第9話 五天魔雷柱
《ケングンは警備兵らと共に、留置場へ向かった》
『バンッ!』
警備兵が、取り調べ室のデスクを叩いた!
「痛ッたい! テメェ、とっとと白状しやがれぃ!」
それを見て、デスクの向こう…捕まった男は、身モダえするようにヘラヘラ笑う。と、「ヤッテねぇって」 大げさに肩をすくめて「ハァ~~」 ワザとらしい演技でタメ息をついた。
「ショーコでもあんのかよぉ」
「君! 証言!」
「ハイっ」
取り調べ室のスミっこで『もぐもぐ』 菓子を食っていたケングンが立ち上がった! 菓子はさっき警備兵の同僚の方から、差し入れで貰ったものだ!
「その人を含めた3人の男が、さっきの女性を追っかけてました!」
「だーかーらー。勘違いだっつってんだろ~」
窓から入る日差しが逆光になって、暴漢の顔を影に堕としていた。
留置場に来てから、かれこれ既に一時間! 暴漢はのらりくらりんとアヤフヤなことを言って、一切の容疑を否認していた。そんなもんだから反省の消沈さえ無く、むしろ反り返ってイスに座っている。
「あ~もうっ!」
警備兵は暴漢にイラ立ちを隠せず、転がるように部屋を行ったり来たりした。
『大変だなぁ』
ケングンは、スミで菓子を食いながら思った。バターのよく利いたジャム入りの焼き菓子だった。
「お~いお~い。もういいだろ~? 俺だって忙しいんだぜ~?」
「ハッ! 仇討ちにかよ」
とうとう! 警備兵は警備兵としてではなく、私怨っぽい乱暴なクチをきいた!
暴漢の眉間が、波打つように動く。
「確かに、アンタの故郷は気の毒さ。でも彼女に手を出したって『北の国』 が戻って来るワケじゃない!」
「おい、口に気を付けろよ」
「いいや、まだまだ言わせてもらうね」
「アンタの口にじゃない。俺の口にだ」
暴漢は前歯をムキ出しにすると、警備兵にグイと見せつけた。
「縛られてたって、噛みつくことくらい出来るんだぜ?」
「手前…!」
「あの、いいですか」
ケングンが手を上げて、2人の会話に踏み入った! よく入れたわね。
2人は電気を帯びたような視線を交差させると、爆ぜたようにお互いに顔を背けた。どうも生来の方から気が合わないらしい。
「何だい。お菓子なら俺のも食っていいから」
「そうじゃなくてですね。今ハナシに出てる北の国についてです」
「あぁ…そういえば、あとで教えると言ったね」
警備兵はヒートアップしていた気持ちを落ち着けると、休憩がてらイスに腰を預けた。
「そうだな…『五天魔雷柱』 は知っているかね?」
「すいません。知りません」
「ハハッ、今はそんな冗談いいから。黙って聞いてなさい」
警備兵はそう言うと、ケングンをさて置き話し始めた。なぜ『知っているかね?』 なんて聞き方したのか。
警備兵の語り口は、教師が生徒に言って聞かせるような、淡々と順序だっているものだった。
しかし、稀に入る吟じるような語り口が 妙な聞きづらさを演出していたため、要約したものを以下に記す。
…この世界には! 『魔物』 と呼ばれる生物がいた!
魔物は『魔王』 と呼ばれる存在に管理され、絶対の服従を誓っている。
そして魔王の配下5名。その通称こそが『
名前と共に、能力を表す符号も冠していた。
熱暴走: 『プロム・メナード』
豪雨: 『ジャブリンのんのん』
死肉狂い: 『バイヨンネモ』
上記5名。聞く人が聞けば、鼓膜から脳。脳から全身が、死への観念で平伏せざるを得ない。
…それにしても、魔物という存在。
いかに魔法の世界と伝えられていても、現代的なケングンには飲み込みづらいかもしれない。
「『五天魔雷柱』、ぜんぶ覚えるの、むずかしそう」
菓子のせいか、ケングンの頭が溶けている!
すると、思わぬ方から助け舟が来た。
「安心しなボウズ。五天魔なんてとっくに滅んでら」
同じ部屋にいたので、イヤでも耳に入ったらしい。暴漢は「警備兵の説明がヘタすぎる」 という土産の毒を吐きつけて、ケングンたちの会話に船首をぶつけてきた。
「そうなんですか?」
「スノーカレッタは失踪。バイヨンネモは魔王を裏切って、『死肉狂い』から『冥王』にカシを変えちまった」
「他の3人は?」
「へへッ、ハヤんなよボウズ。バイヨンネモについて、もうチョイ語らしてくれ」
暴漢はズイっと、体を前ノメりにさせた。
「魔王はな。魔物の中のトップ・オブ・トップだ。そう簡単に裏切れると思うか? 思わネェだろ? でも裏切った。なぜか。そりゃバイヨンネモが トーーーンデモネェ武器 を手に入れたからさ!」
「トーーーンデモネェ武器?」
矢継ぎ早に話されて混乱し、ケングンは思わず特徴的だった『トーーーンデモネェ武器』 の部分をオウム返ししてしまった。
すると暴漢は『待ってました!』 と言わんばかりの顔でニタリと笑い、逆に警備兵はムッと餌を与えたケングンに頬を膨らました。
「武器ってのは、『勇者』 のことさ!」
フィナーレを歌うように、暴漢は声を轟かせた!
