第10話 恐るべき蹴り技の童子


 《ケングン、警備兵から金をもらう》


 ケングンは留置場を出ると、貰ったコインを太陽に透かして見た。


「わ~…!」


 金色だ! さながら海賊映画で山盛り登場する、あの勝利の証たちのように! 金ピカで、質量とは違う重みがあるな!

 表面には勇ましい戦士の顔が彫られていて、反対には菊っぽい花が咲いていた。


『…あれ、菊って50円玉じゃなかったっけ』


 何たる巡りあわせか! 金貨のくせに、かの世界の50円玉とソックリだ。

 ケングンは何だか落ち着きを感じて、その穴の開いてない菊の刻印を眺めていた。


 すると…


「…ん? あれは」


 ケングンの視界に、モクモクと白い息をはく煙突が映った。


「まさか、銭湯?」


 ケングンは気になって、その煙突の方に歩き出した。


 ―― 留置場から少し離れた位置に、銭湯はあった。


 太い煙突は、年輪を増した樹木のように見える。ただし葉っぱに似てこそいれど、その先突からは黒く白い煙が出ていた。

 その煙突の根元には、建物がある。辺りを茂みらしい低木で囲んだ、一見して普通のウッドハウスだ。この中に番台があって、湯の管理をしている。あるいは後ろにある、雑に増築されたような2つのドームに、利用者を割り振ってもいる。ドームにはそれぞれ、男湯と女湯が入っていた。


「…よし」


 ケングンは門を通ると「シツレイシマース」 ウッドハウスの中に入っていった。


 数十分後、ドアからケングンが出てきた。


「ふぃ~ぃ」


 湯気を帯びて、湿っぽい体をしている。

 ケングンは満足げに背を伸ばすと「はぁ~」 その反動を利用してタメ息をついた。しっかり腹からのタメ息だ。


『服…買った方がいいよね』


 湯に浸かって気付いた。

 服が、塩漬けにされて死んでいる!


『もしかして、服でも買いなって…』


 ケングンは警備兵の言葉を思い返したが、これ以上思い返すと泣いちゃいそうなのでヤメた。涙でぬらさずとも、ケングンの服はしょっぱかった。


「よーし、服買おう! すごいイイ感じの服を!」


 ケングンは、とにかくファッションに疎かった。というか興味が無かった。強いて言うなら冒険してない、暗い色の無難なヤツが好きだった。

 だが、湯船の効用もあってか、ケングンの気持ちが高ぶっている…! 彼は今、ファッションという厳しく切り立った峰に、その手を掛けようとしていた!


『行こう!』


 ケングンはチャージされた意気込みを胸に『トン!』 石畳の道へと足をつけた!


 …だが、その時!


『バッ!』


 ケングンの目の前に、物体が飛び出してきた!


「わっ!」


 どうやら低木に隠れていたらしい。物体は、無言のままケングンに立ちふさがる。


「…」

「…」


 …睨み合いが続きそうなので、いったん説明させてほしい。


 物体とは、布の塊だ! 「「ニンゲンか?」」 …多分、そう。それも小学生低学年くらいの子供だ。ただし遮光カーテンのようなブ厚い布を被っていて、肌の一切合切が見えない。

 もちろん顔も、重たいフードでしっかり隠されている。さながら擬人化されたコタツのコスプレのような……ともかく、さっきまで風呂で素っ裸だったケングンにとっては、まるで異星人のような見た目だった!


「…」


 さらに、遮音カーテンを被ったように無言! まさに布生地の多重構造だ。


「…こんにちわ」


 ケングンの挨拶…! だが…


「…」


 まるで置き石かのように、黙りこくって微動だにせず。


 ケングンは仕方なく、横を通り抜けようとした。が、その時!


「…こんにちわ」


 挨拶が帰ってきた! 同時に、まるでケングンをマークするかのように『サッ!』 布が俊敏に動く!


「こんにちわ」

「…こんにちわ」

「こんにちわこんにちわ」

「…こんにちわこんにちわこんにちわ」

『今ッ』


 ケングンは右に『!』 行くと見せかけて左に『違う!』 行くと見せかけて右に全速力で走った! あの不審者を置き去りにすべく「たぁ!」 腕を振り! 足を上げる!


