


『ガシャンッッ!』


 窓が割れた!

 しかし、破片は出ない。割れたその瞬間、まるで蒸発するかのように空気へと溶けてしまった。出たのは唯一、窓の向こうにいる男性だけだった。


「おっと…これは参った」


 初老の男性…髪には白髪が混じり、英国風のハットを被っている。右手にはステッキ。これも英国風。背はうっすらと曲がって、立派にはやした口髭は まさにジェントルマン! と言って差し支えない雰囲気だった。


 ジェントルマンは窓をくぐって こちら側に入ってきた。長いハットが窓枠に突っかかって落ちたが、ジェントルマンは無視した。


「声が聞こえたかと思えば、どうしてこんなところに人が」

「あ…オハヨウゴザイマス」


 ケングンは、寝転んだまま挨拶した。ジェントルマンは怪訝そうに「ふむ」 横から彼の顔を覗き込むと


「…おはようございます」


 胸に手を当てて、気品ただよう挨拶!


「貴方、どうしてココに」

「ココ…ここ?」


 白い空間には、説明した通り何も無い。分かりやすく白色と言ってみたものの、白い空間は『修正液をぶっかけた白』というよりは『何も描かれていない白紙の白』だった。つまり無色と言った方が近い。


「ここって何なんですか」

「ココは、死の国です」

「死? 紙、市、詩」

「死です。死ぬの、死~」


 ジェントルマンは指で『死』の字を書いた。ちゃんとケングンに分かるよう反転して書く辺り、どうやら頭のキれる人らしい。


「ところが貴方、死んでませんね。まだ温かい」

「もちろん、僕は死ぬようなことしてませんから」

「そうは言っても、何か変なことしませんでした? 鳥居に変なくぐり方したとか、事故物件の風呂に冷水はって飛び込んだとか」

「あ~…変なコト。変なコト…」


 心当たりがあった。変なコト…すなわち奇行! 


 ケングンはテレテレしながら、昨晩の行動について話した。何なら笑い飛ばしてほしい話だが、ジェントルマンはいたって真面目に「ふむ…ふむ…」 時折うなづきながら話を聞いた。


「なるほど、死んでも無いのに墓に入ったと」


 聞き終わり、取りまとめて結論を出された。シンプルに言い直されると とっても恥ずかしい。


「墓って言うか…墓に見立てたというか…」

「十分です。墓の形は文化によって違います。大切なのは、それを墓だと思うかどうか」

「じゃあ、そうかも」

「なるほど、立派なお墓だ」


 ジェントルマンは、そびえ立つ収納スペースを見た。

 部屋にあったときは壁に埋まっていたが、今はタンスのように『ポンっ』 と立方体として置いてある。

 改めて見直すと、中にある取り出しきれなかった品々が まるでお供え物のように見えた。随分ホコリっぽいが。


「貴方、このままじゃ本当に死にますよ」

「え、どうにかしてくださいよ」


 ケングンは仰向けのまま言った。ジェントルマンは真っすぐな物言いに「ん゛っんっ」 一旦咳払いで返す。


「そりゃ、しますけど。中々大変な目にあいますよ」


 ジェントルマンは屈むと、しかとケングンの顔を見ながら話した。


「同じ世界に蘇る。これは無理です。なので貴方には、別の世界に転生してもらいます」

「え、別の世界…いやかも」

「ハヤらないで。貴方に行ってもらう世界は、すなわち魔法の世界です」


 『魔法』 …という単語。☆の付いたステッキを振るう。ホウキにまたがり空を滑る。トンガリ帽子。ケングンにはその程度のイメージしかなかった。すべて絵本から貰ったものだ。


「そこで、〈世界転移の魔法〉を探しなさい。それを使って貴方は、元の世界に帰ればいい」

「〈世界転移の魔法〉?」

「ま、行ってみれば分かりますよ」

「ナルホド…じゃあ転生ってのは?」

「転生と言っても その姿のまま行ってもらいますから。ま、深く考えなくていいですよ」

『あれ、なんかテキトー?』


 ともかく、ケングンは自らの体を見た。そこにあったのは…真ん中に大きな星の付いた『have a nice dream!』のパジャマと、ゴム紐だけで着れる紺色のズボン!


「服だけ変えていいですか」

「ダメです。そのまま行ってください」

「分かってたら、もっと良い服着てきたのに」


 ぶぅぶぅ言うケングンをさて置き、ジェントルマンはポケットをまさぐった。そして中から、一粒の錠剤を取り出す。


「それは?」

「オマケのようなものです。お役立てください」


 ジェントルマンは錠剤をつまむと、ケングンの口の上に持って行った。

 ケングンが大きく口を開く。と、クレーンゲームのアームみたく指が開き「んあっ!」 ケングンの口に錠剤が落ちていった。


『ボリッ!』「にがい!」

「噛んだんですか? アホですか?」

「水が無いから、口で粉末にしとこうと思って」

「まぁ! ワタクシ、心配になってきました」


 ジェントルマンが立ち上がった。


「では、頑張って」


 持っていたステッキの底を『コツっ』 ケングンのおでこに当てた。『頑張って』という言葉を吐いた後とは思えない暴挙。

 ケングンはムッとして、ステッキの当たっている おでこにシワを寄せた。


 だが意にも介さず、ジェントルマンは口髭をなぞった。


「貴方、変わり者ですね。結局一回も起きませんでしたし」

「よく言われます」

「ふふ、変わり者の貴方に、幸あれ」


 その言葉が鼓膜を叩いた瞬間! さっきまで苦労していたハズの入眠に対して、あり余るほどの睡魔がケングンを襲った!

 マブタがこれでもかと重くなり、体はズブズブと沈んでいるのに 何故だか浮遊感に包まれる。 


 こうしてケングンは、眠った先の世界で さらなる眠りにつかされてしまった。

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