「?」
ケングンは首を傾げた。確かに、イマイチ意味が分からない。
すると、今度は順当な方から助け舟が来た。
「待て、アンタが説明すると変に偏る。俺が説明しよう」
警備兵はイスを移動させると、暴漢からケングンを隠すように座り込んだ。
語り部役を取り返された暴漢は「好きにしろよ」 とだけ言って、天井の方を見上げた。
「いいかい。五天魔雷柱のウチ、彼が説明した以外の3体。『翼刃』『熱暴走』『豪雨』。コイツらは、勇者様によって倒されたんだ」
「ほぉ」
「ほぉ?」
「はい」
「…しかし、勇者様は最後に戦ったヴィンドエイジャーと相打ちになり、その命を落とされた。ココで出てくるのが、バイヨンネモだ」
警備兵はノド越しの悪そうに、話を続けた。
「バイヨンネモは、死体を操る。奴は死んだ直後の勇者様の死体を…再利用したんだ」
「わぁ」
「わぁ?」
「はい」
「…まぁ、200年前の話だが。魔物と死体に寿命の概念はない。勇者様の死体は、今でもバイヨンネモの手先なのさ」
「じゃあ、北の国ってのは」
「数年前。勇者様の死体と、冥王の軍に滅ぼされた国だ」
『…』
ケングンは、複雑な気持ちを抑えきれなかった。
勇者が操られた存在だとしても、その姿が勇者である以上、恨んでも恨み切れない人は出てくる。ならばその矛先が、子孫のアンドロベルサイカ嬢に向いたとしても なんら不思議なことはない。
ケングンは首を伸ばし、警備兵の肩越しに暴漢を見た。
暴漢はケングンと目を合わせると『ニイッ』 無理やり引っ張るように頬を歪めた。その歪みは、誰にも理解されないと理解している、背面で人を見るような笑みだった。
「馬鹿らしいッて、思ってんだろ?」
「思ってません」
「ウソだ」
「ホントです」
「ははっ!」
暴漢は、今度はちゃんと笑った。しかし天秤の片方が下がるように、すぐさま笑顔は消えた。代わりに、やりきれない男の顔が上がって来る。
「整理がツかねんだよ」
「…」
「…だがなぁ。ベルサイカ嬢を襲ったってなぁ」
警備兵が、暴漢と目を合わさず言った。
「改めて言うが、それでアンタの故郷が戻るワケじゃない」
「知ってるよ。国が滅んで、ヒマだったからさ」
「…認めるんだな。ベルサイカ嬢を襲ったこと」
「おっと、こりゃ一本取られた。降参だ」
暴漢は、両手を上げてヒラヒラさせた。警備兵はその様子を見て、一息つく。
「ま、一旦は解決だな。君、助かったよ。ありがとう」
警備兵は笑顔を作ると『グッ!』 ケングンと握手を交わした。
「いやいや。そんなこと」
「そうだ。コレ、よかったら手間賃」
警備兵はポケットから巾着を取り出すと、中のコインをケングンに渡した。
「これで服でも買いなさい」
「あら、ありがとうございます」
「はは、イインダヨ。ウンウン」
人は、自分の体臭には気付かないものだ。海水に浸した服を長く着ていれば、一体どんな匂いがするのか。知っているのは警備兵と、同じ部屋にいる暴漢くらいかもしれない。
「じゃ、これでね。出口分かるかい?」
「はい! 改めてありが…っと、そうだ」
ケングンはドアノブにかけていた手をパッと離し、部屋を振り返った。
「あの、〈世界転移の魔法〉って知ってます?」
「〈世界転移の魔法〉 ?」
警備兵は多少記憶をまさぐった後「う~ん」 首を傾げた。奥にいる暴漢も、天井を見ながら考えて「知らねぇ」 やがて肩をすくめた。
「聞いたことも無いなぁ。だが魔法のことなら、図書館に行けば分かるんじゃないか?」
「図書館?」
「君、この街の人間じゃないだろ。図書館ってのは街の中央、城の中にある城内図書館のことさ。基本的には一般開放されてる」
「図書館か。いいですね図書館」
ケングンは、元の世界で図書委員だった。図書館が2つある学校で、辞書や歴史書やらの、重く冷たい本しか置いてない第二図書室担当だった。誰も来ない、学校から切り取られたような空間。
そこで、友達といた。
「…」
「…ボウズ、俺みたいになるなよ」
突然、暴漢が口を開いた。
「え?」
「今の、望郷ヅラって言うんだぜ? ま、気をつけろよ」
「…」
ケングンは一礼すると、ドアノブを捻って外に出た。
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