 が…後ろからは、ピッタリと布のはためく音がする。


『何奴だ? こっちの世界に知り合いなど、いようハズもないのに』


 ケングンは確かめてみようと、一芝居打つことにした。


「うわぁーーん! ゴメンナサイ!!」


 ケングンは突然! 大声で謝った!

 さらに急ブレーキをかけて振り返り、地面に手をつきヒザをついた! 謝罪の言葉と合わせれば、「「まさか土下座でもして済ませるつもりか!?」」


 いや…「!?」


 ケングンの狙いは、後ろを追ってきていた布物体の…足首!


「うわぁ!!」


 布物体は、突如四つん這いになったケングンに足を取られると、そのままド派手にスッ転んだ!

 『許してちょうだいね』 まさか! こうなることを見越して、先に謝っといたらしい。


 ケングンは立ち上がると、転んだ布物体を覗き込んだ。


「大丈夫ですか?」


 見極めるように『ジッ…』 目を凝らす。


「流石…っすね」


 布物体は、フードの中から賞賛の言葉を投げた。


『やっぱり、子供』  


 中にあった顔は、まだ性別さえ不確かなほど幼い、丸々とした輪郭を持つ子供だった。小学校低学年という予想通り、おそらく10才もいってない。


 だが、その幼さよりも先に、特筆すべきは眼の虹彩だ。


 『紅い瞳』…長いまつ毛と相まって、夜雲から地上を覗き込むブラッドムーンを想わせる。冴えて悠然とした、心を奪われるに容易い色をしていた。


 ケングンは思わず見とれたものの、すぐさま我に返った。


「僕を追ったって 旨味ないですよ」

「食べませんよ! ボクは貴方に、弟子入りしたくて来たんです」

「ほぉ」


 あまりに突拍子が無く、『ほぉ』 としか言えなかった。


「どうして僕に?」

「貴方の勝負を見たから…スゴかった」

「勝負?」

「あのハゲとの…」


 『あちゃあ…』 合点がいった。

 一人称がボクだったので、応急的に『彼』と呼ぶが、彼はどうやらケングンを 名だたる拳法家だと勘違いしているようだった。確かに体格的にもボロ負けだったケングンが、あれほどのマッスルを地面に沈めるサマは、子供にとってはインパクト絶大のヒーローショーとして映るかもしれない。


「ぜひ! 弟子に!」


 ブラッドムーンの瞳が晴れ渡るように輝いて、その気持ちに嘘偽りがないことを示している!


「ゴメンナサイ。僕は君が思ってるほど強くないよ」


 目を合わせると吸い込まれそうだったので、ケングンは顔を背けながら彼の手を取って、起こしてやろうとした。


 だが、「!」 『バチッ!』 彼は、ケングンの手を弾き飛ばした!


「自分で立てます!」


 そう言うと、ダボダボどころかドボドボの布を携えて、起き上がりこぼしのように立ち上がった。(以下にして、彼のことは布キッドと呼ぼう) ちなみに拒絶され、ケングンが少しショゲたのは言うまでもない。


「それじゃ…僕は行くから…ね」

「あッ! 待ってくださいよ」


 ケングンが歩きだすと、並走する形で布キッドも歩き出した。


「気を悪くしたんなら謝ります。だけどホント。アレってホントに凄くて。ボクもあーなれたらいいなって」

「ありがとう。だけど君の言うアレは偶然なんだ。体が勝手に動いて」

「体が勝手に! すごい!!」


 『あちゃあ…』 墓穴を掘った。

 事実だとしても、本当に体が勝手に動いたのか、それとも長い年月の抽出から反射的に体が動いたのか。第三者には分からない。実際、ケングンは前者だった。が、布キッドには後者として伝わった。


『この人は、自動で敵を制圧できるほどに 鍛錬を重ねてきた人なんだ!』


 布キッドの中のケングン像は、瞬く間にありもしない武勇を描いた!


「師匠、お願いします」


 布キッドは頼み込む。しかし、当然ケングンは取り合わない。


「嫌です。師匠じゃないです」


 と返した。


「どうしても?」

「どうしても」

「ふ~ん」


 布キッドがフッと立ち止まった。


「ところで師匠、ボクの顔に見覚えありませんか?」

「んん?」


 ケングンは振り返ると、改めて布キッドの顔を見た。それから記憶のアルバムをめくってみるも、やっぱり覚えなど無い。というか繰り返しになるが、そもそもこの世界に来て間もないのだから、知り合いなどいようハズもない。


「ごめん、初めまして」

「いやいや! ボクは見覚えありますよ」


 食い下がる! だが、こうまで言われると『本当にドコかで会ったのか?』 という気がしてくる。

 

 ケングンはもう一度よく確認しようと布キッドに近寄った。


 しかし…瞬間。

 かつての場所に布キッドの姿はなく、代わりに暗い水たまりが…いや、これは影だ。


「やぁッッーー!!」


 突如! 勇ましい掛け声が、辺りに響いた!!


「はぁッッ!!」


 布キッドが小さな体を跳躍させ、ケングンの顔面に跳び蹴りを打ち込んでいた! 轟足射出! 右脚での蹴りは、確実にケングンの頭蓋骨へと向かっていた!

 凄まじいジャンプ力。かつ、バランス力だ。子供の足とはいえ、竹でシバかれるくらいの威力はある。


 だが、この不意打ち気味の蹴りを、ケングンはしゃがんで避けた!

 もちろんケングンの意図ではない。


『また、体が…!』

「ふっッ!」


 躱された蹴り。しかし、無駄にはしない。

 布キッドは足をそのまま振り抜くと、勢いを殺すことなく次の攻撃に転じた!


『腰くらいは砕かせてもらいますよ』


 攻撃の再利用。これはスキンヘッドもやっていた。あの宇宙シャトルのような裏拳だ。

 だが、布キッドの再利用は違う! 威力を決して溜めることなく、常に流動的に動かし続けた!


 すなわち、蹴りを回す!


「ヤァッッッ!!」


 躱された蹴りを一回転させて、今度は腰めがけて打った!


 一見して単品の蹴りのようで、実は連続する回転蹴りのフルコース! スキンヘッドのような威力重視ではない。連打による、相手に対する動作ロックに重きを置いた技法…


「やッ! はっ!」


 通称…『連武脚』 !!


『だんだん、速くなってきてる』


 ケングンも、技の仕組みに気づいたらしい。最初の攻撃を次の攻撃に使い、次の攻撃を次の次の攻撃に使う。継ぎ目なく回転し続けることでの、ほぼ無限大の加速! 初撃とトドメまでが一連の攻撃ってのも、大して珍しくない! それこそが連武脚の特徴!


『特に、師匠みたいなのには有効なんだよねぇ!』


 連武脚の弱点は、加速がノる前に足を止められることだ。つまり攻撃を、受け止めるタイプに弱い。しかし逆に、攻撃を全て躱してくるような、テクニックタイプにはめっぽう強い!


『まるでドシャ降りの雨だ』


 実際! ケングンも手をこまねいていた!

 耳に伝わる風切り音から、蹴りの速度がギアを上げているのが分かる!


『さて、どうしよう』


 考えながら…避けていた。不思議と焦りはない。

 こうなると、キツいのは布キッドの方だった。


「ヤァ…! ハァッ…!」


 当初の目論見では、骨の数本でも折って家に連れ帰り、首輪を付けてトレーニングボットとして飼うつもりだった。あるいは縛り付けでもして、喘ぐ師匠を足蹴にしながら 知識を吐き出す生きたテキストとして調教するつもりだった。


 しかし…いつまで経っても、攻撃が当たらない。


「ハァッ…!」


 連武脚の弱点。それは、メッチャ疲れること! クルクル回っての連打もキツイが、リズムを取るための掛け声もキツイ。布キッドは未熟なので、掛け声は正直に口で吠えていた。


「やぁッ! やっ、やっ…」


 加えて、彼の場合は…暑い! 当たり前だ! たらふく布被ってるんだから!


「や…」


 そんなこんなで、ケングンがどうこうするでもなく、布キッドの方から動きを止めた。「はぁ、はぁ…」 息を切らして、出来るだけ服の中に風を入れようと、厚い布をパタパタさせている。


「やぁ…お強い…」

「君も十分強いよ。そのまま頑張って」

「あ、待ってくださいよ」


 ケングンが歩き出すと、また並走するように布キッドが付いて来た。

 結局彼はこのまま、ケングンが服屋に到着するまで横に居座り続けた。ちなみにその間、3回はケングンに襲い掛かったのだが、最後まで攻撃はカスりもしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る